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OMNI  作者: 美味しいパフェ屋


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第十七話

 ニムは止まったままだった。

 胸部のランプは沈黙し、淡々とした報告も戻ってこない。


 焦げた匂いが、電気室の壁に貼り付いている。

 田中は立ち尽くし、指先の冷たさだけを見ていた。触れかけた高圧部。ニムが代わりに受けたもの。


「……ニム」

 ナノの声が揺れていた。

 いつもなら先に手順を言うのに、今日は言葉が先に崩れる。


 ナツキは保守担当を外へ追い出し、遮断と安全確認を終えて戻ってきた。明るい顔を作ろうとして、作れない。


「二次災害は止めた」

 ナツキは言った。

「でも……動かない。これ、洒落になんないやつだよね」


 ナノはニムの胴体に手を当てた。まだ熱が残っている。

 内側のどこかが焼けた温度だ。


「師匠に聞く」


 ナノは通信デバイスを取り出す。

 呼び出しを押す指が、ほんの少し震えた。


 2回で繋がった。


『……シンジだ』

 低い男の声。ぶっきらぼうで、余計な言葉がない。

 なのに、聞いた瞬間に「頼れる」と分かる声音だった。


「師匠」

 ナノは息を吸い直す。

「ニムが……止まった。感電。人を庇って——」


『落ち着け。状況を順番に言え』

 短い。叱るみたいで、支えるみたいな言い方。

『どこで、誰が、何をした』


 ナノは言われた通りに整頓して話した。

 田中が足を滑らせたこと。高圧部に手が伸びたこと。ニムが割り込んで押したこと。破裂音。沈黙。


 通信の向こうで、小さく舌打ちが鳴った。


『……馬鹿が、ニム』

 シンジが呟く。褒めてもいない、ただの確認でもない。

 悔しさと、敬意が混ざった音だった。


『いい。いまは泣くな。確認する』

 ぶっきらぼうに言い切ってから、続ける。

『最優先は記憶域の保護だ。頭部を開けろ。』


「記憶域……」


『焦げ臭いなら内部短絡だ。動力系が生きてると再通電で焼く』

『エンジン部と記憶域デバイスを分離。接点を洗浄。溶けた樹脂は剥がすな。剥がすと二次破損する』


 ナノは頷いた。

 “やること”が決まると、呼吸が戻ってくる。


「ナツキ、工具」


 ナツキがすぐ動いた。


「はいはい! 出す出す!」

 明るく言おうとして、声が少し裏返る。

「師匠、人使いが荒いね~!」


『容赦してる場合か。手を動かせ』

 シンジが雑に返す。

 でも、その言葉の速さが「本気で助けに来てる」証だった。


 ニムの胴体が開かれる。

 カバーが外れた瞬間、焦げた匂いが濃くなった。配線の一部が黒ずみ、絶縁材に小さな割れがある。


 ナノの手が止まりかける。


『止まるな』

 シンジが即座に刺す。

『焦ると角度が狂う。深呼吸。……ほら、教えた通りだろ』


 ナノは短く息を吐いた。


「……分かってる」


 ナノは視線を走らせ、遮蔽ケースを見つける。


「記憶域、ここ」


『よし。抜け。ゆっくり。角度を変えるな』

『コネクタを歪ませたら、壊れてないものまで壊す』


 固定具を外し、記憶域デバイスを引き抜く。

 小さな金属の塊が掌に乗った瞬間、ナノの肩がほんの少し落ちた。


「抜けた」


『次、エンジン部。切り離せ』

『頭部も見ろ。センサ同期のラインが焦げてたら、戻っても反応が変になる』


 ナノは頭部へ移り、カバーを外す。

 内部は整っているが、端子の一部に焦げ跡がある。


 田中は見ているしかなかった。

 手伝いたい。けれど、今の自分が入れば邪魔になる。何より怖い。


 分離が終わったところで、ナノは通信へ言った。


「胴体、頭部、エンジン部、記憶域。分離した」


『写真送れ。焼け跡を見たい』


