034 - 頬の痛み
アーシャは何に誘われるでもなく意識を取り戻した。
感覚の麻痺した身体と同様、凝り固まった様に瞼が重い。目の前が真っ暗だ。
「う……」
気付かぬうちに自らの口から漏れたうめきが空気を震わせ、ゆっくりと耳に届く。
辺りに人の気配は感じられない。
一向に消えてゆかない闇に苛立ち、自らの手で以って抉じ開けてやろうかとも思ったが、身体は縫い付けられたように言うことをきかず、なのに意識だけが妙にはっきりとして歯痒い。
――何なのよ、全く……
内心で舌打ちをし、フッと息を吐くと両の目に意識を集中させる。そして思い切って瞼を持ち上げた。
傍から見る者が居れば、それまで眠っていた者が突然目を見開くという不気味とも言える奇妙な光景を目にしただろう。
視界に飛び込んできたのは、柔らかな陽の光と低い天井。
相変わらず身体は凍りついたようで、アーシャは瞳だけを動かし辺りを見渡す。
狭い、簡素な部屋の寝台の上に横たわっている様だ。
傍の机の上には、おそらく水の入っているであろう浅い器。額に濡れた布の感触がある。そして木製の古びた椅子に今、座る者は居ない。
階下からは生活の音が漏れ聞こえてくる。
アーシャは二度三度と瞬きをし再び瞳を閉じると、胸に溜まった空気を大きく吐き出した。
――母の、夢を見ていた……。
窓辺の椅子に腰掛ける、女がいた。
長く艶やかな黒髪は、陽の光の下でもその色を変えることなく。
対照的に白い肌はまるで透ける様。
固く結ばれた紅を差した唇。
意志の強い眉、黒曜石の輝きを持つ瞳。
ピンと背筋を伸ばし、裾の長く広がったドレスを纏う姿は美しかった。
――母さん……
悲しげな横顔
――母さん……泣いて……るの……?
母は勝気な女性だった。娘であるアーシャに辛さを見せることは無く、いつも優しく暖かく笑いまた怒りもした。
望まぬ婚姻を強いられ、若くしてアーシャを生んだにも関わらずこの上ない愛情を注いでくれた。
身に起きた不幸を恨み、悲しみに陰々鬱々とした日々を送るのではなく。
だがそんな母が、ふとした拍子に悲しそうな瞳をするのをアーシャは知っていた。
――母さん。
それでも呼びかけるといつも、何事も無かったかのように「なあに?」と優しく振り返る。
母は娘に涙を見せまいとしていた。
だがアーシャは母が人知れず涙を流していることを知っていた。
面と向かってその涙を見たのは数度。
それが自分のせいだと思わぬ時はなかった。
だが「あなたがいたから生きてこられた」と言う母の瞳はいつもそれが真実だと告げていた。
だから、アーシャもまた気付かないフリをして――明るく振舞い、そして強くなろうと思った。
いつか自由な暮らしを手に入れるために。
いつか、母をこの檻から、連れ出すために。
――母さん!
駆け出そうとして、グンっと頭が後ろに引かれる。
長い髪を掴む者がいた。
自分と同じ、燃える様に赤い髪の男。深い緑の瞳がいやらしい笑みに歪む。
――放して……!
どんなに足掻いても振り払えない。
『おまえはわしの娘だ――わしのものだ』と繰り返し男は言う。
――放して……!!
胸を締め付けるコルセット。
ドレスの裾。
長い髪が邪魔だ。
――放して……放せ……!!
アーシャは手に持つ短剣でもって掴まれた髪を切り落とした。
身体は軽くなり、駆け出す。
――母さん!
呼びかけに、振り返る母。逆光で表情は見えなかった。
『行きなさい、アーシャ』
『自由に、幸せにおなりなさい……』
――嫌だ……! イヤ……! 一緒に……!
