性の多様性について
この不思議な生き物は、宇宙のどこかに実在している、かもしれません。
とある惑星に生息する、不思議な生物の話をしよう。
惑星ネムスには、この惑星で自然発生して進化を遂げた豊かで独自の生態系が存在する。
トリニタスと名付けられたその生物は、惑星ネムスの広範囲に棲息――つまり、この惑星ではありふれた生き物だった。
トリニタスは基本的に三体で生活する。
一つの巣にそれぞれ異なる身体的特徴を持った三種類の個体がワンセットで暮らしているのである。
当初、それは蟻や蜂のように群れの中での役割に応じた形態をとる生物だと考えられていた。
子供を産む個体のクイーン。
巣の中の環境を整え、子供の世話もするワーカー。
巣の外に出て外敵と戦うこともあるソルジャー。
外見的特徴と行動から、トリニタスはその三種類に分類されると考えられた。
その考えが変わったのは、発見から五十年ほど経過した後のことであった。
生殖には関係しないと考えられていたソルジャーとワーカーが交尾を行っていることが確認されたのだ。
実は、ソルジャーが雄で、ワーカーが雌だったのである。
しかし、実際に子供を産んでいるのはクイーンであり、ワーカーが子供を産むところは確認されていなかった。
この疑問に対して調査が行われた結果、新たな事実が発見された。なんとワーカーの受精卵をクイーンに受け渡していたのである。
この事から、クイーンを代理母と改めるべきではないかという議論が持ち上がったが、さらに驚くべき事実が判明した。
クイーンは、ワーカーから受け取った受精卵をただ育てているのではなく、そこに自身の遺伝情報を付け加えていたのである。
クイーンも自身の卵子を持っており、ワーカーから渡された受精卵と自身の卵子を融合させた新たな受精卵から子供が生まれていたのである。
この発見のインパクトは大きかった。
トリニタスに対して既存の雄と雌に分ける性の概念が通用しなくなったのである。
宇宙生物学において、無性生殖、有性生殖という分類が拡張され、多性生殖と言う概念が追加された。
トリニタスに関しては、「クイーン」「ワーカー」「ソルジャー」がそのまま性別を表す言葉となったのである。
さて、トリニタスに関する話題はこれで終わりではない。
トリニタスの生態には多くの謎が残っていた。
例えば、クイーンの産んだ子供は、ある程度成長すると巣を出ていく。
ラーバと呼ばれるトリニタスの幼生体は、巣を出た時点ではクイーン、ワーカー、ソルジャーのどの特徴も発現していない性的に未分化な状態である。
巣を出た後のラーバがどのように成長して新たな巣を作るのかは長らく謎のままであった。
しかし、トリニタスの奇妙な生殖方法が知られると興味を持つ者が増え、その生態に対する調査が進むことになった。
その結果、新たな事実が発見された。
性的に未分化と考えられていたラーバが巣の外で交尾を行っていたのである。
しかも、その相手はクイーン、ワーカー、ソルジャーのいずれでもなく、ラーバ同士でもなかった。
それらとは全く別の特徴を持つ個体だったのだ。
実は、ラーバが巣の外で交尾を行う現象自体は、未確認ながらもそれ以前から報告があった。
ただ、トリニタスの特異な生殖方法が知られていなかったその当時は、その相手はトリニタスの雄だろうと考えられていた。
雄と交尾したラーバは成長してクイーンとなり、巣を作って子供を産み続ける。そう考えたのである。
だが、その考えでは説明が付かないことは明白だった。
ラーバの交尾は疑似的なものだろうとか、卵を産み付ける寄生生物に襲われているのだとか、諸説入り乱れたが研究が進むにつれて新たな事実が判明した。
その相手と交尾を行ったラーバは、その後成長してソルジャーになったのである。
十数例の観察結果、全てソルジャーに成長したことから、ソルジャーになるラーバを見分けて交尾を行っているか、交尾(に見える行為)を行うことでソルジャーに成長するように誘導しているのだと考えられた。
その後の研究で後者であることが判明した。