 ナノが画像を送る。数秒の沈黙。


『……シールドは仕事した』

 シンジの声が少し硬い。

『だが、完全じゃない。読み取りにかけろ。今すぐだ。欠損が広がる前に生データを抜け』


「了解」


 読み取り器を接続し、解析を走らせる。

 バーが進むのが遅い。遅すぎる。


 結果が出た。


「……欠損」

 ナノの声が小さくなる。

「部分的に破損。読めないセクタがある」


 田中の胃が沈んだ。


「……つまり、ニムの記憶が——」


『まだ決めるな』

 シンジが被せる。ぶっきらぼうだが、止め方が乱暴じゃない。

『“部分的”なら戦える。問題は欠けた場所だ』


 田中は唇を噛む。


「俺のせいだ」


『黙れ』

 シンジの声が低くなる。

『お前への説教は後だ。いまは戻すことだけ考えろ。——まだ可能性がある』


 ナノが息を飲む。


「可能性……?」


『ナツキから聞いた。上位キーを取ったそうだな』


 ナノが一瞬だけ目を上げる。


「ある。取った」


 通信の向こうで、シンジの声が速くなった。


『なら、一縷の望みが残る』

『そこのデータセンターから仮想に入れ。OMNIにアクセスして、ニムのデータをコピーする。欠損の穴埋めに使える可能性がある』


「OMNIから……コピー?」

 田中の声が掠れる。


『OMNIはすべての事象を記録している。

 ”過去”のデータ比重が多い二ムになら、アクセスできるはずだ』

『欠損セクタの参照が見つかれば、芋づる式に復元ができる』


 ナノが食いつく。


「できるの?」


『できる』

 シンジは言い切ってから、落とした。

『ただし、OMNI周辺は監視が強い。レベル2でも下手をすれば、仮想で死ぬ』


 “死ぬ”という言葉が、床に落ちて転がった。

 快適だと思っていた仮想での死。


『現実の身体が生きてても、向こうから帰れなかったら意味がない。』

『それでも行くか』


 沈黙。


 ナノが先に言った。


「行く」

 迷いがない。

 でも、声は少しだけ固い。


「ニムは……勝手に止まられたら困る」

 ナノは砕けた言い方に逃げる。

「仕事、増える」


 ナツキが無理に笑った。


「そうそう。ロボがいないと荷物番が私になるし」

 笑いは最後まで続かない。

「……だから、取り返そ」


 田中は喉の奥が痛かった。

 恐怖がある。有暮で見た謎の”なにか”を思い出す。

 監視の強い場所に自分から飛び込むのは、正気じゃない。


 でも、ニムは命を張った。

 自分の油断を、体で止めた。


「……行く」

 田中は絞り出す。

「俺も行く。ニムに……返す」


 ナノが一瞬だけこちらを見た。

 冷静な目の奥に、まだ揺れが残っている。


「怖い?」

 ナノが聞く。砕けた言い方なのに、逃げ道がない。


「怖い」

 田中は正直に答えた。

「でも、逃げたくない」


 通信の向こうで、シンジが短く息を吐いた。


『……よし』

 ぶっきらぼうな声のまま、熱が入る。

『生きて戻れ。いいな。戻れなかったら、ぶっ殺してやるからな』


 ナノは記憶域デバイスを握りしめた。

 掌の中の小さな重さが、今は全部みたいに思えた。


『手順を教える。よく聞け』

 シンジの声が低くなる。

『ここから先は俺は手出しできない。焦るな。確認しろ。——お前に教えた基本だ』


 ナノは小さく頷いた。


「分かった」


 ニムの沈黙が、まだそこにある。

 でも、沈黙のまま終わらせる気はなかった。


 田中はデータセンターの奥を見た。

 一列に並ぶポッド。その上にあるデバイス類。

 向こう側には、仮想への入口がある。


 覚悟は、怖さと一緒にしか来ない。

 田中はそのまま前を見た。


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