第七話 ~渡る世間は碌でもない~ その二
2/20今回も話をまとめきれなかった上、面倒なので【その〇】にしました。
1548年4月
オレは父上の命令で、生まれ育った躑躅ヶ﨑館の離れから母屋へ渋々と引っ越しをした。
よくマンガとかでさ、『心機一転の為に引っ越しま~す!』とかあるけどさ、オレの生活も確かに一新したんだけどもさ、悪い方に…。
忙しいし、雑事は多いし、離れに居た侍女はみんな優しい人だったけど、母屋の人たちは余所余所しいし、道行く家臣達の視線は刺々しいし、革変の仕方に誰かの悪意しか感じられないこの頃…。
……………教育上非常に宜しくない、どっかで選択肢間違えたのかなぁ。
※※※※※※
「オイ、三郎!」
えっ、キ〇タロー?―――――…いいえ、彼は【太郎義信】お兄様です。
別に一つ目の妖怪みたいな声じゃありませんよ、むしろ声質はGreen riverさんみたいにカッコいいんだぜ!
って誰に説明しているんだ、オレは?
ゴホン…気を取り直して、【快川紹喜】和尚の講義が終わり知り合いの居ない、居た堪れなさ満載の手習場から自室に戻ろうとすると、後ろから太郎兄上が声を掛けてきたので彼に向き直り返事をする。
「なんですか、兄上?」
いや話しかけてくんなよ、周りで譜代家臣の子弟達がめっちゃ視てんぢゃんかよ!とツッコミたいのを我慢して、あどけない子供の笑顔を張り付けて応える。
そんなオレのささやかな努力を無視して、太郎兄上は高圧的な態度のまま話し続ける。
「明日は備中殿の弓の稽古だ、お前は自分の弓を持っているのか?」
備中殿―――【横田高松】(よこたたかとし)
『甲陽軍鑑』に拠れば、高松は元々は近江国甲賀の出身で、佐々木氏の一族で六角氏の家臣であったとされ時期や事情は不明であるが、信虎の代に甲斐国に入り武田氏に仕えたとし、家中随一の弓矢巧者であり、足軽大将として甘利虎泰の相備えとなって各地で戦功をあげたという武田五名臣の1人である。
ちなみに備中殿というのは、備中守という彼の官位であり家中の者は皆敬意を持って備中殿と呼ぶ、んだって…オレのゲーム機参照。
そんな人に明日、弓を習うんだけど…オレが弓なんて持ってる筈ねーだろ、これまで離れで引籠ってたんだぞ。
木刀で素振りしかした事ねぇよ、引籠りなめんな!
あ、兄上めっちゃこっちを優越感に浸った顔で見てるぅぅぅーーー!兄上うっぜぇぇぇーーーっ!!!
「いえ、持っていませんのでこの後高白斎と一緒に探そうかと思っております」
丁寧を心掛け、笑顔を絶やさず健気にも兄や同輩達に必死で追いつかんと頑張る弟を演じるものの、寧ろそれが反って兄上の加虐心を刺激しているのか、顔を合わせる度にこんな感じに話し掛けられている。
「武家に生まれながら弓が引けぬでは生まれた意味がない、せいぜい明日までに弓の1つ、いや矢の1本でも飛ばせる様にしておけよ」
ハハハ!と高笑いをしながら太郎兄上は取り巻きを引き連れて部屋を出て行った。
その背中を見ながら誰にもばれない様、小さくため息を吐いてオレも手習場を後にした。
※※※※※※
兄上との一幕の後、高白斎と清虎を連れて一応しっくりする弓を選んで自室に戻ってきたのはいいのだが、どうも落ち着かい。もしくは尻の収まりが悪いともいう。
離れで暮らしていた時程監視の目はないのだが、奇異な視線に晒されるのは心に負担が大きいらしい。
このフルコンプチートボディでなければ3日で胃に大穴が開いてるっつーの!
目の前の酷い現状に鬱々した気分を転換するために、障子襖を開くと心地よい日差しが差し込んでくる。
オレは縁側に座り、柱に凭れかかりながら庭を眺める。
…【真田幸隆】について高白斎に聞いた所、家の軍師殿が彼の弟で先の【上田原の戦い】で挙げた功積によって、武田家の外様衆へと迎え入れられた【矢沢頼綱】を通じて武田家への参入を誘ったそうだ。
しかし上州箕輪城の【長野業正】の下にいる幸隆は、村上義清に領地を奪われ信濃から追われた自分を迎えいれてくれた長野家への恩がある為それは出来ないと言われたんだと…。
オレの所為、だよなぁ~。しゃーない今度高白斎か軍師殿に海野家について話をしないといけないな。
上田原の戦いといえば、清虎が敵将の【楽巌寺雅方】を討ち取った功で高白斎の陪臣から武田家の足軽組頭へと召し抱えられる事になり、これで清虎は正式に武田家への帰参が叶った。
それと同時期に、清虎の奥さんが3人目の男子を産んだんだって。
※清虎さん家の家庭は、清虎・奥さん・長女・侍女・清太・虎次郎・赤ちゃんの7人家族。
いいな、オレもかわいい赤ちゃんと戯れたい。
つかこの地獄の状況から逃避できるなら何だっていいから、マジで癒されたい。
日々色々と考えなければいけないし、やらないといけない事が多すぎて嬉しかった筈の転生が苦になりそうで、更に自己嫌悪に陥りそうだったのでオレは少し昼寝をする事にした。
※※※※※※
「―――…さま、………三郎さま」
頬を撫でるように当たる風が少し冷気を帯び始めた頃、誰かから名前を呼ばれる。
まだ重たい瞼を開け目の前の景色を見ると、空が茜さす鮮やかな夕暮れとなっていた。
心身共に昼間感じたダルさは無くなっていて、とても心地よい昼寝を堪能できたと気分を良くして、オレの事を起こしてくれた誰かを見て、自分の身体に一枚肌掛けが掛けられていたのに気づく。
どうやら彼女が寝ていたオレを気遣って掛けてくれた上に、ちょうどいい頃合に起こしてくれたらしい。
薄緑色の着物を着たオレとそう年の変わらないだろう少女、顔は彼女が廊下に正座し頭を下げている為視えない。声はなかなか綺麗だった。
「起こしてくれてありがとう、あと肌掛けも」
オレがそう感謝を述べると、彼女は頭を下げたまま返事をしてくれた。
「いえ、このままでは風邪をしまうと思いまして、…」
「とても助かるよ、最近は身体の調子が良いから油断していたけどこの頃はまだ寒いから、また熱でも出したら母上に怒られてしまっていた」
平伏したまま喋らなくなった彼女の前にしゃがみ、彼女にだけ聞こえるよう小声で問い掛ける。
『…君は何処の子?』
オレの質問に、驚いた顔をして頭を上げた彼女はとても可愛らしい顔をしていた。
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