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Geschichte  作者: hyu
第2部
80/177

077 - 出会う者達(後編)

 駆けつけてみると、そこには――街道脇の1本の広葉樹の下には、少女が倒れていた。

 否、倒れている、というよりも仰向きに寝転がり眠っている様だった。

燃え立つ赤い髪が印象的で、ロルが"赤い女の子"と表現したのも頷ける。

鷹の目で上空から見た時、緑の草に映えるその赤は、熟し零れ落ちた木の実かと見紛う鮮やかさだった。

 最初にアレスが馬を下り、跪いて覗き込んだ。

長い睫が影を落とす、ふんわり柔そうな頬、小さな鼻、くっきりとした眉と薄紅の唇。なんとも愛らしい少女だ。

馬の蹄の音にも、自分達の足音にも少女は反応を示さない。

「おい。どうし……」

どうしたのかと声をかけようとして、アレスは言葉を止めた。

ゆっくりとした、微かな寝息が聞こえてきている。

「おぉっ! 美少女! なに、寝てるの?」

ロルが逆側からひょいと覗き込む。

「でもなんで? なんでこんなとこに? 女の子が??」

やや日に焼けた肌と旅装束は理解できる。

だが武器はおろか、何一つ荷物を携えている様子が無い。

「んー街道沿いだし、ここで休憩してるってのは、おかしくはないけどねぇ?」

頭を疑問符でいっぱいにしたアレスに問われ、ロルは応えた。

「顔色は悪くない様ですし、呼吸も正常……本当に、単に寝ているだけという感じですね」

セフィも少女の様子を窺い、不思議な思いで辺りを見回す。やはり周りには何も――少女の旅の荷物らしいものは何もない。

「ただ寝てるだけ……にしては、起きないね。可愛い顔して、肝据わってるっつーか……」

ひそめることもせず話し続ける自分達の声と気配は、眠りを破るのに十分なものであるはず。だが、少女は昏々と眠り続け、目覚める様子がない。

「どうしたらいいんだ?」

跪いたアレスはセフィとロルを振り仰いで尋ねた。

場所が場所だけに、無防備な少女をこのまま放置して去るわけには行かない。

魔物の脅威も、それからこんなにも可愛らしい少女なら、よからぬ者達に連れて行かれてしまう懸念もある。

「そうですねぇ。少し待って、様子を見てみますか?」

アレスに同じく、放っておくという選択肢の無いセフィはわずかに身をかがめて少女を見、それから同意を求めるべくロルに視線を移した。

「待ってみるか、起こしてみるか……」

「起こす……っても、どうやって?」

「ん~……ちゅーでもしてみる?」

「は!?」

「え!?」

ロルの提案にアレスとセフィは驚いて彼を見上げた。

「だってほら、なんか王子のキスで目覚めるお姫様の話ってなかったっけ? なんかアレぽくない? 今の状況というか、この子の眠り方」

にこにこと楽しそうに話すロル。いつものごとく、真剣なのか ふざけているのか分からない口調で続ける。

「何か変なもの食ったか、それとも魔法でもかけられたか……魔女に呪いをかけられて100年眠ってたお姫様とかいたじゃん? あんなだったらどうする? 俺、100年も待てるほど気長じゃないよ?」

「……彼女がどこかのお姫様かどうかは置いておいても、あくまでそれは子供向けの童話であって、眠っているお嬢さんに、そんなことしていいわけがありません。何も無理に起こさなくても……」

「だって、気になるじゃん! 早く喋ってみたいじゃないさ! どうしたのー? とか、何があったのー? とか聞いてさー! こんな可愛い子とお友達になれたら嬉し……」

「あっ……!?」

呆れた様に応えるセフィの言葉を聴きながら、再度アレスが少女を覗き込んだ時、パチリと音が鳴ったかと思うくらいハッキリと少女の瞳が開き、

「え!?」

「!?」

ぬっと伸びてきた手に、胸倉をつかまれそのまま引かれるアレス。

「え、わ!?」

少女の上に倒れこみそうになったところを、少年は慌て手を付いて支えた。丁度上半身だけ腕立て伏せをする格好――しかも身を沈めた状態だ。

「あたしの嫌いなものを教えてあげましょうか!」

暗闇の猫を思わせる黒目がちな瞳は大粒の黒曜石。耳を劈くような、だが、少女らしくよく通る声で彼女は続ける。

「女は弱いから守ってあげなきゃとか言って、結局女を支配することしか考えてないバカな男と、女は男を陰で支え、でしゃばらず、慎ましく、男に従い仕えろとか、ソウイウコトで自分はエライとカンチガイしてる無能な男! それから、女はそういうものだと、それでいいのだと信じて疑わない、男に媚びて庇護されないと生きていけない女! それに! やたら褒めたり甘い言葉を吐けば女が引っかかると思ってるナンパヤローも、みんな大っ嫌いなの!!」

少女は激しい声音で言い切った。ヒュウとロルが口笛を吹く。

「かぁっこいいなぁ!」

「なによ! バカにしてんの!? 言ったでしょ! 軟派な男も嫌いって!!」

恐らく先程のロルの台詞を聞いていたのだろう、アレスの胸倉を掴んだまま、その向うに見える青年を睨み上げた。

「いや、これはホント純粋な賞賛だよ。見事な啖呵だなーって」

「だとしても嬉しくないわ! あぁ、もう、ひとが折角気のよさそうなおじさんかおばさんが通ったら、食べるもの分けてもらおうと思って体力温存してたのに、無駄に動いちゃったじゃない! どーしてくれんの!? からかいたいだけなんだったらさっさとどこかに行ってよね!!」

