14 第八試合
開始の合図と同時に、向かい合った二人がほぼ同時に両手を上げた。
「降参!」
「降参する!」
声が重なった。
一瞬の沈黙。
そして、わずかに出遅れた片方が「勝者」として宣言された。
観客席は爆発した。
庶民席から腹を抱える笑い声が響き渡る。
「なんだそれ!」
「それでも貴族かよ!」
「戦う前から負けてんじゃねえか!」
串肉が振り回され、酒がこぼれ、指を差して笑う。
だがその笑いは、何かが混じっている。
全員が知っているからだ。
対戦表通りなら、七試合目の勝者と、八試合目の勝者が当たる。
七試合目の勝者は――ジョナサン。
あの異様に運のいい少年だ。
◇◆◇◆◇
その夜。
酒場は、昼間の倍の熱気だった。
「聞いたか、第八試合!」「聞く?見てたぞ」
「同時降参だ!」
笑いが起こる。だが、すぐに話題は移る。
「でよ、あのあとどうなる?」
「対戦表通りか?」
「ああ。七と八だ」
「七って誰だ?」
「おいおい、中央で火を返したやつだよ」
「ああ、あの細いのか。あいつなにやったんだ?」
「見えなかった」
杯が止まる。
「あいつ、笑ったんだ」
男たちの手が止まる。飲みかけた酒をテーブルに戻す。
「まさか」
「いや、確かに笑ったんだ。最後の時、あの綺麗な顔でよぉ」
「火に呑まれる前にか?」
「呑まれたのは相手だけどな」
「そうだな」
また、笑いが起きる。
一人が小声で言う。
「八の勝者、可哀想だな」
別の男がうなずく。
「勝ったのに、終わりだ」
「次、あいつとだろ?」
酒が注がれる。肉が焼ける。煙が立つ。
だが話題はずっと同じ場所を回っている。
第八試合は、語り草になった。
だが人々が本当に語ったのは、降参ではない。
その背後に立っている少年の名だった。
「ジョナサン」
誰かが呟く。
その名が、酒場の天井にゆらりと漂う。
笑いの中に、ほんのわずかな緊張が混じる。
明日、あいつがまた砂の上に立つ。
今度は一対一だ。
降参させて貰えるか?殺されるか。
多分、急いで降参するおもしろくない展開になるだろう。
「貴族って意外に腰抜けだな」
酒場の隅で、誰かが言った。
「賭け、どうする?」
一瞬だけ、静まる。
そして誰かが笑う。
「……あいつに賭けるしかねえだろ」
「あまり儲からないけどな。少しは儲かる」
杯がぶつかる。火がはぜる。
第八試合は終わった。
だが、祭りは、終わらない。
◇◆◇◆◇
貴族席では、侯爵が半分後ろを見ながら言う。
「……これは、笑えますな」
公爵が鼻で笑う。
「勇気なき者どもだ」
だが王太子は笑わなかった。
ゆっくりと立ち上がる。
「これは笑い事ではない」
ざわりと空気が変わる。
「貴族が、戦う前に降参する。しかも同時に」
王太子の視線は砂の上ではなく、庶民席へ向けられていた。
「権威が失墜した」
静かだが、重い。
侯爵が口を開く。
「しかし殿下、命を守るのもまた理性では」
「理性?」
王太子は冷ややかに返す。
「理性が平民を満足させるか?」
庶民席ではまだ笑いが続いている。
だがその笑いは、どこか嘲りに変わりつつある。
「降参なしにするかな」
王太子はぽつりと呟いた。
「勝ち抜き戦では、降参を認めぬ」
公爵が顔色を変える。
「それは……家門の者が残っております」
「だから、どうなのだ?原点に戻るだけだ。もともと、敗者は死んでいた」
王太子は淡々と言う。
「平民の不満が溜まればどうなる?」
誰も答えない。
答えは明白だ。
暴動、税拒否、反乱。
血を見るのは、闘技場だけでは済まない。
侯爵が慎重に言う。
「しかし、家の跡継ぎが……」
王太子はその言葉を遮った。
「名誉を忘れたか?」
静寂。
「貴族とは、血を見せる側だ。逃げる側ではない」
重い沈黙。
「家門の者が残っている者は不満か?」
視線が一人に向く。
青白い顔の伯爵が顔を強張らせる。
「……息子が残っております。ご再考を」
「名誉だ」
王太子は断言した。
「家の名を高める機会だ。誇れ」
反論は出ない。出せない。正しいからだ。
名誉を盾にされた時、貴族は黙るしかない。
「降参は、卑怯と定めよう」
王太子の声は静かだが、決定だった。
「次からは、勝つか死ぬかだ」
庶民席の笑いは、まだ続いている。
だがその笑いはやがて変わる。
「やっぱり貴族は逃げる」と言われる前に。
血を増やす。見せ物を濃くする。そうして均衡を保つ。
闘技場は、政治だ。
この夜、王宮では徹夜した者が多くいた。
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