3月3日(土) ☆1☆
「紫、たまには気を利かせて、そっちから電話をかけてきなさいよ。いつも、お母さんが電話かけているのに、全然出ないんだから…。仕事忙しいのは分かるけど、せめて、一ヶ月に一回はね…」
母からの電話に出ると、母が一方的にしゃべるので、紫は舌打ちしたいのを必死にこらえていた。本当は福岡への出向が決まったことをさっさと伝えて、今にでも電話を切りたいぐらいである。
三年前に父が亡くなってから、母はずっと一人で暮らしている。本当はもっと母のことを気遣わないといけないのだろうけど、母があんな感じなので、紫もつい反発してしまう。もう、母も六三歳…。定年後も病休や産休などに入る先生の代わりに臨時で教壇に立つぐらいなので、まだまだ元気で何よりだ。
でも、それは一人の寂しさを紛らわすためである。父と一緒に定年を迎えた時、これまで忙しかったから、これからは二人でのんびりしようと二人は言っていた。
しかし、定年を迎えて、三ヶ月過ぎた六月十七日、父は脳卒中で帰らぬ人となってしまった。晩年、父は進学校の教頭や校長として、毎日激務に追われていたらしい…。その頃、紫はすでに実家を離れて一人暮らしていたので、詳しいことまでは分からない。
一人娘なのに、好き勝手やってきた。父にできなかった親孝行を、父の分まで母にしないといけないと考えているのだが、いつもうまくいかない。三十過ぎても、父親を亡くしても、親子関係は相変わらずで、紫はただモヤモヤしている
「ちょっと…、紫。ちゃんと聞いているの? ああ…とか、うんとか、適当に返している。せめて、母さんが生きている間に結婚してよね。父さんも紫が結婚するのを、天国で首を長くして待っているはずよ。あの…、武下さんだっけ? いい感じって言っていたけど…」
ああ、しまった…。いつだったか、お見合いを母から勧められたので、断るために武下定秋のことを話したことがあった。下手に嘘で引き延ばすとばれた時が面倒なので、ここは正直に話しておこう。
紫は奴と別れたことを母に伝えた。ただし、相手を会社の後輩に奪われたとか、相手が浮気相手に捨てられたとか、紫にとって都合の悪いことは一切伝えなかった。あくまで何ともなかったかのように成り行きで…と言う感じで説明する。




