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焼けくそレーシック  作者: あまやま 想
第1部 東京編  第1章 発端
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1月18日(水) 〜その弐〜

 ところがそうは問屋が卸さなかった。なぜか駅からしばらく行った所でパトカーが待機していたのだ。紫はまずいと思ったので、あえて裏路地に入りこんだ。これがいけなかったのか、パトカーが後ろからスーッとやって来たのである。気付かぬ振りをして、パトカーが入れないような狭い道に入ろうとした矢先、パトカーが追い越して警察官が道を塞いだ。あちゃ…、万事休す。


「仕事帰りですか?」

「はい…」

「すみませんが、ちょっといいですか? 最近、自転車での事故が増えているものですから、無灯火の取り締まりをしています。見たところ、ライトが壊れているようですね…」


 あちゃ、この自転車、ライトが壊れているし…。でも、まだ自転車を拝借していることはバレていないようである。これで終わればいいのだが…。


「申し訳ありません…。すぐに修理します」

「ぜひ、そうしてください。それから、自転車盗難も増えていますので、ついでに防犯登録も調べさせてください。あと、よろしければ…身分証明証を見せてもらえますか? 本来であれば、無灯火は反則金ですからね…。今回は厳重注意ですませておきますので、以後、気をつけてくださいね」

「はい、本当に申し訳ありません…」


 警察官は言葉こそ丁寧だが、それとは裏腹に態度は実に横柄だった。若い警官がネチネチと言葉で責めてくる。もう一人のベテラン警官が紫の運転免許証を持って、パトカーに戻って行く。もちろん、防犯登録の番号を控えるのも忘れなかった。これは実にまずい…。できることなら今すぐにここから逃げ出したいくらいだ。


「ところで自転車はいつ、どこで買われましたか?」


 どうしよう…。紫は考えた。もうしばらくすれば調べがついて、この自転車が勝手に拝借した物だとばれるだろう。シラを切って、心証を悪くするよりも、先に全てを話した方が傷を最小限にできるに違いない。計算の末、紫は駅で自分の自転車が盗まれたこと、どうにもできずに偶然見つけた鍵がかかっていない自転車を無断で拝借したことを正直に打ち明けた。その頃には調べがついたのか、ベテラン警官が若い方に耳打ちした。若い警官は耳打ちを聞いた後に、


「いや、彼女が先に自白しましたので…」


と呟いた。すると、ベテランは若い方の肩をポンと叩いた。すると、若いのがパトカーに戻り、今度は初老の警官が話し出した。歳をとっているとは言え、体はまだまだ十分にごつい。まだ、免許が返されていないので、ここから逃げることもできない。


「先に自白されてよかったですよ。そうでなかったら、今から任意同行をして頂かないといけないところでした。今、あの自転車に被害届が出ていないかどうか調べています。今は本当に便利ですよね。パトカーから何でも調べることができますから…」


 ベテラン警官は紫に意味深なことを言うので、紫はすっかりおびえてしまった。「嫌われ松子の一生」に出てくる松子だって、一晩でこんな急にボロボロにならなかったはず…。もしかして、一晩で松子を超えたかもなど…と、全く関係ないことを考えて、現実逃避をしていた。そうしないと、とてもじゃないけど、正気でいられなかったのである。そこで若い警察官がパトカーから出て来て、急ぎ足でベテランに駆け寄った。


「今のところ、被害届は出されていないようです」

「そうか…。わかった」


 紫は二人の警官のやり取りにただ固唾を飲む…。


「不幸中の幸いと申しますか…、今のところ、被害届は出ていないようです。なので、今から、その自転車を元の場所に戻してください」

「つまり、自転車を駅で戻せばいいと言うことですか?」

「そうです。本来なら、桜田さんのやったことは窃盗なので書類送検をしないといけないのですが、あなた自身も自転車を盗まれていますし、初犯なので、今回は特別に厳重注意ですませておきます。何より幸いだったのは、被害届が出ていないことです。被害届が出ていないと窃盗ではなく、拾得物横領になりますので、今回はその自転車を元の場所に戻したらいいことにします。では、失礼します」

「寛大な処置、ありがとうございます」

「では、遅いんですけど、今から戻しに行ってくださいね」


 そう言うと、ベテラン警官は紫に運転免許証をようやく返した。それから二人の警察官はパトカーにさっさと乗り込んで、パトカーと共に闇夜に消えて行った。誰もいなくなった住宅地でようやく安心した紫はホッとしたのか、その場でボロボロ泣いた。もう、何が何だか全く分からないし、一晩でこんなにいろんなことが起こるものだろうか? 松子みたいに落ちる所まで落ちるのは免れたらしい。


 それはそれでよかったが、紫は全てを武下定秋と水戸あおいのせいでこんなことになったに違いないと考えることにした。泣いてすっきりしたところで、終電が終わってシャッターで閉ざされた人気のない駅の自転車置き場に自転車を戻した。それから、タクシーでも拾って帰ろうと思ったが、タクシーは一台もいなかったので、一人寂しくトボトボと家路に着いた。初めから変なことをせずに、タクシーで帰ればよかったと思いながら…。

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