第四話
書きましたー。
良かったら読んでください。
1548年(天文17)2月になった。
オレは相も変わらず、軟禁生活から脱する事はなく日がな一日おかきを摘みながら、何故かバッテリー切れしないゲーム機を弄って暇をつぶす。
もちろん、人として大丈夫かと思われるかもしれないが、これはもう仕方がない戦国ニートである。
両親公認の、寧ろ推奨?な状態で引き籠もらされているのだから。
オレの所為じゃない、オレは悪くない、…わ、悪くないよね?
それでも3日に1日は快川紹喜が色んな土産(宿題)を持って遊びに来るし、高白斎も自分の息子や清虎の長男と次男を連れて遊びに来てくれるので、そこそこに暇潰しが出来て楽しく過ごしている。
と言っても今の躑躅ヶ崎館でそんな風に過ごしているのはオレぐらいで、父上や家臣達、傅役の高白斎と和尚、母上や侍女達までも忙しなく動いているようだ。
和尚は父上から兵を集めるための文言を頼まれたらしいし、高白斎の方も甲斐や信濃にいる譜代家臣や国人衆などへの遣いに行ったと代役として来た清虎が言ってたし、オレの世話をしてくれる侍女からは面白い話を聞いた。
母上の父上、つまりオレの祖父で京にいる左大臣【三条公頼】がオレの快復を祝す為に、甲斐の躑躅ヶ崎館に下向してやって来るんだって。
だからその準備に追われて、最近こちらに顔を見せないのだとか…。
良かった、嫌われた訳じゃないんだ、とホッとしながら寂しそうな顔で呟いたら傍付きの侍女は慌てて母上のフォローをしだした。
母上もオレに会えなくて悲しんでいるとか、母上がオレを嫌いになる訳がないとか、それはもう必死の形相で…。
あと他の侍女からは祖父の下向と戦支度で城内の雰囲気がピリピリしているという話もちらほら聞こえて来たりもしている。
これらの話を時期と未来の知識から摺り合わせて考えると、1つの事情を思い至る。
武田家の信濃侵攻において、最大の敵【村上義清】との【上田原の戦い】である。
この戦いは、この頃負け知らずの戦上手と云われていた父上が初めて負けを知る事になる戦いである。
史実においてこの敗戦は、以後の武田家にとって必要不可欠なモノだったという認識が強いが、ここは史実通りの流れを持った世界だと言う確信がない。
…何せオレ(三郎)が此処(躑躅ヶ崎)に居て、しかも遥か未来の携帯ゲーム機を片手に携えて、だ。
そして何よりもオレが恐れているのが、此処でパワーバランスが崩れて武田家が滅ぼされてしまう事だ。
史実通りに負けるとしても、その後が不安過ぎてしょうがない。
史実ではこの敗戦によって、これまで様子見だった信濃守護【小笠原長時】や村上義清が攻勢に転じ、従属的だった南信濃の諸豪族もそれに応じるように各地で造反して、武田家の信濃支配は危機的状況に陥る事になってしまったのだ。
その所為で武田家の信濃支配は遅くなり、五次10年以上に及ぶ川中島の戦いへと時代が流れていく事になる。
しかしこの世界でもそうなるとは分からない。
仮に、誰かに助言なりなんなりして目立つ事をしたら、せっかく少し緩くなった監視が余計に厳しくなってこれまで以上に動けなくなり、このまま日の目を見ないで闇に葬られたり………するのかもしれない。
歴史への介入するべきなのか、それとも…。
…うげぇー謀殺はご免だし、考える事自体が面倒臭くなってきたなぁ…。
※※※※※※
数日の間、上田原の事を誰かに伝えるのか(この場合は高白斎が最適なのかな)で悶々としていたら久しぶりに母上が訪ねてきた。
オレは思わず部屋に入ってきた母上に抱きついた。
―――あれ、身体が勝手に動いたぞ…?
おかしいな―――オカルト?
…でもいいや、母上の身体は柔らかいし良い匂いがして気持ち良いから~(照)
コホン、どうやら無意識の内にオレは、十数日会えなかった為に母上がとても恋しくなっていたらしい。
会えなかった日々の分を取り戻すように、幼い身体を十全に使って彼女の身体を抱き締める。
「あらあら、少し会えなかっただけで三郎は甘えん坊になってしまったの?」
彼女は少し呆れ顔をして、力いっぱいに抱き付くオレにそう言ったのだが、その声音はかなり嬉しそうに感じた。
三条の方は後に家族の不幸が続き、その心労からか失意のうちに亡くなってしまうのだから。
今のうちは彼女に幸せを感じて欲しくてオレは素直に応えることにした。
「私は母上が会いに来て下さって、とても嬉しいのです」
この時のオレの彼女に対しての母性を求める行動が、後に実兄との跡目争いの火種の一因に発展する事など、オレは露にも考えていなかった。
※※※※※※
こうして久しぶりの親子水入らず時間を、オレは母上の膝の上に座り一緒に清少納言の【枕草子】の写本を読んで過ごした。
なんで武家の屋敷に枕草子があるのかって?ここは平家物語とか太平記じゃないのかって?
この枕草子は母上の伝手で、オレの快復祝いとして駿河の【今川義元】から贈られてきたモノだ。
元公家出身の母上が読みなれていて、病弱なオレに程良く読み聞かせやすいモノを選んだ結果がコレだったのだろう。
そんな感じの緩やかな時間を過ごしたオレは、自室に戻ろうとする母上に1つの質問を投げかけた。
「今度は何時遊びに来てくださいますか?」と、
そのオレの質問に、母上は少し寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「御爺様をお迎えする準備がまだ残っていますが、それが済めばまた続きを読みましょう」
※※※※※※
「113、114、115、………」
木刀を正眼に構えて勢いよく振り下ろす。
いつもオレが寝起きし生活している部屋の前にある庭で、体力作りの為に始めた素ぶりをしている。
ノルマは一日500回。
高白斎の息子の【荘之助】、清虎の息子の長男【清太】と次男【虎次郎】と共にやっているのだが、まだ誰も500回振ったことはない。
正確には毎日500回以上は振っている筈なんだけど、監督役の高白斎や清虎から合格を貰えず、途中で止められて1からのやり直しを受けるからだ。
さっきも頑張って328回まで振ったというのに次の329回目で…
『三郎様、今のは足運びが疎かになりましたな、1からやり直しでございます』
半瞬ほどの遅れやほんの少しのズレさえも、この鬼監督は見逃さず指摘してくるのだ。
「剣を振る時に余所見をしてはなりませぬ!三郎様、1からやり直しでございます」
………とまぁこんな感じで今日も500回のノルマを達成する事が出来なかった。