18 勝負だ
ジョナサンが、杖を振りかぶった。
倒れている相手は、ぬかるんだ砂の上で横たわったまま動かない。水を浴びせられ、足を取られ、転び、そして今は仰向けだ。
観客席が一斉にざわめく。
「やれ! 焼け!」「やってくれーー」
「とどめだ!」
「火だ! 火を出せ!」
庶民席では酒がこぼれ、串肉が振り回される。上段の貴族席も身を乗り出している。三試合続いた泥仕合で鬱屈していた空気が、ここで一気に弾けた。
「今度はちゃんと殺せよ!」
とトーマスが叫ぶ。
「せっかく杖持ったんだぞ!」
と別の男。
砂の上では、ジョナサンが杖を高く掲げている。振り下ろせば、火は出るだろう。あの試合を見た者なら、誰も疑わない。
だが、ジョナサンが笑った。
「……焼くのか?」
とわたしは思わずつぶやいた。
相手は動かない。起き上がれないのか、気を失っているのか。
「焼けぇぇぇ!」「やれ―――」
観客の叫びが重なる。
だがその瞬間、ジョナサンの口が動いた。
なにか言った。
距離がある。歓声でかき消され、庶民席には届かない。
「なんだ?」
「聞こえねえ!」
審判が駆け寄る。ぬかるみを踏みしめ、杖を構えた少年のそばへ。
ジョナサンが、ゆっくりとうなずいた。
その動きは、落ち着いていた。焦りも、躊躇もない。
審判が、倒れている男の胸元にひざまずく。喉元に手を当て、確認する。
観客席は固唾を呑む。
「死んでたのか?」
「火は出てねえぞ?」
「なにしてんだ!」
「なに、死んでるんだ! 根性ないぞ!」
「そうよ。死んだら、だ・め・よ・ん」
どっと笑いが起こった。
「ジョナサン。次は焼いてくれ――」
「お前が頼りだ―――」
立ち上がって叫んでいる。
気が付くとジョナサンの姿はない。
観客はまだ叫んでいる。
「焼け!」
「火だ! 火を出せ!」
串肉が振り回され、酒がこぼれ、誰かが椅子の上に立っている。
「次はちゃんと焼けよー!」
わたしも笑いながら叫んだ。
審判がなにか言ったようだ。
「ジョナサン! 次は頼むぞー!」
隣のトーマスが叫ぶ。
「せっかく杖持ったのに、もったいねえ!」
わたしは酒をあおりながら言う。
「まあいいだろ。次は派手にやるさ」
だが、胸の奥にひっかかるものがある。
あいつ、さっき――笑ってなかったか?
焼けば盛り上がった。
焼けば英雄だ。
焼けば俺たちの酒がうまくなる。
なのに、やらなかった。
なんでだ?
「ま、勝ったんだろ?」とトーマスが言う。
「さあな」
わたしは肩をすくめる。
――あ。
もしかして。
あいつ、自分に賭けてなかったんじゃないか?
喉の奥で笑いがこみ上げる。
「おい、トーマス」
「なんだ?」
「もしよ、あいつが相手に賭けてたらどうする?」
トーマスが一瞬きょとんとする。
それから腹を抱えて笑った。
「そんなわけあるかよ!」
「だよな!」
わたしたちも笑う。
だが、笑いながら、もう一度確認する。姿を探す。
ジョナサンの姿はない。
砂の上にもいない。
焼けと叫んでいた俺たちだけが、そこに残っている。
「あいつ、どこ行った?」
「さあな。次の準備だろ」
たぶんそうだ。
たぶん。
わたしは空になった杯を振る。
「ま、いいさ。勝ったのはあいつだ」
トーマスが言う。
「違うだろ。勝ったのは賭けだ」
わたしは笑った。トーマスお前は遅れてるぞ。
賭けはもう終わっている。
祭りも終わった。
あいつのことで何杯、酒が飲めるだろう!
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