後に「ブラザー」と名付けられる種類の個体は、交尾によって自分の生殖器官の一部(精巣に相当するもの)をラーバに植え付けていたのである。
そうしてソルジャーになった個体は、自身の遺伝子とブラザーの遺伝子を持つ精子を作るのである。
ソルジャーとなるラーバにとっては生殖器を発達させるための負荷が減り、ブラザーにとってはクイーンやワーカーを見つけて巣作りをする手間を省いて自分の遺伝子を残せると、双方にとってメリットがある関係である。
その後、ラーバをワーカーに誘導する「シスター」も発見され、またブラザーもシスターもラーバが成長して生まれる、同じトリニタスであることが確認された。
つまり、ラーバは五体の親から生まれてくるのである。
クイーン、ワーカー、ソルジャー、ブラザー、シスター。性的に未分化とされるラーバを除いて五種類の性が存在する動物として、トリニタスは一躍有名になった。
五種類の性が判明したことで一段落した感のあるトリニタスであるが、その生態にはまだ数多くの謎が残されていた。
ワーカーとソルジャー以外の性が誘導される仕組みも不明だし、クイーン、ワーカー、ソルジャーがどのように集まって巣を作るのかも不明だった。
特に巣を出た後のラーバの行動については分かっていることの方が少なかった。
こうした謎を解き明かすために、研究が続けられていた。
そうして様々な発見があったのだが、その中でも特に衝撃的だったのが、トリニタス――ラーバが木になったことであろう。
惑星ネムスにはトリニタスと同じくらいありふれた樹木が存在する。
その木の近くにトリニタスが巣を作ることが多く、木の手入れを行っている様子も見られることから、トリニタスが食用に栽培している樹木であろうと考えられ、トリニタスツリーと呼ばれている。
それはさておき。
巣を出た後のラーバの行動を観察していた研究者が、ラーバの奇妙な行動を目撃した。
ラーバが突然穴を掘って地面の下に潜ってしまったのだ。
その後ラーバは地上に出てくることなく、翌日にはラーバの潜った辺りの地面から植物の芽が出た。
それは、トリニタスツリーの新芽だった。
木の芽がすくすくと成長する一方で、一向に出てくる様子のないラーバを不思議に思った研究者が地面を掘り返してみると、見つかったのは根に絡まったラーバの残骸であった。
これはつまり、ラーバが食べたトリニタスツリーの種が消化されずに残り、ラーバを養分として発芽したと考えられた。
トリニタスに食用として栽培されているだけと思われていたトリニタスツリーが、実は食したトリニタスを内側から食い破って発芽する寄生植物であったと研究者を大いに驚かしたのだ。
しかし、研究が進むとその考えは誤りであることが判明した。
トリニタスツリーが発芽する瞬間を詳細に観察したところ、予想されていたようなラーバを内側から食い破って出てくるものではなかった。
ラーバが地中で丸くなって動かなくなった後、まるで脱皮するかのように木の芽が出てきたのである。
根に絡みついていたラーバの残骸は、この脱ぎ捨てた皮であった。
その様子は、まるでラーバ自体が種あるいは球根となって発芽したかのようであった。
この時の変化は、ラーバが成長してワーカーやソルジャーに変わる時の様子に酷似していた。
つまり、ラーバの体内から異物であるトリニタスツリーが発芽したのではなく、ラーバ自身がトリニタスツリーに変化したと考えるのが妥当なのである。
この事実に対して、トリニタスツリーがラーバの成長の仕組みに干渉して木に変化させたとする「寄生説」と、元々ラーバにはトリニタスツリーの形態に成長する能力があるとする「成長説」が唱えられ、様々な議論が交わされた。
そして、最終的に判明したことは、後者が正解だったということである。
動物と植物。どう見ても別の種にしか見えないトリニタスとトリニタスツリーが、実は同じ一つの種の別の形態に過ぎなかったのである。
さらに驚くべきことに、トリニタスツリーは同胞であるトリニタスに食料を提供するだけでなく、その生殖にも関与していたのである。
トリニタスツリーの果実をクイーンが摂取すると、中に含まれる種子を消化器官とは別経路で吸収する。
