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覚醒

 夜、という彼女の時間にこのような気分で目覚めたのは久々の経験ことだった。まず自身の身体の各部をチェックし現状を把握する。悲しいかな、それは長い長い逃亡生活よるのじかんで身についた習性だった。


 そして、とりあえず目的のモノを見つけると、すかさず、そのスイッチを入れた。聞き慣れた音楽を耳にすると彼女は作業それを再開した、つまり、途中でゲームオーバーになったステージを…

 

「…目覚めた途端にソレか」諦めたような声は、わりと近くから降って来た。「いや〜、だってぇ、目ぇ覚めたら服は修繕して置いてあるしぃ、なぜか下着姿になってるけど、なにかする気だったらとっくにヤラれた後だろうしぃ、とりあえず優先順位的にゲームコッチかな〜と…」目覚めた金髪の美女はあっけらかんとしてそう言ってのけた。


「と、言うわけであんたの血を頂戴な」気づけば、彼女は素早く彼の背後に回りその首筋にかぶりつこうとしていた。「それでは、いただきまーす」明るく言い放つ彼女の耳に一言


「……屋根の修繕代、もしくは修理の手伝い」とかいういたって平然とした日常会話が届く「いやいや、お兄さん、状況わかってますかぁ、もしもし?」さすがにコレは長くを生きた彼女でも想定外だったのか、どこか困惑したような雰囲気が醸し出される。


「アンタのせいで、今日は高校がっこうも休んだ。…恩知らずとは、この事だな、…やれやれ」とか、本当に面倒くさそうに言う彼に困惑しつつも彼女は行動を再開しようとした。


傀儡針くぐつばり』その一言が、彼女の身体を縫い止めた。そういえば、同じような展開が朝にもあったなぁとか、あれは朝という時間以外にも要因があったのかと暢気のんきに考え始めた時にそれはやって来た。


「たっ、だいまーですっ、マスターっ って、な、な、な、なにやってるんですかっ!?」弾むようなその声の主は、目の前のその光景に足を止めた。確かにソレはちょっと言い訳できないような光景だった。


 下着姿の美女に絡みつかれている長身痩躯の男、その彼女の身体は、獲物を逃がさない為に、その腕を首に、その長い足を男の太ももに、そうして身体全体で彼に絡みついていた。


「ううっ、源十郎様が悪の道ををっ…、お爺様の跡目を正式に継がれるのは嫌がられるのに、その遺産ともいうべき技は惜しげもなくこのような事に使ってしまわれるのですね…」よよよとかどこから取り出したかわからぬ擬音つきで現れたのは、一言で表すならば、それは”少女”であった。


 未だ発展途上みせいじゅくな胸、曲線よりも直線が強調された身体つき、それが彼女だった。思わず彼女は、それと二人の間にある奇妙な空気を察して、つい、余計な一言を発してしまった。


「……幼女愛好主義者ロリコン!?」

「……頼むから、それは言わないでくれ」疲れ果てたようなため息を一つ、彼は一本の針で身体の自由を奪われた彼女の腕の中からスルリと抜け出す。そこに少女が彼女の代わりと言わんばかりに彼の首筋に絡みつくと彼女を思いっきり、それはもう遠慮も会釈も無しに睨み付けた。


 少女それを悪戦苦闘して引き剥がし、男は彼女に向き直ると、「神無かんな、マスターはやめろと再三、言ってあるだろう」とやはりどこか疲れたように抵抗こうぎしていた。

 

 男と少女のじゃれ合いが続く中、彼女は現われた少女だいさんしゃを見ていた。その容姿を一言で現すとするならば、やはり”少女”、である。

 

 それも美少女と言われて思い浮かべられる容姿の全てをかき集め その共通項を切り貼りしたような少女である。


 しかし、そのためか、かえって彼女の容姿そのものは平均化し、実際の彼女の容姿は美人の部類にかろうじて入るというぐらいでしかない。


 ただ、その瞳にくるくると目まぐるしく浮かぶ感情が、彼女を見る人全てに可愛らしいと言う形容詞を浮かばせるいだかせるだろう。


 そしてそれを更に強調してるのが腰まで届く長くつややかな黒髪を束ねた、これでもかというぐらいにばかでかい真っ赤なリボンである。それは彼女が頭を動かすたびにぴこぴこと揺れてさながら耳のようである。


 が、それさえもまた彼女に似合うからいいかと思えるように彼女の一部としておさまっていた。


「じゃ、御主人様」その猫のような瞳に悪戯っぽい光をたたえて少女が男に笑いかける。


どうやら、会話は神無かんなと呼ばれた少女の勝利で終わりそうだった。

 

「仲良きことは睦まじきかな、で、良いンだけどサ、いいかげんコッチの方もなんとかしてくれるとありがたいンだけどね」いい加減目の前の光景に耐えられなくなって、彼女は相変わらず自由にならぬ身体で、無理矢理会話に割り込んだ。


「…で、どっちなんだ?」問う気怠げな男の質問は、一瞬、何のことだかかわからなかった。さぞや疑問符を浮かべる自分は間の抜けた顔をしているだろう。そしてようやくその意味に思い至る。


「…屋根の修理の手伝い、血液ゴハン付きで」別に修理代くらい身につけている装飾品の一つを売ればお釣りがくると思う、その為のモノだし、しかし、彼女はその選択をしなかった。「…シェリル=アーシア、シェリルでもシェリーでも好きなように」言って少女に対抗するように彼に片眼をつむって見せる。


「”人形師” 能登 源十郎」答える声はやはり面倒くさげだった。「ええっ、源十郎様っ、そんな些事コトは良いから、彼女にはさっさと出て行ってもらいましょう。ねねっ」「神無」今度は少女が、口ごもる番だった。そして諦めたように「ううっ、マスターの意地悪ぅ、そうやって都合の良いときばかり権利を行使するぅ…、ううっ、わかりました、わかりましたっ!! そんな目で見ないでください、って言うか、見つめ合うのはこんな時じゃなくて、もうちょっと他の時とかなら喜んで、とか言えるのにぃ、…神無です。三剣みつるぎ 神無です。シェリルさん」いかにも不承不承と言った呈の少女に彼女は苦笑した。そして彼女に感じる違和感と妙な圧力を自身の不調のせいと黙殺した。


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