060 - 市庁舎にて
事件は夜も開け切らぬ早朝に起こった。
モニカとサミュエルが身を寄せていた家に暴漢が押し入り、少年サミュエルを攫って行ったのだ。
とっさに身を隠したモニカは――異常に気付いたサミュエルが隠れさせた――助け出された時、既に憲兵を信用できなくなっていた。
家を飛び出し、必死の思いで駆け込んだのはアシ・ル・マナ。昨夜の旅人たちのもとだった。
取り乱して泣きじゃくるモニカをなんとか宥め、事情を聞き出した三人は驚いた。
押し入った暴漢は明らかにコルネーラオ一味であり、そしてサミュエルを返す代わりに金と"セフィ"を要求したのだとか。
「私、ですか?」
「はい。あの、すみません、本当に……!!」
巻き込んで、こんな迷惑をかけて申し訳ない。
モニカは涙声のまま深く頭を下げた。
「いいえ、貴女が謝る必要なんてないんですよ、モニカ」
セフィが娘に優しく声をかけるその横でアレスは溜息を吐いた。
「憲兵が引っ立てていったんじゃなかったのかよ……」
確かに昨日、店で暴れたコルネーラオ一味は捕らえられたはずだ。
そして、モニカとサミュエルを家まで送り届け、もう大丈夫なはずだからと自分はその場を去ったのだ。
「俺たちに、来るなとは言わなかった?」
セフィを要求し、そしてモニカが自分たちを頼るであろうことぐらい予測がついているはずだ。そう思い問うロルに、モニカは首を振って答える。
「そうか、うーん……」
となると、彼らはアレス、ロルがセフィと共に行くことを承知で何か罠でも仕掛けている可能性がある。
「まったく、悪どいことしてくれるよねぇ。まるっきり盗賊じゃん」
「それにしても、なんで街の奴らはあんなのを野放しにしてるんだ?」
溜息を吐くロルと、憤りを見せるアレス。
「市長は不正を許すような方ではないと思うのですが……」
ランノットはフェンサーリル領内の街だ。
その市長の就任式典に国王と懇意の司祭が参加していたと言うのは、ありえることだろう。
市長と面識のあるセフィは、市長は信頼に足る人物だと主張する。
「そうだね。とりあえず、市長の所へ行こう。直接聞いてみればいい。それに、モニカの保護をお願いしないと」
一味が、今日中にと言ったことを確認し、まだ時間はあるからとモニカを宥めて、三人はとりあえず当初の予定通り市庁舎へ向かうことにした。
彼らがサミュエルを連れて行ったのなら、距離的にもそう遠くは無いはずだ。
身支度を整えた三人はモニカを伴い、エーリヒが呼んでくれていた馬車で市庁舎へと向かった。
セフィが名乗り、市長への面会を申し出ると、拍子抜けするほどすんなりと彼らは応接室へと通された。
しばし待ち、だが現れたのは市長ではなく議会員だという一人の男だった。
堅苦しい衣装に身を包み、黒々とした口ひげで表情を隠した彼は、市長に取り次ぐかは自分が決めると言うのだ。
「フェリク市長は多忙を極めておられる。用件はまず私が承ろう」
否と言わせぬ威圧感でもって彼は四人を見遣った。
反発しそうになるアレスを制して、セフィが手短に昨日の乱闘騒動と、今朝の事件のことを話した。
この娘の弟が盗賊に攫われた、と。だが男は横柄に首を振り
「この街に盗賊などいない。治安維持は重要とされる事項だからな」
「じゃあ、あいつらは何だって言うんだよ!?」
「君たちの言う集団は、街の若者たちが作る自警組織だろう。近頃の魔物頻出に関して人々の助けとなっている」
「自警組織が恐喝や拉致をするのか?」
呆れたような男の物言いに、アレスは思わず低く唸る。
「そんなわけはない。何か、意見の食い違いが……」
「意見の食い違い、ね。……下手に権力を持った人間は、それだけで自分が偉いと思うからいけないね。ねぇ、ヘル・ノルマン? 俺たちはあんたとくだらない問答をしにきたんじゃない。さっさと市長に会わせてくれる? ひと、1人居なくなってるんだよ」
いつもどおりの口調で、だが棘のある言葉を投げかけるロル。
それは男の威圧や虚勢などとは違う、笑顔に似合う流暢なもの。
