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戦場帰りの魔法少年  作者: 朝山 みどり


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18/20

18 勝負だ

ジョナサンが、杖を振りかぶった。


倒れている相手は、ぬかるんだ砂の上で横たわったまま動かない。水を浴びせられ、足を取られ、転び、そして今は仰向けだ。


観客席が一斉にざわめく。


「やれ! 焼け!」「やってくれーー」

「とどめだ!」

「火だ! 火を出せ!」


庶民席では酒がこぼれ、串肉が振り回される。上段の貴族席も身を乗り出している。三試合続いた泥仕合で鬱屈していた空気が、ここで一気に弾けた。


「今度はちゃんと殺せよ!」

とトーマスが叫ぶ。


「せっかく杖持ったんだぞ!」

と別の男。


砂の上では、ジョナサンが杖を高く掲げている。振り下ろせば、火は出るだろう。あの試合を見た者なら、誰も疑わない。

だが、ジョナサンが笑った。


「……焼くのか?」

とわたしは思わずつぶやいた。


相手は動かない。起き上がれないのか、気を失っているのか。


「焼けぇぇぇ!」「やれ―――」


観客の叫びが重なる。


だがその瞬間、ジョナサンの口が動いた。


なにか言った。


距離がある。歓声でかき消され、庶民席には届かない。


「なんだ?」

「聞こえねえ!」


審判が駆け寄る。ぬかるみを踏みしめ、杖を構えた少年のそばへ。


ジョナサンが、ゆっくりとうなずいた。


その動きは、落ち着いていた。焦りも、躊躇もない。


審判が、倒れている男の胸元にひざまずく。喉元に手を当て、確認する。


観客席は固唾を呑む。


「死んでたのか?」

「火は出てねえぞ?」

「なにしてんだ!」

「なに、死んでるんだ! 根性ないぞ!」

「そうよ。死んだら、だ・め・よ・ん」

どっと笑いが起こった。



「ジョナサン。次は焼いてくれ――」

「お前が頼りだ―――」

立ち上がって叫んでいる。


気が付くとジョナサンの姿はない。



観客はまだ叫んでいる。


「焼け!」

「火だ! 火を出せ!」


串肉が振り回され、酒がこぼれ、誰かが椅子の上に立っている。


「次はちゃんと焼けよー!」


わたしも笑いながら叫んだ。



審判がなにか言ったようだ。



「ジョナサン! 次は頼むぞー!」


隣のトーマスが叫ぶ。


「せっかく杖持ったのに、もったいねえ!」


わたしは酒をあおりながら言う。


「まあいいだろ。次は派手にやるさ」


だが、胸の奥にひっかかるものがある。


あいつ、さっき――笑ってなかったか?


焼けば盛り上がった。

焼けば英雄だ。

焼けば俺たちの酒がうまくなる。


なのに、やらなかった。


なんでだ?


「ま、勝ったんだろ?」とトーマスが言う。


「さあな」


わたしは肩をすくめる。


――あ。


もしかして。


あいつ、自分に賭けてなかったんじゃないか?


喉の奥で笑いがこみ上げる。


「おい、トーマス」


「なんだ?」


「もしよ、あいつが相手に賭けてたらどうする?」


トーマスが一瞬きょとんとする。


それから腹を抱えて笑った。


「そんなわけあるかよ!」


「だよな!」


わたしたちも笑う。


だが、笑いながら、もう一度確認する。姿を探す。


ジョナサンの姿はない。


砂の上にもいない。


焼けと叫んでいた俺たちだけが、そこに残っている。


「あいつ、どこ行った?」


「さあな。次の準備だろ」


たぶんそうだ。


たぶん。


わたしは空になった杯を振る。


「ま、いいさ。勝ったのはあいつだ」


トーマスが言う。


「違うだろ。勝ったのは賭けだ」


わたしは笑った。トーマスお前は遅れてるぞ。



賭けはもう終わっている。


祭りも終わった。


あいつのことで何杯、酒が飲めるだろう!




いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

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