第一章 第六話 小さな星との初めての出会い
最近ちょっとネタ切れ気味で更新がどんどん遅くなってますが、それでもなんとか書き続けています!
今回は新キャラも登場しますよ!
少女はしゃくり上げながら泣いていた。
けれど、その横を通り過ぎていく人たちは、誰一人として足を止めない。ただ視線をそらし、用事のある方向へと歩き去っていく。
「ママ……ママぁ……」
涙で視界はぐしゃぐしゃになり、耳には自分の泣き声しか入ってこない。
少女はただ本能のままに泣き続けるしかなかった。
そんな中で、二つの影が人混みをかき分けるようにして、まっすぐ少女の方へ歩いてきた。
その足取りには、ためらいはない。
この泣き声を、聞こえなかったふりなんてできなかった。
「ねぇ、どうしたの? 迷子になっちゃったの?」
コンティが少女に声をかける。
だが少女は涙に呑まれていて、その声さえうまく届いていないようだった。
「えっと……こうやって声をかけて……あれ? 全然気づいてくれない……」
コンティは慌てて色々試してみるが、うまくいかない。
セリアはそんな彼をちらりと見て、助けを求めるような視線だと気づいて、くすっと笑った。
「ママとはぐれちゃって、すごく不安なんだよね? でもね、そのままずっと泣いてたら、見つけてもらえるものも見つけてもらえなくなっちゃうよ。
もしママの方が君を見つけられなかったら……ママだってきっと泣いちゃうと思うな。だから、私たちと一緒にママを探してみない?」
セリアが優しく声をかけ、背中をそっとさすってやると、
少女の泣き声は少しずつ小さくなっていく。
やがて、ひとしきり泣き疲れたのか、喉をからしながら、小さな声で絞り出すように言った。
「……お姉ちゃん、本当に……ママを見つけてくれるの?」
ママという言葉を口にした途端、また声が震え始める。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと見つけるから。だから、ちょっとだけ泣くのをお休みしよ? ほら、深呼吸して。いい子、いい子。」
セリアがあやすように繰り返すと、少女の呼吸は少し落ち着き、震えも弱まっていく。
それでも、ママと離れた恐怖は、まだ胸の奥にべったりと張り付いたままだった。
そんな様子を見ていたコンティは、セリアのことが少しだけ眩しく見えた。
自分にとって、こんなふうに優しくしてくれるのは、いつだって両親だけだったからだ。
「どうしたの? ぼーっと見とれてないで、手伝ってよ?」
振り返ったセリアが、憧れの視線を向けてくるコンティにそう言う。
「えっ、あ、う、うん!」
慌てて我に返ったコンティは、少女の背中をおそるおそる撫でてみる。
その拍子に、彼の頭にあるものがよぎった。
──そういえば、カバンの中にママが入れてくれたお菓子の箱があったはずだ。
今、それを一つあげたら、この子はきっと少し笑ってくれる。
それはわかっているのに、コンティの手はすぐには動かなかった。
「うーん……でもな……あげたいけど……あぁ、どうしよ……」
「コンティ? どうかした?」
セリアが少女をあやしながら問いかける。
コンティはびくっとして、あわてて首を振った。
「な、なんでもないよ!」
セリアは、その様子が明らかに何かを隠していることに気づいたが、あえて触れずに話を切り上げる。
「まぁいいや。じゃあ、そろそろ本気でママを探そっか。」
「う、うん!」
コンティは元気よく返事をしたが、カバンの中のお菓子の箱に伸びかけた手は、まだ半端なところで止まっていた。
少女は二人のあいだを、小さな歩幅でとことこついていく。
足取りはまだおそるおそるで、一歩ごとに周りをきょろきょろと見回していた。
「ねぇ、君の名前、教えてくれる?」
セリアが優しく問いかける。
「わ、わたし……わたしは……」
少女は緊張に喉を詰まらせる。
知らない人に自分の名前を教えていいのか、わからないのだろう。
セリアは、その戸惑いごと受け止めるように、少し大げさに肩を叩いて言った。
「あっ、そうだ。まずは私が名乗らないとね。
私はセリア・レイン。で、こっちの子は……弟……いや、お兄ちゃんかな?」
セリアは一瞬、真面目に悩んだ。
年齢で言えばコンティは年下っぽい。でも雰囲気で言えば「弟」と呼ぶのも違う。
彼女が一人でそのくだらない問題について考えている間に、コンティはさっさと前に出て名乗っていた。