「それとも、忙しい以外に会わせられない理由でもあるのかな? って疑いたくなるよね」
「……」
男の瞳に険しいものがさした。
だが丁度その時、何者かが部屋の扉を叩いた。続けて
「私よ。入るわね」
言うが早いか、一人の女性が部屋に入って来た。
年の頃は、四十〜五十代、白いものの混じった赤みの強い茶色の髪。薄い化粧を施した表情は快活。ふくよかな体格は安心感を与える。
部屋に入った所でノルマンに目を留め、僅かに顔をしかめたが、
「お久しぶりです、フェリク市長」
「久しぶりね、セフィ。よくきてくれたわ」
その客人の姿に気付くと、目尻の皺も気にすることなく優しく微笑んだ。
「其方の方も。ようこそ、ランノットへ。私はテレーゼ=フェリク。この街の統治を任されている者よ」
市長が女性とは聞いていなかったアレスとロルは驚きながらも名乗り、挨拶を返す。
「嬉しい驚きです。まさかこの街を治めておられるのがこんなにも麗しい女性だったとは……。町並みも一層魅力的に見えるというものですね」
ロルは極上の笑みを浮かべてテレーゼの手を取り恭しくその甲に口付けた。
「まぁ、ありがとう。嬉しいわ」
テレーゼもまた、年長者の余裕と艶やかさ、そして少女のような屈託の無い笑みで応え、それからノルマンを向いた。
「ノルマン卿。確か私は、セフィが着たら私のところへと言ったはずね?」
「そう、でしたかな。いや、しかし……」
「言い訳は結構」
バツの悪さを悟られまいと顔を歪めた男にピシャリと言い放ち
「ここで話をするわ。とりあえず、出て行ってくれるかしら?」
「見苦しいところを見せてしまってごめんなさいね」
ノルマンを追い出してテレーゼは苦笑しながら詫びる。
「本当によく来てくれたわ。かけて頂戴。そして、話を聞かせてくれるわね?」
そう促され、四人は昨夜からの出来事を順に話した。
それ以前の経緯や、今朝のこと、弟のサミュエルが連れて行かれてしまったことを話すうちに、モニカは泣き出してしまった。
「――とりあえず、この後私達はそのアジトとやらに行ってみます。此方を伺ったのは、その間彼女の身の安全をお願いしたいのと――」
「私に現状を知らせるため、ね。ありがとう。私が至らないばかりに、迷惑をかけたわ。それに、怖い思いをさせてしまって、ごめんなさいね」
テレーゼはモニカの肩を優しく摩りながら言い、コルネーラオ一味による特定店舗への度重なる迷惑行為を訴えたロルを見やる。
「コルネーラオ一味に関しては、私も独自に調べていたのよ。個人的な使いを出してね。そのお店に執着しているのは、前店主のジャコモと一味の頭、ボドワンの関係によると思うわ」
「ご存知でらっしゃったのですか……」
「えぇ。それなのに何も手を打てていなくて、本当に申し訳ないと思っているの。……でもね、正式の経路からでは、そういった苦情は一切上がってこないの。一切、よ。おかしいでしょう?」
「それって……」
「えぇ。内部に関係者……庇護する者がいるとしか思えない。恥ずかしい話だけどね」
テレーゼは溜息と共に言った
テレーゼ=フェリクはランノットにおける初の女性市長、しかも貴族ではなく平民の出だ。市長就任に当たって、大変な波乱があったらしい。
自分が、認められていないのはよく分かっている。だが、それでも、民に不利となることを放置するわけには行かない。テレーゼは強い光を湛えた瞳で彼らを見つめる。
「アジトの調査もしたいのだけど……いえ、何度か使いを向かわせたのだけど、街とアジトの間に魔物が出るのよ。それで、ほとんど手が出せないでいるの。でも、そうも言っていられないわね。ひと一人居なくなっているんですから。早急に兵の準備を整えます。証拠なんて、叩けば出てくるでしょう」
力強く頷くテレーゼの言葉に四人は安堵し
「道は、おれたちが拓きます。ただ、その後のメンドーなことをお願いしたい」
アレスもまた自信に満ちた笑みを浮かべる。
「それは勿論引き受けます。ありがとう、本当に。頼りにしてるわ。でも、くれぐれも気をつけて行ってちょうだいね」