吸収した種子に自身の遺伝情報を加えてクイーンの卵子としていたのである。
このことから、トリニタスツリーはトリニタスの第六の性「ツリー」であると考えられるようになった。
トリニタスの性に「ツリー」が加わったことで研究が加速することになった。
それまで惑星ネムスの植物を研究していた研究者がトリニタスの研究に合流したからだった。
動物と植物の両方の形態を持つトリニタスは多くの研究者の興味を引き、新発見が相次いだ。
例えば、トリニタスの繁殖には六種類の性の全てが必要というわけでもないらしい。
ブラザーやシスターの関与なしにソルジャーやワーカーに成長する例が見られたり、ツリーが近くに存在しないトリニタスの巣でも子供が生まれてくることが確認されている。
また、ツリーは種子から芽を出して増えることも可能であった。
普通の植物ならば当然のことなのだが、動物形態も持つトリニタスの性の一つであるツリーである考えと不思議な現象である。
さらに、ツリーからは種子だけでなくラーバが直接生まれてくることもあるらしい。
おそらく、大規模な氷期や乾期と言った生存が困難な時期を種子の形で乗り切り、活動可能な環境になったら動物形態のトリニタスによって生活圏を一気に広げたのではないかと考えられている。
研究が進み、新たな事実が続々と判明したが、それでも残る謎も数多くあった。
どういった進化の過程を経てこのような複雑な性を持つ生き物が誕生したのか?
そもそもトリニタスとは植物のようになる動物なのか? それとも動物の姿にもなる植物なのか?
そうした数々の疑問に対して、今なお納得のいく答えは得られていない。
それに、新しい知見によって新たに生じる疑問も存在する。
三種類の性を持つ生物というだけでも驚嘆する事実だったのに、性の種類が六種類まで増えてしまったのである。
こんなことを考える人もいるだろう。
本当に六種類だけなのか? もっと多くの種類の性があるのではないか?
研究者の中にもそのように考える者は多く、トリニタスの第七の性を探す研究が行われている。
今のところ有望なのが、ピクシーと呼ばれる動物である。
ピクシーはトリニタスツリーの花に寄ってくる小型の動物である。
花の蜜を吸う代わりに受粉の媒介を行っている、そう思われていた。
しかし、ツリーがトリニタスの一種であると判明したことで別の可能性が出てきた。
ツリーが種子で増えたりラーバを直接生み落としたりするのは、周囲に動物形態のトリニタスがいない場合の非常措置としての単為生殖だと考えられている。
だが、ピクシーがトリニタスの性の一つであるならば、ピクシーとツリーの間で有性生殖が行われているのかもしれないのである。
ピクシーもまた詳しい生態が判明していない動物であり、可能性は十分にある。
今後の研究成果が期待されるところである。
今後もトリニタスの研究は続けられ、この不思議な生き物の秘密が解き明かされていくだろう。
だが、最期まで解明されない謎もあるかもしれない。
それは、トリニタスの恋愛事情である。
六種類、あるいはそれ以上の性を持つトリニタスがいったいどのような恋愛を行うのか。
その行動様式を知ることはできても、彼(?)彼女(?)の心情まで理解することは不可能だろう。
性が二つしかない生物であっても複雑な恋愛劇を見せることがあるのだ。
多くの性を持つトリニタスならば、想像を絶する複雑怪奇な恋愛ドラマを繰り広げていることだろう。
人間の目線で考えると、性別というのは男か女かしかありません。
性的マイノリティと言うのも、精神的な性別とか社会的な性的役割とか特殊な性癖とか複雑に見えますが、生物的な性別は男女のどちらかですし、それ以外の性別でも男女に分けて考えることがほとんどでしょう。
男女、雄雌、♂♀と言った二種類の性別に収まらない、三種類以上の性別を持つ生物がもしもいたらどのような生態になるのだろう? と考えて書いてみたのがこの物語です。
トリニタスの姿形はあえて詳しく描写していません。色々と想像してみてください。




