1月20日(金) 〜その肆〜
とてもじゃないが、部長と課長の言うことを言葉通りには受け取れなかった。ただ、今後のことを考えれば、どうにかして出向組に入りたかったので、紫は二人の言うことを黙って聞いていた。
「で、桜田さんのご希望を聞かせてくれますか…」
「もし、必要とされるのであれば、喜んで出向させて頂きたいと思います。そして、いつの日か再びエスペランサ出版に戻って参れたらと願っております」
紫は二人がいかにも喜びそうなことを言った。もちろん、紫は一瞬だが、二人の表情が緩んだのを見逃さない。
「わかりました。そう言って頂けると、こちらも助かります。それでは、後は大芝課長から出向先に関する具体的な質問があるので、それに答えてください」
「はい、それでは私からいくつかお尋ねします。まず、出向先についてですが、どこがいいとか希望がありますか? 例えば、東京近郊がいいとか…。逆に九州や東北はダメとか…」
「それにつきましては、会社に一任したいと考えております。もし、私の希望が叶うのであれば、できることなら東北か九州の遠方に出向を希望致します」
紫の答えがあまりにも意外だったのか、ここで部長と課長が何かコソコソ話し始めた。大方、東京近郊以外なら出向せずに辞めるとでも言うと思ったのだろう。
「あっ、それは意外ですね。では、その理由を聞かせてもらえますか?」
部長が少し身を乗り出して訪ねてきた。紫はしめたと思った。ここで沢木部長をうまく納得させることができれば、かなり前進だろう。紫はせっかく出向するなら、新天地で新しいスタートを切りたい旨をうまく伝えた。本当は失恋とリストラでやけくそになっており、一日も早く東京を離れたいだけだが…。すると、部長だけでなく、課長も何度も頷いていた。紫は確かな手応えを感じる。
「それでは最後の質問になりますが、出向先によっては総務以外の仕事をすることになるかもしれません。それでも構いませんか?」
「できることなら、これまでの経験を生かせる仕事をやりたいと思っておりますが、それが難しいのであれば、どんな仕事でも挑戦させて頂きたいです」
「いや〜、実に素晴らしい。その姿勢さえあれば、どこに行っても、きっとうまくいくことでしょう。人事部長として、可能な限り、桜田さんの希望に添えるように努力したいと思います。出向先が決まり次第、また追って連絡します。本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
紫は小会議室からようやく解放された。ほっと一息つくと思った以上に手応えがあったことを密かに喜ぶ。それから総務課室へと戻った。




