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焼けくそレーシック  作者: あまやま 想
第1部 東京編  第1章 発端
5/150

1月19日(木) ③

 午後一時まであと十分となったので、ここで会話を切り上げて、総務課へ戻る。紫には陽美の言うことがやっぱり理解できなかった。どうして、水戸あおいの真似などしないといけないのだろうか? メガネにはメガネの魅力があると思う。その証拠に最近は伊達メガネの売れ行きが好調と聞く。


 それに何より許せないのは、健康な体にメスを入れることである。紫の思想の根底には「自然の美に勝る物はない」と言う考えが常にあった。もともと、近視の人は近視でいることが自然である。しかし、一方で近視の人であれば、誰もが疑うことなくメガネをかけることに時々疑問を感じていた。日常生活をしていく上とは言え、メガネで視力を矯正することは自然に反する気もする。その点において、レーシックは自然とも考えられる。レーザービームで角膜を調整することで誰もが持っている本来の視力を回復させる。そう言った意味ではレーシックは自然の状態に戻す手術と言ってもいいかもしれない。どっちが正しいんだろうか?


 気付けば、紫は武下定秋と水戸あおいを憎むことも忘れていた。レーシックが憎しみを忘れさせるほどの物とは到底思えないのだが…。たがが、レーシックごときに、こんなに心を奪われるなんて思いもしなかった。


 夕方になり、コーヒーでも飲もうと思い、一階ロビーの自販機へと向かう。すると、大泉班長がいた。紫が「お疲れ様です」と声をかけると班長は「ミルク入りでいいか?」と聞いて来た。大泉は機会があれば、部下にコーヒーなどをおごる気さくな人である。紫はいつものことなので恐縮しきりであったが、大泉はしたり顔で


「遠慮するなよ。ほら、何がいい?」


と再び聞くのであった。


「班長、いつもすみません。今日はブラックでお願いします」

「桜田君にしてはめずらしいな…。いつもはミルク入りなのに…」


 大泉はつぶやきながら、紫にコーヒーカップを渡した。紫はお礼を言ってから受け取る。二人は自販機横の休憩所に座った。


「こんな時に追い打ちをかけるようで申し訳ないが、四月から人事課と総務課が、人事総務課として再編されることが正式に決まった」


 出版界はかつてないほどの不況に見舞われていた。エスペランサ出版も例外ではない。以前から人員削減の話が出ていた。特に人事課と総務課は収入部門ではないため、社内での風当たりが強かった。


「それで総務課は課長プラス三班十五人体制から、総務班の八人体制となる。で、残りの八人がリストラの対象となった。まず、課長と班長三人は年度末で退社。さらに年齢順に上から四名は出向か退社を選ばないといけない。これを君に伝えないといけないとは…」


 思わず、コーヒーカップを落としそうになる。悪夢はまだ終わらないらしい…。紫は平社員の中では年齢順で上からちょうど四人目に当たる。まさか、半分も減らされるとは思ってもいなかった。紫は、自分は大丈夫だろうと油断しきっていた。


「班長、またまた悪い冗談を…。冗談はやめてくださいよ…」


 しばらく沈黙が続いたが、こらえきれずに紫はわざと茶化した。そんなことしてもリストラの事実は消えない。どちらかと言うと、有無も言わずに辞めさせられる大泉の方が悲惨である。平社員はまだ出向の選択肢があるだけ、まだマシかもしれない。


「ふん、冗談なら、どんなにいいことか…。いつものように桜田君と冗談が言い合えたら、どんなによかったことか…。三十年働いた結果がこれだ…。この歳で再就職先なんか、もう見つからんよ。こんなことなら、営業でずっとやってくれば、よかったな…」


 そこにはいつも明るい大泉はいなかった。またしても、悪い沈黙が始まった。


「新しい総務班長はどうなるんですか?」


「何言っているんだ。そんなの、人事課の連中に牛耳られているに決まっているだろう。現に今の課長だって、人事課出身だからな…。大芝さんはいいよ。あの人はもう五九だから…。うちは総務課が一番弱いからな…。まあ、こんなことを愚痴っても仕方ない…。そろそろ、戻ろうかね」


 そう言った大泉の背中がとても弱々しい。彼は身長が百八〇センチぐらいある大柄で歳をとってもそれなりにたくましい体つきだ。その彼が下を向いて歩くと体が大きい分、とても目立つ。こんな大泉は見たくない…。

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