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焼けくそレーシック  作者: あまやま 想
第1部 東京編  第1章 発端
3/150

1月19日(木) ①

 木曜日の朝、紫はいつもよりも一時間早く起きた。自転車がないので、バスで西仙石駅まで向かった。結局、前の晩にとんでもない目に合ったため、家に帰り着いたのは深夜一時半過ぎであった。それから手短に化粧を落としたり、軽く腹を満たしたりして、寝ることができたのは三時前である。


 しかし、五時にはもう起きないといけない。紫は仮病でも使って、会社を休もうと思ったほどである。だが、それでは武下定秋と水戸あおいの思うつぼだ。そう思うと、ムカーっと来て、眠気が吹っ飛んだ。明らかな寝不足を気力だけで乗り切ろうとしたけど、もう若さだけでは乗り切れない。そのことに軽くショックを受ける。ただ、怒りと絶望だけが紫を突き動かしていた。そうは言っても、バスでは思わずうたた寝をして、危うく西仙石駅を通り過ぎるところだった。電車はいつもと同じように超満員だったので、さすがにうたた寝はできなかった。


 会社では嫌でも水戸あおいに目が行ってしまう。同じ総務課の同じ総務一班にいる以上、視界に入れずに仕事を進めることはほぼ不可能であった。これまで先輩として、水戸あおいには様々なことを教えて来た。水戸あおいは紫のことをいつも慕っていた。紫も彼女のことをかわいく思い、仕事のみならず、プライベートでも二人で遊びに行くほどであった。


 しかし、一年前に水戸あおいに武下定秋を紹介した時から歯車が狂い出した。以前から「水戸あおいは人の物を欲しがり、それを奪う、悪い癖がある」と言う噂があった。だが、紫はあおいと親密になっていたし、何より信じていたので、悪い噂として一蹴していた。だから、付き合っている人を紹介してほしいと言われた時も何一つ疑うことなく水戸あおいに紹介した。その時はその結果、彼氏を奪われることになろうなんて思いもしない…。後に彼女が過去に何度も略奪愛を繰り返していたことを知ったときにはもうすでに遅かった。


 「かわいさ余って、憎さ千倍」と言うが、とてもじゃないが今は千倍ぐらいでは収まらない。許されるなら、このまま一思いにナイフで刺してやりたいぐらいだ。パソコン画面で伝票を処理しながら、どうやって、水戸あおいを殺そうか考えていた。もちろん、実際に行動に移すようなことはしない。ひたすら、毒物でやるのか、車でひき殺すのか、絞め殺すのか、ありとあらゆる殺し方を水戸あおいに当てはめる。これでもか言うぐらい、憎しみを心の中でぶつけた。


「水戸さん、忙しいところ、悪いんだけど、急ぎでこの伝票を切ってくれない?」


 総務課のドアをバーンと勢いよく開けて、営業一課の武下定秋が入ってくる。彼は仕事柄よくここに来る。かつては紫の所に伝票を持って来ていたのに…。今は何事もなかったかのように、水戸あおいの所へ伝票を持って行く。


「武下さん、大丈夫ですよ。すぐに処理しますからね。ちょっと待ってください」

「水戸さん、本当に助かるよ。お礼にお昼をおごるよ」

「えっ、いいんですか? ありがとうございます」


 うわっ、こんな場面を見せつけられるとは思わなかった。ただ、ここでトイレに逃げ込んだら負けだ。紫は何度も自分に言い聞かせる。ついでにさっきの妄想殺人の中に武下定秋も入れる。裏切り者には制裁を加えなければ…。ぶっ殺してやる! まだ、心のどこかで武下定秋を好きでいる気持ちもあるが、裏切られた失望感や怒りの方がはるかに強い。そんな自分が大嫌いだった。こんな状態になっても、いつか戻って来てくれるはずと信じて待てる女性だったら、こんな風にはならなかったような気がする。


「武下さん、できました!」

「ありがとう! では、十二時二〇分に入り口で待っててね」

「はい、わかりました」


 このやり取りに総務一班だけでなく、となりの二班や三班からも軽蔑のため息が聞こえた。紫の隣に座る久留米陽美が水戸あおいをさりげなくにらんだ後、紫に対して、小声で「気にしたら負けだからね」とつぶやく。

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