自分がいなくなれば、母がどんな目に合わされるか想像は容易い。
『行きなさい、アーシャ』
『あなたは、私のようにはならないで』
『誰の支配も受けず、どうか、自由に……』
母には愛する人がいた。
まだ幼くその想いが愛であると気付いて間もない頃――母はその身に別の男の子であるアーシャを身篭った。
愛してなどいない、強いられた行為での子。
愛される資格など無かったはずだ。
それでも、母は愛してくれた。
そしてアーシャも、母を愛した。
大切な人を苦境に置いて自分一人幸せになどなれるだろうか
「母さん……」
思ったよりすんなりと口が動き言葉を刻んだ。
夢と現実の境界が掻き乱れ、耳に届く自らの声だけが妙に写実的に感じられた。だが
「アーシャ! 気が、付いたのか!?」
気付かぬ間に部屋に入ってきていた人物が居たらしい。駆け寄ってくる気配に瞳を開きそちらを見遣ると、茶色い髪の青年が安堵の表情を浮かべていた。
「イフル……?」
「よかった……! ずっと意識がなくて心配してたんだ。起きられる? どこか痛む? 何か、欲しい物……」
おろおろとしながら自分を気遣うイフルの様子を見ていると急に全ての感覚が冴えてきた。
「あぁ、そうだ母さんを呼んで……」
「待ってイフル。――あのひとは……」
ベッドの傍に身を屈め、アーシャの顔を嬉しそうに覗き込みながら言っていたイフルが去ろうとするのを、とっさに起き上がり制す。
ピシ――と音を立てて身体が軋んだ。
だが今はそれどころではない。
一番、気がかりなこと――。
「あのひとは……」
言いかけ、正常に戻った感覚が痛みを訴えかけてきた。両の頬の内側に血の味とピリっとした痛み。
だが、それよりも気になったのはイフルがビクリと肩を震わせた事。
「……」
「あのひとは……ジョゼフさんは、どうなったの……!?」
「……」
イフルは無言のまま背を向け振り返らない。
その態度がアーシャに自身の問いの最悪の答えを予感させるが、それでも、聞かなければならないと思った。
「イフル……答えて……!」
アーシャが懇願するように言うと、イフルはちらとその様子を振り返り見、また背け
「……ジョゼフは、死んだよ」
絞り出すように答えた。瞬間、青年は少女が瞳を見開き息を飲んだのを感じた。
「――嘘……!」
返ってきたのは予感した答えなのに、その事実を受け入れたくない気持ちが言葉となって思わずこぼれる。
イフルは振り返らないまま肩をすくめた。
「……アーシャが倒れて間もなく、司祭様の魔法力も尽きちゃってさ……」
「……」
意識を失う前と同じ、辺りが真空になったのではないかと思うほど音を失いそして自分の心臓の音がやけに大きくイフルの声を掻き消そうとする。
「傷は、塞がったんだ。アーシャと、司祭様の魔法で、ちゃんと……怪我は、治ったんだ……」
「それなら、どうして……」
「――血を多く流しすぎてたらしい……。俺も、そこんトコよくわからないんだけど……」
イフルはそこまで言って口篭もる。
だが、回復魔法というのが術者の癒す力と癒される側の自然治癒力とが相まって初めて効果をなすものだと知るアーシャにはそれだけで十分だった。
既に血を多く失い過ぎ体力を失っていた身体は、術者によっていくら傷が癒されても、急速に死へと向かうのを一時的に緩め留めるだけで元へ戻すことはできない。
それはジョゼフ自身に回復するだけの生命力が残っていなかったということなのだが、あるいはもっと強力な術者であったなら、死の淵にある者の生命力自体を増大させ、治癒させることも可能だったはずだ。
――力が……足りなかった……
昼の戦闘で体力も魔力も大幅に消耗し万全な状態ではなかった。
