月明かりの中で
「いや〜、お姉さん、感激、命の危機に陥るヒロイン、ソレを己の危険も顧みず飛び込む勇者」
「それは良いが、いいかげん離れてくれると嬉しいんだが」彼の耳元で快哉を叫ぶ美女に面倒くさげな視線を向ける。と、名残惜しげに彼の元を離れる。と、それを待っていたかのように彼の元に少女が勢いよく飛び込む。
「源十郎様、玩具の楽隊、回収終了です。予定通り彼らの記憶消去ならびに背景組織の詳細も調べ終わりましたから本家から圧力かけてもらっちゃいましょう」言う少女はとても生き生きとしていた。
「やれやれ、あまり気は進まんが…」
「何言ってるんですか源十郎様、使えるものは使いましょう、ただでさえ分家の小倅とか言って無理難題押しつけられてるんですから、これくらい当然の権利です。って何するんですか、シェリル?」言って振り返る少女のその腕にはシェリルの長い爪が食い込んでいた。
「いやいや、これでも不意をついたつもりなんだけど、これ位じゃダメか」悪びれもせずに金髪の美女は少女から距離を取る。
「どういう、つもりですかっ?」憤懣やるかたもないと言った風で少女は呟く。
「いやいや、簡単な事さ、源十郎、お前が欲しい。お前を私のものにしたい。よって神無が邪魔」
「ちょっと待って下さい、貴女の目は節穴ですか、この年中やる気なさ気な源十郎様のどこをどう見て、そんなセリフを吐くんですかっ! 源十郎様の良さをわかるのは私一人で十分なんですっ!!」
「いや〜、あたしは別に二番目とかでも良いんだけどねぇ、どうみてもアンタが邪魔しそうだから、とりあえず排除、みたいな〜」
「当たり前ですっ!! もうっ、頭来た。助けてもらった恩も忘れて、私の源十郎様に手を出そうなんて、許しませんっ!!」
「それにね、源十郎、お前は思い出させてしまった。独りは寂しい。独りはつらい。独りは悲しい。せっかく忘れていたのにねぇ、思いだしちゃったから、わたしは、それを思い出させた。お前が欲しい」それは真摯な祈りのように彼に届いた。
「やれやれ、拾った野良猫が懐かないのはよくある話だ」
「そういう問題ですかっ!?」
「じゃぁ、ルールの説明、私が攻撃側、源十郎の首を一咬み、同族にすれば私の勝ち、神無が守備側、夜明けまで持ちこたえれば、アンタの勝ち」一方的に説明が終わり、彼女が肉薄する。
「って、明らかにアンタに有利でしょうが、それになんでもう怪我とか治ってんのよ」
「さっき、源十郎が補充血液くれた」
「だぁーっ、もうっ、源十郎様っ」
「悪いが、神無の味方をさせてもらうぞ、朔夜」
「いやいや、吸血鬼になってともに不老不死の道を歩もう、ん、退屈はさせないよ」
「悪いが、間に合っているんでな」言って、少女の運んできた行李を開く、そこには一体の日本人形が収められていた。その肌は白く、纏う着物の衣装の刺繍は黒地に金糸で現された銀河と月、たおやかなるその肢体の手を取ると少女はその中に消えた。
「んんっ、どういう不思議!?」
「形無しの神無、あらゆる人形の性能を引き出すために作られた生き人形だ、彼女は」
「さすが、不思議の国ジャパン」それは認知出来ないスピードのハズだった。人智を超えたスピードというのは、それだけで武器たり得る。事実、認識できない攻撃というものに彼女たちさえ苦戦しているのだ。なのにそのほっそりとした腕に彼女の爪は阻まれていた。
「女子が乱暴をするものではありません」凛としたその声は、説明が事実ならあの少女のもののはずだった。
「…!? なんか自覚のないことのたまわってますけど、彼女!?」
「まぁ、溶け込んだ先の人形に込められた想いに引きずられるというのが、多少、難点ではあるかな」ため息をつきつつ彼はそれに答えてやった。
次は慎重に、自身の身体を左右に揺らし、フェイントを幾種も交え、その背後から襲う。源十郎自身が朔夜という人形を抱くようにしているので、彼自身にその牙を届かせるためにはまず朔夜をなんとかしなくてはいけなかった。
「いやいや、ちょ〜っと待て、なんでコレが止められるんだ」言う彼女は笑っていた期待以上だというように
「ふむ、別に読んでいるんでは無く、誘導しているんだよ朔夜がな、この者の前で力満ちる者は無く、故に朔夜の銘が付く」
「おわかりですか、素直に降伏された方がよろしいかと」
「いやいや、ゲームはここからが楽しいんだよ、見ていれば、なぜそいつはそこから一歩も動かない。それに何故、受け止めるだけで、攻撃して来ない? たぶん出来ないんだろ朔夜は、というわけで攻略法みーっけ」
「どうしましょう、源十郎様、ばれてしまいましたわたくしがただの盾でしかないことが…」その典雅な顔を落胆に染め朔夜がおずおずと己が主に告げる。
「じゃぁ行っくよ、千輪」彼女の周りをいくつもの玉が周遊する。「これの軌道は無作為だから…」言いかけてそこで何かに気づいたように問う「…やっぱ源十郎って、生身だよねぇ、…ええと、まぁ死なないようにガンバって、うん、死ななければ私が何とかできるから」と気まずそうに呟いた。
そして、浮かぶ千輪が、殺到する。それは、シェリルの方にも向かうが彼女はソレを難なくかわす。
「源十郎様っ!」悲鳴じみた声は、あまりの数の多さに対応しきれなくなった朔夜のものだった。
「やれやれ、だから人形師がいる。人形を生かすも殺すも人形師次第と、いうわけだな」気怠そうに呟いて、彼は朔夜の中に手を入れる。
それは、先ほどまでの彼女とは違った。彼の操る朔夜は、一層の輝きを増し、迫り来る攻撃をものともせずにシェリルに詰め寄る。そして、あくまで艶やかに、彼女に申し渡す「詰み、でございます」
「はいはい、降参、こーさん、あたしの負け〜」どこか子供じみたその様相に、場が和みかけたとき、不意に彼女が動いた。それは攻撃の意志とはまったく異なる動きだった為、あまりに無造作な動きだった為に彼らの対応が遅れた。
そして彼はソレを反射的に嚥下してしまっていた。「…なにを為さいました、貴女」問う美貌は冷たく夜に映えていた。
「えーと、私の血を飲ませた。これで契約は成立だぞ、源十郎。今日からお前が私の仕える主だ」
「どういう事か、ご説明願えますか、シェリル」
「もちろん、つまり予定通りという事だよ、吸血鬼の序列ってやつ、噛まれた奴は噛んだ奴に絶対服従って強制力、まぁ要するにだ。吸血鬼同士の婚姻の儀式みたいな感じ、あとは私が源十郎咬んで吸血鬼にすれば、対等な吸血鬼のいっちょあがりと言うわけ、いやいや大変なんだわコレ、手順が色々あってさ」
「やれやれ、ようするに、だ。すべてはお前の思惑道理というわけか?」疲れたようなため息とともに男が呟いた。
「お前が悪いんだぞ、源十郎、お前が思い出させたんだ、独りは寂しい、独りはつらい、独りはこんなにも寒いんだ。だから、お前と共にいたい、その理由が欲しかったのさ、もちろん、拾った猫を途中で見捨てるような事はしないよな、源十郎」いたずらっぽく笑う彼女に、どこか諦めたような男のため息が聞こえた。