「空腹でらっしゃるのですか?」

セフィが問う。

「そうよ! さっきからそう言って……」

青い髪の少年の向こうの人物を認め少女は言葉を失った。

「……」

「……」

思わず見惚れてしまった、というのが恐らく正しいのだろう。

だがセフィは、少女の沈黙の理由が分からず首を傾げる。

数度瞬いたが、少女が何も言わないのでセフィは言葉を続けた。

「だったら丁度よかった。そろそろ食事にしませんか、ロル、アレス。彼女も一緒に、いいですよね?」

「もちろん~!」

「……」

ロルは言って笑みを深くし、アレスは無理な体勢のまま、だがそれでもなんとか首を縦に振って頷いた。

「貴女もそれで構いませんか?」

「……いいの?」

柔らかなセフィの物言いと、優しい表情に少女はわずかに警戒を解いた様子で問い返した。

「えぇ。気のいいおじさんおばさんでなくて申し訳ないのですが」

悪戯っぽく笑うセフィ。少女は愛らしい頬を薔薇色に染めて、

「いいわ。そんなの、カンケーないもの」

明るく、笑みの混じった声で言う。

「それならよかった。では、すみませんがまず、彼を放して下さいますか?」

少女の声音が和らいだのを認めてセフィは、少女の上に倒れこむまいと耐えている青い髪の少年を示した。

「あ、そうね」

言われ、少女はすっかり忘れていた、というようにアレスの胸倉を掴んでいた手を解いた。

 無理な体勢で、息すら止めていたアレスは腕立ての要領で両腕を伸ばしツッパリ、そのまま少女の横に座り込み、プハっと息を吐いた。二度、三度と大きく呼吸するアレスに、セフィが気遣わしげに声をかける。

アレスは無言で、大丈夫、と言う様に片手を上げて苦笑した。

その間にロルが、少女が起き上がるのを手助けすべく跪き手を差し伸べる。

「ところで、ね、名前教えてよ。俺はローレライ=ウォルシュ。ロルって呼んでね」

にっこり。金髪タレ目の青年は、人懐こい表情と甘いハスキーヴォイスで名乗った。

少女は一瞬釣られて微笑みそうになったのを慌てて引き締めて、なれなれしすぎるのは好きじゃないと言いながら一人で起き上がる。

「アケイシャ=ソティス。アーシャでいいわ」

どちらかというと、セフィに向かって言った。

「私はセフィリア=ラケシス。どうぞセフィ、と。彼はアレス。アレシュライ=カエサル」

少女に応えるように名乗り、腕を曲げたり伸ばしたり、手を握ったり開いたりする青い髪の少年を示す。

アーシャと名乗った少女は立ち上がって髪や肩を叩き、草や埃を落とすと、三人を見渡した。

 彼女に続いて立ち上がった、恐ろしく声のいい青年は見上げるほどの長身。後ろで三つ編みにまとめた黄金の髪はゆるく波打ち、澄み渡った青空の様な瞳と、垂れ目がちだが整った顔立ちとが相まって嫌味なほどの美丈夫だ。

加えて、少し離れて控え目に佇む優しい声の主は目を見張る程の美形だった。サラリとした色素の薄い髪、白い肌に薄紅の唇、眼鏡に阻まれてはいるが長い睫にけぶる大粒の瞳。全体的に淡い印象の色彩を纏っているにも関わらず鮮烈な美貌を湛えている。

その手前、今ゆっくりと立ち上がった青い髪の少年は、他の二人に比べて見劣りのする――至って普通の顔立ちなのだが、少年らしい凛々しい眉と、チロリと覗く八重歯が印象的だ。

「セフィ、ロル、アレス、ね」

 腰に手を当てて、確認するように名を呼ぶ少女もまた人目を引く容貌をしていた。

スラリと伸びた手足、まっすぐに切り揃えられた前髪と襟足は短く、側面サイドの髪は頬にかかる長さで小作りな顔をより小さく見せている。露な眉と、光を受けても薄まることのない漆黒の瞳、瑞々しくふっくらとした唇は意志の強さを思わせる。

 凛とした声に頷いて答え、ロルとアレスは手近な木に手綱を結わえ、馬から荷物を下ろしにかかった。

「何食べよっかな~何にしようかな~。アレス、何食べたい?」

「にく!!」

「って言うと思ったけどー。でも肉って、それだけって訳にもいかないよねー」

「うーん……確かにそうだな。あ、そいや……」

セフィは楽しげに荷物を探る二人を尻目に見て、視線を戻すと少女に声をかけた。

「それではアーシャさんも、お手伝いお願い出来ますか?」

「アーシャでいいわ。さん、とか要らないから」

猫の様な瞳で鋭く見つめながら頷き、少女は言う。一瞬、以前――ロルと旅立つことになった時にも似たような場面があったことを思い出してセフィは思わず笑んだ。

「わかりました、アーシャ」

そう呼ぶと嬉しそうに笑い、

「まず何をどうすればいいの?」

剣呑な気配の払拭された少女は明るい表情でセフィに歩み寄ったのだった――。

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