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Geschichte  作者: hyu
第1部
3/177

000 - Die Einleitung

その瞳はまるで無垢への回帰路


なにも多くを望んだわけじゃない 


ただ、一緒にいたいだけ


神よ 貴方は何故奪うのですか


愛しい微笑みを


気の遠くなるような 長い 孤独


今、世界の流れに


今、時の流れに 楔を打ち込む


貴方もかつて 罪を犯したのだということを


貴方がヒトに作られたモノだということを


貴方が―――神ではないということを―――知ってしまったから―――





-----Die Einleitung----





迷える幼さき仔羊達に神のご加護を


汝 過去を知らんとするものか


汝 真実を知らんとするものか





 眼下に広がるのは、まだ昇って間もない太陽に照らされ緑々と輝く若葉の群れ。そしてそれを左側の欠けた三日月の様に囲み込む丘陵地帯。緑の波は溢れ出し、更にその向こう、朝霧に霞む山脈、遥か海岸線へまで続いている。

 小高い丘の上、馬上の少年は手に持った紙切れ同然の地図とその景色を照らし合わせ濃紺の瞳を細めた。地図によれば丘陵地帯の向こうに街があるはずだが、それはここからは覗えず、また街へと続いているはずの街道さえうねる緑の大海原に飲み込まれてしまっているようだ。

「ま、もう少し行けば見えてくるだろ」

楽天的な笑みを浮かべ、少年はそう呟くと懐に地図をしまいこんだ。そして一度空を仰ぎ、大きく息を吸い込むと勢いよく馬の腹を蹴る。少年を背に乗せた栗毛の馬は声高く嘶き、風に伴われ丘を駆け下りていった――。




「――逃げて……!」

頬に冷たい手が触れる。

「みんな……死んでしまったわ……私も……もぅ……」

今にも途切れそうなか細い声で囁く、目の前の美しい娘が自分の瞳を見つめた。

細い手足が暗闇に浮かび上がる。娘がわずかにまとう襤褸は、まるで引き裂かれたかの様。

「あなたは、こんなところで死んではだめ……生きるのよ……」

幼さの残る意志の強い顔立ちは、暗い影を落とすことなく艶かしいほどに彩やかだった。そしていつも変わることなく誇りに満ちた光を湛えた淡紫の瞳から涙が零れ落ち、冷たい手が両頬を包んだ。

「ごめんなさいね……私にできることは……もぅ、これくらいしかないの―――」

――ダメ、ダヨ……! ヤメテ……! ソンナ身体デ、チカラヲ使ッタラ……!!

白い手が、幼子を戒めている鈍色の鎖を持ち上げる。

――ヤメテ……! 死ンジャウヨ……!

「いいのよ……私は……」

娘は微笑んだ。優しく、切なく、そしてこの上もなく美しく。

パキィィン――!

鎖が鋭い音をたて、砕けた。

――ソア=ニィナ=ジルクーム……!!

慌て縋りつき、細い体を支える。娘は激しく咳き込み血を吐いた。

――ソア=ニィナ!……ニィナ!! 死ナナイデ! 死ンジャイヤ……!

「大……丈夫……私は、いいの……それに、ね。私はもうジルクームじゃないわ……」

娘は苦しげな息をしながら、それでも微笑んで見せた。

「ジルクームは、あなたよ……セフィ……。セフィリュ=リア=ジルクーム……」

――イヤ……!

娘の額が自分の額に触れる。

「……風よ……お願い……この子を、どうか……!」

暗闇に、吹くはずのない風が身体を包み込む。

――ニィナ―――!

満身創痍の娘はやわらかに微笑み幼子の額にそっと口付けた。その途端、光が溢れ出し全てを包み込んだ。純白が意識を溶かしやがて、忘却の彼方へと流れていった―――




――おい、見ろ。……子供が倒れてやがるぜ。

しわがれた、野太い声が近付いてくる。

――……どれ

――本当だ……。薄汚ねぇガキだな。

――手枷と足枷……どっかから逃げてきたんじゃねぇのか?

――ほっとけよ。そのうち物好きなババァに拾われるか、魔物の餌になるかだろ。

――おい、まて……。

一人の男が子供の顔を覗き込んだ。

「う……」

どうやら気を失っているようだ。

――こりゃぁ……。

――よく見たら整った顔してるじゃねぇか……!

――本当か!?

――あぁ。汚れ落として、少し磨きゃぁ、高く売れるかもしれねぇぜ。

――そりゃぁいい!!

男達の下卑た笑いが響いた――




――ハナシテ……! ヤメテェ……!

――イタイ……!! 痛イヨ……

 闇が舞い降り目の前を塞いだ。

誇りも、自尊心も、何もかも全て見失ってしまいそうなくらい重苦しい時が圧し掛かってくる。どこかもわからない冷たい床に放り出され、幾度となく重たいモノや鋭い何かが振り下ろされた。刺し貫かれるような、引き裂かれるような痛みに意識と記憶は交錯し、途切れては繋がり、繋がっては途切れ、時間の観念さえをも奪った。

 全身を駆け巡る、傷口を抉られるような激痛に闇へと突き落とされる。

 それでも、その度に深い闇の底よりも恐ろしい苦痛に満ちた現実へと引き戻される。

 逃れる術などなかった。

 ただ、歯を食いしばり、その激情が消えてゆくのをじっと待っているしかなかった。

 ただ、全てを捨て、全てを委ねて、耐えているしかなかった。

――だがやがてそれは耐え難いものへと変わってゆくのである―――

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