準備
「王子〜、まだ国境を無くすとかいう訳の分からない事を言っているのですか?」
ルーカスの自室にて、荷物作りを手伝っていたビッシュは彼に尋ねた。
「うーん。当たり前だろ。ビッシュ、母上の願いだぞ」
「うーん。それはそうですが、国境を無くすというのは、どうにも私には夢物語にしか聞こえないのです」
「ははは。まぁ言っておけ。私が成人したら、この世界を変えてみせる」
「先ずは、メルベール王国の事を頼みますよ。王子」
「分かってるって、所で、これ日本に持っていった方が良いかな?」
「なんです?それ」
「釣り竿だ」
「王子、日本で釣りをするつもりなのですか?」
「いや、そのつもりは無いが」
「じゃあ、要らないでしょ! なんで、持ってくんですか? そんなもの!」
「うーん。じゃあ、これは?」
「今度はなんですか? それ」
「ペットフードだ。何故か、この部屋に置いてあった」
「要らないです! 王子」
そんなこんなで日本への荷物作りを続けていったルーカスであった。
それから一カ月後、日本への出立の日。ルーカスはビッシュに呼び出されて王宮の庭へと、
やって来た。
「なんだ。ビッシュ。今日は出立の日だぞ。こんな朝っぱらから何用だ」
「いや〜、王子、どうしても見て欲しいものがあるのです」
「見て欲しいもの?」
「これです」
ルーカスが視線を向けると、庭には背丈の低い男が一人と、それを取り囲むように十人の男が居た。
「これですって、なんだ。これは?」
「まぁ、まぁ、見ていて下され」
ビッシュは合図を出す。
すると十人の男達は一斉に背丈の低い男を襲い始めた。
「お、おい」
「まぁ、見ていて下され」
どう見ても背丈の低い男が、屈強な男達に殴り倒されてしまう展開。
しかし、背丈の低い男は、地面を蹴って飛んだ。
そして、宙を舞い、屈強な男達を次々と倒して行く。
その男は、まるで背中に翼が生えているかのよう。
あっという間に屈強な男達、十人を倒してしまった。
「お、おぉ、凄いな」
「どうですかな、王子、王子の新しい護衛。凄いでしょう?」
「新しい護衛?」
「日本は危険な国ですからな。新しい護衛くらい付けないと」
「この男は、私の護衛なのか?」
「そうです。名前をトーマスと言います」
トーマスはルーカスの前に立ち、片膝をついた。
「トーマスと言います。王子の護衛、身命を賭して、やらせて頂きます」
「なぁ、ビッシュ。私は子供では無いのだ。こんな事をしなくても……」
「駄目ですぞ。王子! このトーマスも一緒に日本に行って頂きます」
「は、はぁ」
まぁ、今更何を言ったところでビッシュは意見を変えはしないだろう。
良いか。護衛の一人くらい。
「ま、まぁ、トーマス。宜しく頼む」
「はぁ!」
さて、日本へ出発だ。
日本の東京に一軒のお屋敷があった。
そのお屋敷は三階建のお屋敷で、近所の人達も、あの家はデカイと噂になるほどの、お屋敷。
そのお屋敷で吉井・美穂〈よしい・みほ〉十七歳は、住み込みでメイドとして働いていた。
中学の時に両親を亡くして以来、両親の友人だからといって自分を引き取ってくれた、お屋敷の主人、高橋徹〈たかはし・とおる〉。
その徹に、せめてもの恩返しをしたいと自分からメイドとして働く事を提案したのだった。
「おほほ。美穂さん。この家の窓、全部、拭いてくださらないかしら」
しかし、メイドとして働くのは甘くは無い。
今日も徹の娘、ゆかりに無理難題を言われていたのだった。
「わ、分かりました! 全部、拭きます!」
しかし、美穂はめげない。今日も全力でメイドの仕事を全うしていた。
窓を拭く為には、先ずバケツに水を汲む。
そして、それを窓際まで運んで。
しかし、この水の入ったバケツは、かなり重い。
おっとと。おっとと。おっとと。
バシャーン!
「痛たたっ」
水の入ったバケツを持ったまま、うっかりコケてしまった美穂。
あれ? バケツは、どこに行ったんだろう?
周りをキョロキョロと見回し自分の持っていたバケツの在り処を探す美穂。
「美穂さ〜ん〜」
なんという事でしょう。美穂は転んだ時にバケツの水を全てゆかりにかけてしまったのでした。
「あ、も、申し訳ございません〜」
こんなドジも彼女にとっては日常茶飯事であった。