そもそも、生命力回復の術は司教以上の聖職者に使うことが可能な神聖魔法だ。
自分には、使えるものでもないしどうしようもなかった。
だが、ギサノル司祭の助力もあった。
助けられる確信はなかったが――助けたいと思った。
どうしても、助けたかった。
――力が……もっと、力があれば……
どうしようもない憤りと悔しさが込み上げてくる。
以前、名前も知らないような義理の妹が亡くなったと知らせを聞いた時も、真黒な喪服に身を包んで葬式に参列した時も、アーシャは悲しいとは思わなかった。
悲しいと思うほど、相手の事を知らなかった。
悲しみ涙を流す人々の群れを無感情に見つめていた自分。
そして今は、亡くなったジョゼフのために悲しむ者を思うと多少胸は痛んだが、悲しいというより悔しい思いが強い。
何もできない、力ない自分が悔しくてたまらない。
アーシャは唇を強く噛んだ。
「……アーシャ・……」
黙り込んでしまった少女に、泣いているのかと不安になった青年が声をかける。
「何?」
だが返ってきた思わぬ強気な声と怒りにも似た表情に青年は戸惑い
「あ……いや……」
そこまで出かかった慰めの言葉を慌て飲み込む。
「俺、母さんにアーシャが目を覚ましたって言ってくるから……」
そして気を取り直して水の入った器を片手にドアノブに手を掛けようとした時
「まぁったく、いつまでそこで何やってんだい!?」
突如扉が外に開きイフルは思わずヨタついた。
扉の向こうに居たのは母マドーラ。
「ホント、アーシャちゃんが心配なのはわかるけど女の子の寝顔を……」
言いながら部屋の奥のベッドに目を遣ったマドーラは、そこに身を起こしこちらを見つめる少女に気付いた。
「アーシャちゃん! 目が覚めたのかい!?」
息子を押し退けマドーラは少女に駆け寄る。
「魔法を使いすぎて倒れたって、もぅホントすごく心配したんだからねぇ! あぁ、顔色はいいみたいだね。どこか痛むところはないかい?」
ふくよかな顔に嬉しそうな表情を浮かべ、乱れた夜着を直したり上着を肩から掛けてくれたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれるのが、なんだか嬉しくなりアーシャも表情を和らげた。
「うん。なんともな……」
答えかけ、思い出したように口の中に広がる血の味と痛みに思わず顔をしかめる。
「どうしたんだい?」
「……何か……口の中、切ってるみたい」
言って頬に手を当てるアーシャも、心配そうにその様子を覗き込むマドーラも、その背後でイフルが思わず肩を竦めたことに気付かない。
「おやおや。大丈夫かい? どうしたのかねぇ……? 冷やした方がいいね。――イフル? 何をそんな所に突っ立ってるんだい?」
「えっ……? いや、その……母さんを呼びに行こうと。それから、水を換えに……」
「なぁんだい。だったら早いとこ水換えて来とくれよっ」
もごもごと口篭もるイフルに腰に手を当てそう指図し
「それにしても、どうしたのかねぇ? あ、もしかして必死で歯、食い縛ってたんじゃないかい? それで……」
話し始めた母を尻目にイフルは部屋を出た。
アーシャの、頬の痛みの理由を彼は知っていた。そして、訊かれたくないと思っていた。
意識を失い崩れるように倒れかけた少女を、駆けつけた青年はなんとか抱きとめた。
燃えるような赤い髪に長い睫、瞳閉じても印象的な勝気な眉。すべらかな額に浮かんだ汗が涙のように伝っていた。
腕の中にすっぽりと収まった少女を、イフルは思わず抱きしめたくなるほど愛しく感じた。
そして突然、横から伸びた手が少女を掻っ攫ったのに、その思いを悟られたのかと焦ったが、次に響いた小気味よい音がそれを打ち破る。
――え……!?
