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終話 「祭りのあとで」②


 昨日と同じ時間だろうか。部屋に入ったアニカはぼんやりとそんなことを考える。今日はさすがにマルクスも疲れたのか部屋にはいなかった。ファニーの枕元にあるランプが小さな光で点けっぱなしだったので、アニカはそれを頼りに装備を全て解き、帽子や上着を脱いで全てをベッドの上に置く。シャツとズボンだけという身軽になったアニカは裸足でファニーのベッドに近付いた。


 覗き込めば安らかな寝顔。頬に触れても熱はなく、呼吸におかしな所もない。安堵の息を吐き、アニカはベッドの端に手をかけるとランプが置かれているサイドチェストによりかかって床に腰掛けた。


「……怖い思いさせてごめんね、ファニー」


 小さく呟く。応える声はない。


「あのね、あたし、本当にあんたのこと大切なのよ。……だけど、同じくらい羨ましくて、妬ましい」


 今まで一度も口にしたことのない思いを、言葉に変えていく。今なら、いや、今しかきっと言えないだろうから、アニカは小さな声で囁き続けた。


「女の子らしい可愛い顔も、高い身長も、メリハリついた身体も、あたしは全部持ってない。お父さんやお母さんからの心配も、本当は欲しかった。好きになった人が全員あんたに目を奪われていくのが、悔しかった」


 大好きで、大嫌いで、だけどやっぱり大好きで。入り混じる感情に頭がおかしくなりそうだ。アニカは放り投げていたもう片方の手を自身の目に当てた。その時、突然ベッドに置いていた手が掴まれた。ぎょっとして目をそちらに向けると、はっきりと瞼を開いたファニーと目が合う。


 次げる言葉を迷っていると、ファニーが先んじて口を開いた。


「私も、同じ」


 短く告げられた言葉にアニカは首を傾げる。そんな姉をじっと見つめ、ファニーは双眸を涙で濡らした。


「私も、お姉ちゃんが羨ましい。おじいちゃんはずっとお姉ちゃんのことばっかり。お父さんやお母さんは、お姉ちゃんのことは信じてるのに私のことは信じてくれない。甘えたことばっかり言ってて、私はお姉ちゃんみたいな強い心を持ってない。大好きな人も、お姉ちゃんと喋っている時みたいな信頼は見せてくれない。ずっと、悔しかった」


 涙がこぼれてベッドを濡らす。ずきりと胸が痛むが、言葉が出てこない。しかしそうしていると、ファニーは半身を起こし、涙をこぼしながらにっこりと笑った。


「だけど大好きなの。いっつも私のこと大事にしてくれるお姉ちゃんが大好き。強くてカッコいいお姉ちゃんが大好き。カッコいい人の前だと照れちゃう可愛いお姉ちゃんが大好き。……ねえ、アニカお姉ちゃん。私たち、これからも仲良く出来るよね?」


 涙に視界を歪めながら、それでもファニーはアニカを見つめ続ける。けれど否定の言葉への不安は今のファニーにはなかった。何故なら、その視線の先で、アニカもまたぼろぼろと涙をこぼしているからだ。


 何かを口にしようと唇を振るわせたアニカは、しかし喉を詰まらせる。そして、言葉が出ない代わりに、立ち上がりファニーを抱きしめた。


「~~っ、ごめん、ごめんねファニー。大好きだよ。あたしもファニーのこと大好き、だから……っ!」


 しゃくりあげるアニカに、ファニーはまた涙をこぼすと姉を抱きしめ返して笑う。


「……えへへ、お姉ちゃんが泣いてる所はじめて見ちゃった」


 やっと認めてくれた。そう笑う彼女に、アニカもまた、笑い返した。胸につかえていた重いものが涙と一緒に流れていくようで、心がどんどん軽くなる。




 その夜、アニカは長年封じ込めていたものを全て流すように泣き続けた。やがて泣きはらした目で寝入ったハインツマン姉妹を包んだのは、外から聞こえる賑やかな祭りの音楽とそれらに興じる人々の歓声であった。




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