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OMNI  作者: 美味しいパフェ屋


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第七話

 青い面の中で、進行バーがゆっくり伸びていく。

 それは安心の線じゃない。猶予の線だ。


 ナノは手のひらを離さないまま、背後の歪みをもう一度見た。

 白い箱の列が、そこだけ息をしているみたいに揺れている。


 仲間かもしれない。

 田中かもしれない。

 ニムかもしれない。


 でも、確証はない。


 一七五号が、わざとらしくため息をついた。


「迷うの、かわいいね」


「黙って」


 ナノは短く言う。


 ナノの頭の中で、天秤が鳴る。

 今、手を離して歪みに向かう。

 それで誰かが見つかる可能性はある。


 でも、手を離した瞬間に復号が落ちたら。

 ここまで集めてきた九州の断片が、無駄になる。


 無駄にしたくない。

 だけど、無駄にしたくないからって、人を置いていくのはもっと嫌だ。


 ナノは息を吸って、吐く。

 それだけで、少しだけ腹が決まる。


「……一七五号」


「なに?」


「ちょっかい、続けられる?」


 一七五号は目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。


「できるよ。小さいやつならね」


「じゃあ、この処理を落とさないようにして。私が動いてる間」


「え」


 一七五号の笑顔が、初めて少しだけ崩れた。


「同時進行するの?」


「する」


 ナノは即答した。


「欲張りで悪い?」


「悪くない。面白い」


 一七五号は、すぐに機嫌を直して指を鳴らした。


 ぱち。


 青い面の縁が、また一瞬だけノイズで歪む。

 進行バーが、ほんの僅かに跳ねた。


「これで、しばらくは踏ん張る。たぶん」


「たぶんじゃ困る」


「困っても無理。私はバグだから」


 言い切る声が軽い。

 ナノはその軽さに腹が立つのに、今は利用するしかない。


 ナノは青い面から手を外した。

 完全には離れない。リンクだけを残す。

 接点をゼロにしないための、ささやかな抵抗。


 そして、歪みの方向へ視線を投げる。


「誰かいるなら、返事して!」


 叫ぶ。

 白い箱の迷路が、音を飲み込む。


 返事は――すぐには来ない。


 ナノは歯を食いしばる。

 動け。考えるな。今は動け。


 意識の糸を青い面に残したまま、それが切れないようにナノは一歩だけ前へ出た。

 白い床を踏む。踏むたびに、足場の確かさが薄い気がする。


 進行バーが、ふっと止まりかけた。


「おい」


 一七五号が、塔の影でくすくす笑う。


「緊張すると止まるんだよね、これ」


「止めるな」


「止めてない。見てるだけ」


 ぱち。


 一七五号がもう一度指を鳴らすと、バーが息を吹き返す。

 腹立つくらい、都合がいい。


 ナノは歪みに近づいた。

 近づくほど、白い箱の角が欠けたり戻ったりする。

 空間が薄い。端に寄っている証拠。


「お願いだから、落ちないでよ……」


 ナノは自分に言い聞かせるように呟いた。


 歪みの中心で、白い箱がひとつ、ぷつりと消えた。

 灰色の揺らぎが覗く。穴が開いた。


 その穴の向こうで、何かが動いた気がした。


 ナノは身を乗り出し――すぐに引っ込める。

 覗き込むだけで、吸い込まれそうだ。


「……ニム。田中。どっちでもいい。返事して」


 今度は、声を落として言った。


 返事は、まだない。


 でも。

 白い箱の列の向こうで、規則的な揺れが一瞬だけ走った。


 誤差が少ない。

 人間の足取りじゃない。


「……いる」


 ナノは小さく言って、すぐ塔へ戻った。

 青い面に両手を戻す。

 目的を先に固定する。


 進行バーが終端に近づいている。

 ここまで来たら、落とすわけにはいかない。


 ナノは指先に力を込めた。


「取る。退避は、そのあと」


 一七五号が、楽しそうに囁く。


「決めたね」


「決めた。だから、落とすな」


「了解」


 一七五号が言った。軽いのに、妙に真剣な声。


 ぱち。


 青い面が、深い青に変わる。


 ≪復号処理:終端補正≫


 ナノの手のひらに、熱でも冷たさでもない圧が返ってきた。

 掴んだ感触はないのに、確かに何かが渡される。


 ナノは息を吐いた。


「……来い」


 そして次の瞬間、空間がざわりと軋む。


 崩れが、進む。


 それでもナノは目を逸らさない。

 鍵を取るまで、目を逸らせない。


 青い面が、ひときわ強く光り――


 ≪復号処理:完了≫


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