目を遣った先には、少女の胸倉を掴み返す手でもう一発その頬を叩ったアニタの姿があった。
「目を、開けなさいよ……! 魔法かけて、ジョゼフを助けてよ……! 起きて! 助けて……! あの人を……ジョゼフを助けてよぉ……!」
何事かと思う間にもう一発。アニタの白い手がアーシャの頬を打つ。意識のない少女は薄く開いた唇から僅かに呻き声を漏らすだけで目を覚ます気配はない。
「起きて……! 助けてぇ……!」
半狂乱になって叫びながら、更に平手打ちを加えようとするアニタの腕を我に返ったイフルが捕らえる。
既にアーシャの頬には気の毒なくらいに赤く手の跡がついてしまっていた。
「何、するのよぉ……! 放してぇ!」
アニタは自分の動きを制した相手に爪を立て、振り解こうともがく。
イフルはもう一方の手も押さえ込み
「それはこっちの台詞だよ、アニタ! どうしてアーシャにこんな……」
「だって、この娘が……魔法……ジョゼフが、死んじゃうじゃない……!」
「そんなこと言ってもアーシャにはもう無理だよ……!」
「あなたのご両親は助けてもらったんでしょ……!? この娘に……!! だったら、ジョゼフも……あぁジョゼフ……あなた……」
長く豊かな胡桃色の長い髪を振り乱し、大粒の涙を溢しながらアーシャに掴み掛かろうとしたアニタだが、それが叶わないと悟るとフラフラと夫の横たわる寝台の方へ歩み、その場にへたり込んだ。
アニタは穏やかで優しい娘だった。いつも、柔らかに微笑んでいる人だった。その様子からは想像もつかないような姿に、愛するものを失う恐怖がここまで彼女を狂わせるのかと思うとイフルは怖くなった。
間もなく司祭の魔力も底を尽き、ジョゼフを包み込む癒しの光は消えた。
後は本人の生命力次第だと言った司祭の表情にも疲労の色は濃かった。
縋り、絞り出すように名を呼び、涙ながらに祈る姿。あるいはアーシャが両親を助けてくれていなければ自分もそうなっていただろうか?
「――でも、やっぱ親の死と、夫……妻の死は、違うよな……」
イフルは誰にともなく呟いた。
ジョゼフは同じ村の仲間であり、古くからの友人でもあったから、その死はイフル自身にもまたとても悲しかった。その知らせを聞いた時、思わず涙が零れ、しばらく思考がまともに働かなかった。今も正直、あのジョゼフがいなくなったのだと言う実感はあまりない。
大切な人を失うという悲劇を思えば、アニタの取り乱し様が分からないでもないし、また、責められるものではない。だが、だからと言って、助けようとした心優しい少女を傷つけてよいはずはない。
器の水を換えながらあの時のアニタの行いを思い出しイフルは憤然とした。
そしてそんなことばかり悶々と考えていたため、後で母に少女の頬の怪我の理由を問われた時に巧い答えを用意できていなかった。
真実を告げる勇気がなかったので、結局イフルは母の言ったようなことをしどろもどろと言う羽目になったのだが、少女は母ほど頬の痛みの理由に頓着はなく「どうせたいした事はないし」と笑んだ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、心の奥は何故だか痛んだ。
その日、午前中はゆっくりと身体を休め、昼食後アーシャは教会に行くことにした。
昨日と今日の午前のうちにジョゼフの葬儀の準備は終わっていると聞き、それでは司祭に約束の地図を見せてもらいに行こうと考えたのだった。
体調の方は完全回復とはいかないまでも熱はなく、全身筋肉痛のような感覚は残ったが、そのままゴロゴロとベッドに横になっていても良くなるものでもなさそうだったので、「むしろ動いている方が楽だ」と心配そうにするマドーラを諭した。
急ぐわけではなかったが、じっとして無駄に思考をめぐらすのは性に合わない。
マドーラは息子に少女を教会まで案内するようにと言い、息子もまた願ってもない母の頼みを快く引き受けた。
「ついでに、村を見て回ろうと思ってるから少し遅くなるかもしれないけど心配しないで」
