1月19日(木) ②
昼、社員食堂で陽美と紫がレディースランチを頬張りながら、武下定秋とのこれまでのいきさつを話していた。もちろん、自転車の件は伏せた上で…。
「えー、そんなことがあったの! マジ、ありえなくない…。武下め、見損なったな…」
「前から、うすうす気付いていたんだけどね…。しばらくは気付かない振りをしてたの…。そしたらさ、私に隠れてコソコソと水戸あおいと会っていた訳よ。もう、マジで言葉を失った。それを昨日問い質したら、武下の奴、開き直りやがったからね…」
「私は二人がゆくゆくは結婚するのかな…なんて思っていたけど、どうも最近様子がおかしかったからね。武下と水戸…。本当、人としてあり得ない!」
陽美は紫の一つ上の先輩にあたる。入社したての頃はとても怖い存在であったが、歳を取るにつれて、あちらが気を許してくれるようになった。周りの同期が結婚などでどんどんいなくなっていくこともあってか、今では同期のような存在となっている。
「ねえ、紫、あの子さ、失恋のたびに何かが変わっていくらしいよ」
「は? 何それ? 一体どう言うこと?」
話が一段落した所で、急に陽美が不思議なことを言い出した。紫は思わず、露骨に首を傾げる。言葉通りにとらえるなら、それこそ失恋のたびに整形でもしているのか?
「例えばさ、あの子さ、一年ほど前までメガネをかけていたでしょう?」
「そうだね…」
「一年前から、急にメガネかけなくなったでしょう…」
「確かに…。えっ、あれって、コンタクトでしょう?」
「いやいや、違うから…。私、本人に直接聞いたし…」
「何を?」
陽美がもったいぶって話す。紫はますます分からなくなった。一重まぶたを二重まぶたにしたとか、鼻を高くしたとかと言う話なら分かる。何でメガネなんだろう…。
「私もレーシックに興味があったから、レーシックをしたって、話を聞いてさ…。あの子にいろいろ聞いたのよ」
「えっ、あいつ、レーシックしてたの? 知らなかった…」
「紫は関心のないことになると、全然人の話を聞かないんだから…」
確かにそうだった。紫は関心のないことには全く興味を示さない。陽美の話によれば、水戸あおいがレーシックしたとき、一班のみならず、総務課全体でちょっとした話題になったらしい。それがいつの間にか総務課だけでなく、他の課にも及んで、エスペランサ出版ではレーシックがちょっとしたブームになったほどである。陽美もそのブームに乗って、レーシックをしたほどである。ただ、紫は目にメスを入れるなんて、とんでもないと思って、これらに関する情報をほとんど全てシャットアウトしていた。だから、ほとんど覚えていなかったのである。
「紫も思い切ってやりなよ。メガネを外せば、紫もまだまだいけると思うんだけどな…。それに朝起きたら、まずメガネを探さないといけない生活から解放されることのすばらしさと言ったら…。もう、言葉ではいい表せない」
そう言えば、半年ほど前からよ海が以前よりも明るくなったと思ったら…。それは陽美がメガネをかけなくなった頃とだいたい一致している。
「そうかな…。いや、目にメスを入れるって、なんか怖くない? 失敗したら、失明するんでしょう? それに病気でもないのにメスを入れるのって、何か抵抗があるんだよね…」
「何言ってるの! 目にメスなんか入れたら失明するに決まっているでしょう。レーシックで使うのはレーザーメスとって、レーザービームを角膜に当てるだけなのよ。それに近視はれっきとした病気よ。レーシックで裸眼での生活を取り戻せる。メガネとおさらばできて、なおさら思うけど、メガネって本当に煩わしいよね…」
「そう? もう二〇年もメガネと一体の生活をしているから、特に何とも思わないけど…」
「もう、何で紫はいつもそうかな…。まあ、レーシックをするまでは私もそう思っていたから、仕方ないか…。とりあえず、まず、レーシックでもして、あの小娘を見返してやりましょうよ」
「う〜ん、まあ、ちょっと考えてみるか…」