20 窓口の男と旅立ち
俺は闘技場を出る。だれも気付いていない。
勝てばいいなんて、頭の悪いことは考えない。
賭けの窓口は、闘技場の外周に沿った回廊の奥だ。木の机、帳簿、鉄格子越しのやり取り。
この男だ。名前はウィナー・ルーズ。目が合う。
ウィナー・ルーズが、にやりと笑った。
「お見事」と窓口の男――ウィナーが言う。
机の上に袋が並ぶ。金貨百枚入りが五袋。半端な袋がひとつ。小銭の袋がひとつ。
布越しでもわかる重み。持ち上げると、ずしりと腕に来る。今の体では、普通に持てば震える。だが魔法の腕を使えばいい。
「強くなければ、こんな八百長はできねえ」とウィナーが低く言った。
「八百長になるのか」と俺は笑う。
「勝てるのに負ける。しかも観客の目の前でだ。あれは強者にしかできねえ芸当だ」
俺は袋を一つ持ち上げ、軽く振る。中の金貨が鳴る。
「よく思いついたと思わないか?」
ウィナーは吹き出した。
「あんたは試合より賭けを読んでやがる。お貴族様にしとくのは、惜しいね」
「籍は抜いた。そのへんのガキになった」
「なるほど、いいね、あんた」
「思いついたから、やっただけだけど」
俺は相手に賭けていた。観客は勝者を見ていた。俺は窓口を見ていた。
俺は金貨の袋を二つ、男の前に押し出す。
「世話になった」
ウィナーの目が一瞬だけ鋭くなる。
「いいのか?」
「ああ。お礼だ。金も用意しといてくれた。おかげですぐに逃げられる」
ウィナーは袋を受け取ると、満足げにうなずいた。それから、机の下に手を伸ばす。
出てきたのは、いい感じに使い込まれた革のリュックだ。
「中身、確認しろ。おまえにやる。おまえ、野営の……いや、旅の経験あるのか?」
そう言われてみると、経験がない。軍と一緒だったから……あへ? 俺って偉そうなのに、馬鹿? 顔に血が上るのがわかった。
ウィナーの目つきが気にくわない。だけど、ありがたい。
俺は受け取る。軽くない。中を覗く。
水袋。乾パン。干し肉。着替え。小さな薬瓶が二本。地図。
「旅に必要な物だ。馬車乗り場は南門側だ」とウィナーが言う。「最初に来た馬車に乗れ。そこが、行き先だ」
俺はうなずく。
「元気でな」とウィナーが言う。
「ありがと」と口を動かす。まだちょっと恥ずかしい。
元気でな、か。
回廊を抜けると、夕方の光が差していた。闘技場の外は、驚くほど静かだ。だが、すぐに混乱するだろう。
フードを深くかぶる。背中のリュックが、現実を主張する。金貨の袋は腰に巻き付ける。魔法の腕で支えれば、重さは誤魔化せる。
南門へ向かう。石畳を踏むたびに、心臓が鳴る。
馬車乗り場は、想像より静かだった。最初に出発する馬車に乗った。行先はチューダータウン。どんな町だろう。
扉が閉まる。出発だ。
金はある。杖もそのまま、貰って来た。自由だ。この体は貧弱だ。ゆっくり鍛えよう。育てよう。
馬車が動き出す。揺れに合わせて、俺は小さく笑う。
「次が、本当のやり直しだ」
窓の外、闘技場の塔が遠ざかっていく。焼け、と叫んでいた声は、もう届かない。
あぁ、砂時計を壊すのを忘れた。
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