と告げ二人は家を出た。
空は晴れ渡り穏やかな陽気だというのに、村の空気はどこか沈んでいた。
それはおそらく一人の青年の死と、その陰にある魔物というの存在への人々の恐怖故だったのだろう。
教会へと向かう途中出会った村人達は皆、少女の回復に安堵し「ジョゼフのことは残念だったが、あんたが気にすることはない」と口々に言い、その身を賭してジョゼフを救おうとした少女に賛辞を呈した。
少女と、少女を庇うフィタニ家を、アニタは悲しみにまかせて詰ったが、それはあまりにも道理に合わないことだと、「アーシャには何の責任もない」と村人達は少女に同情的だった。
当のアーシャは自分がジョゼフの妻に非難されているとは知らず、ただ村人達の気遣いをありがたく受け止めた。
「そういえばイフル。なんだか色々面倒というか……お世話掛けちゃったみたいでごめんね」
魔力を使い果たし倒れた自分をベッドまで運んだのはイフルだと聞いたのを思い出し、アーシャは隣を歩く青年に詫び、そして
「ありがと」
と礼を述べた。
「あ、いや……」
そんな風な言葉を向けられると思っていなかったイフルは、不意のことだったため思わず照れ頭を掻いた。
「それより身体の方は大丈夫? 無理してない?」
「うん。ちょっと筋肉痛っぽいけど、動いてる方が楽みたい」
「本当に……?」
魔法に関して知識のないイフルは何故アーシャがあんな風に倒れたのかが分からなかった。単に「魔法力を使い果たした」と言うがそれが何故、意識すら失う状況をもたらしたのか、魔法を使いすぎて筋肉が痛む、というのも謎だ。
何も分からないイフルにはだが、アーシャの身に起こった意識を失い、寝込むという状況がただならぬものに思えたのだった。
「ホントホント。だいじょーぶだって」
真剣に問い直したイフルの表情が彼の母、心配性のマドーラと重なって見えアーシャは思わず表情を崩す。
「あたしの魔法力がもっともっと強かったら、もっとキツかったと思うんだけど、大したことないし」
「? どういうこと?」
「う~ん……なんて言うか、あたしもよくは解らないんだけどね。魔法を使いすぎての疲労や痛みって魔法力が高いほうが大きいんだって」
「そういうもんなの?」
「そ。聞いた話だけど。まぁ……魔法力が高ければそれだけ強い魔法、たくさんの魔法を使えるから"魔法力を使いすぎる"なんてことはあんまりないんだろうし――助けられたかもしれなかったんだけど」
「アーシャっ……!」
少し前を行き言った少女の後姿が傷ついて見え、思わずイフルは声をあげた。
「うん。わかってる。大丈夫よ。……そんなに自惚れは強い方じゃないわ」
自分が弱いことぐらい解ってる。自分だけが悪いように思うのは逆に偉そうだと思う。
「自惚れって……」
「あたしの魔法力なんて大したことないの。ホント。あなたや他の人とさほど変わらない……って、多少訓練はしたから少しは違うと思いたいけどね。ただ、使い方を知ってるってだけだもの」
「え……?」
イフルはアーシャの言葉に驚きそちらを見遣る。
それはつまり、自分達にもそういった力があると言うことだろうか?
アーシャは相変わらず後ろに手を組んで数歩前方を歩いている。
「……まぁ、こういう事は司祭様の方が詳しいんじゃないかなぁ?」
「司祭様が?」
「そう聖職者だし」
聖職者ならば教会の学園で魔法理論なんかを学んでいるはずだ。
アーシャが魔法や槍術を習ったのも街の司祭からだった。
本来一介の司祭が教会本部の認証無しに一般の者に魔法を教えると言うことはないと聞くが――アーシャの師事した司祭は違った。生き抜く術を教えてくれた。
――ユエ司祭……
少なくとも週に一度、多い時では二日に一度。彼の訪れを母と共にいつも楽しみにしていたものだった。
物心ついた頃にはもうそこにいて、あの卑劣な父よりもよほど父親らしいと慕っていた。
――無事で……元気でいるだろうか……
母と共に優しく微笑むその懐かしい姿を思い出しアーシャは瞳を細めた――。




