3月7日(水) ♨1♨
「武下君、一番悪いのはあなたでしょう? もし、あなたが水戸と浮気をしなければ、こんなことにならなかったのよ。今さら、よりを戻そうなんて、身勝手にも程がある!」
「どうして、ここに久留米さんがいらっしゃるんですか?」
「そりゃ、突然、ストーカーまがいの行動を取るような人と、紫を二人っきりにするのは危険だからでしょう。本当だったら、直接セクハラ防止委員会に訴えられても文句言えないのよ。武下君は…」
「そんな…、ストーカーだなんて…。俺は、ただ紫に一声かけたくて、声をかけようとした、紫が逃げるから…」
「馴れ馴れしく、紫なんで呼ばないでよ! 武下君。いつまでも彼氏気取りしないで…」
武下定秋、久留米陽美、桜田紫の三人はルーナバルで不毛な話し合いを続けていた。昨日、陽美と紫はカフェ・ボニータで武下定秋をどうこらしめるか思いあぐねていた。しかし、何事も思うように進まないものである。何をいっても、武下定秋には全く伝わらない。
彼は強烈な勘違いをしているのである。確かに振られた直後はよりを戻したいと紫は考えていた。しかし、時の経過と福岡出張、水戸あおいの突然の結婚による武下定秋の狼狽ぶりが浮き彫りになった事が紫を完全に変えてしまった。今や、紫の心は彼に対する失望感と不信感だけが支配している。
「やっぱり、話しても無駄みたいね。せっかく、人員整理の対象にならずに会社に残れると言うのに、残念ね…。やっぱり、セクハラ防止委員会に訴えるしかないか…。そうなれば、武下君、間違いなく首切られるよ」
「ちょっと、それはやり過ぎでしょう。久留米さん…。そんな脅迫まがいのことを言ってもいいんですか?」
「武下君。お願いだから、もう私の事を忘れて…。もう、私にまとわりつくのは止めて…。そうすれば、何もしないから…」
「桜田さん、俺ら、五年間も付き合ってきたんじゃないの?」
「それを先に否定して、水戸あおいと浮気したのは武下君でしょう? それなのに、水戸あおいに振られたからと言って、よりを戻そうとするのは虫が良すぎる…って、何回言えば分かるの? 分からないなら、もういいよ。明日、セクハラ防止委員会に言いに行くから…。陽美、もう帰ろう…」
紫はすっかりあきれていた。それは陽美も同じであった。あまりにも自分に都合の良すぎる解釈に、都合の良すぎる言い訳、二人はただあきれるしかなかった。
すでに一時間以上、話し合い続けたが、武下定秋は全く紫の言い分を聞き入れようとしない。これが原因で失職するかもしれないが、こちらの言い分を聞き入れてもらえない以上、それもやむを得ないだろう。
「ちょっと、待って下さい…」
二人がテーブルを離れようとした時だった。突然、武下定秋が力の抜けた感じの大声で二人を呼び止めた。しかし、二人はそれにあえて反応しなかった。それだけでは再び堂々巡りが繰り返されるだけである。
「もう、桜田さんには迷惑をかけませんから…。どうか、セクハラ防止委員会だけは…」