「ぼ、ぼくはコンティ・ヴァレン! コンティでいいよ!」
セリアの「紹介の順番」は、きれいにぶち壊された。
「コンティ。女の子がちゃんと紹介してあげようとしてる時に、横から割り込むのはマナー違反って知ってる?」
「だって、セリアが考え込んでたから……早く言った方がいいのかなって……」
コンティがうるんだ目で見上げると、セリアは少しだけ、意地悪そうに口角を上げた。
「ダメなものはダメなの。
今の私はね、『すっごくカッコいいコンティくん』って紹介するつもりだったんだよ? 全部パーになっちゃったじゃん。」
「それ絶対ウソだよね!?」
セリアがひやりとした笑みを浮かべる。
「……今、なんて言った? コンティ“くん”?」
その声音に何かを感じ取ったコンティは、反射的に頭を下げた。
「あっ、な、なんでもないですセリアお姉ちゃん! さっきのは、その……ぼくが紹介を急いじゃってごめんなさいって……」
「ほんとに? 他に言いたいこと、ない?」
セリアが悪戯っぽく目を細めると、少女は思わずくすっと笑い、その直後、ハッとしたように顔を俯かせた。
怒られるのが怖いのだ。
その様子を見て、セリアはすぐに空気を変える。
「ほら、コンティのせいで、私までカッコ悪いところ見せちゃったじゃん。女の子を困らせるのは、あんまり良くないと思わない?」
コンティは、少女の表情が少しだけ明るくなったことに気付かないまま、ただ焦っていた。
「ご、ごめんなさい……」
コンティの声色が本当にしょんぼりしているのを聞いて、今度はセリアの方が慌てる番だった。
「ちょ、待って。ほんとに怒ってるわけじゃないからね?
さっきのは、この子が笑ってくれたから、調子に乗ってちょっと続けちゃっただけなの。コンティのこと、嫌いになったりしないから。」
「え? そ、そうなの? よかった……。
でも、あんまりそういうことされると本当に怖くなるから、ほどほどにしてよね!」
コンティはまだ少し恥ずかしそうに口を尖らせる。
「はいはい。ごめんね、コンティ。私たちは“仲良し”だもんね?」
今度はセリアの方が頭を下げ、少女もつられて笑った。
彼女の心の緊張は、さっきよりもずっとほぐれている。
その変化を見て、コンティはポケットの中のお菓子の箱を、またそっと指先でなぞった。
──今渡せば、きっともっと笑ってくれる。
でも、なぜか手が動かない。
「行こっか。ママのこと、絶対見つけよう。」
セリアがそう言って、コンティの肩を軽く叩き、耳もとでささやく。
「……この子、名前は言いづらいみたいだから、とりあえずはこっちから呼び名を決めてあげよ。」
不意打ちの息が耳にかかったせいで、コンティはびくっと肩を揺らした。
「わ、わかったから! だから耳元でしゃべらないで、くすぐったい!」
「ふふっ。コンティ、耳弱いんだね。」
セリアは余計な一言を添えながら、軽く肩を叩いた。
「ねぇ、君。名前教えてくれる? 本当の名前が言いにくかったら、ママが呼んでる“あだ名”でもいいよ。」
少女はこくりとうなずき、かすれた声で答えた。
「……ママは、わたしのこと、『小さな星』って……『小星星』って呼ぶの……」
「小星星、か。すごく可愛いね。」
セリアはそう言って、そっと少女の頭を撫でた。
コンティも力強くうなずく。たしかに、ぴったりなあだ名だと思った。
「じゃあ行こう、小星星。ママを探しに行こっ!」
セリアはコンティと小星星の手を取り、人波の中へと踏み出した。
歩きながら、コンティが小星星に尋ねる。
「ねぇ小星星。君のママって、何か特徴ある? 髪の色とか、持ってるものとか。」
「ママは……帽子をかぶってるの。星がついてる帽子。それから、いつも白いワンピースを着てて……それで……」
ママのことを語るうちに、少女の声はまた震え始める。
瑟莉雅はそっとコンティの頭を指で小突いた。
「小星星、大丈夫。ちゃんと見つかるから。
星のついた帽子で、白いワンピースのお母さんだね?」
少女は涙をぬぐいながら、何度も何度もうなずいた。
「うん……ママは、毎日白いワンピースを着てるの。」
「よし、了解。絶対に見つけてみせるよね、コンティ?」
考え事をしていたコンティは、少し遅れて顔を上げた。
「う、うん! ぼくたちが、君のママを見つけるよ!」
その後、三人は近くの露店や商人たちに片っ端から声をかけて回った。
しかし、「星付きの帽子に白いワンピースの女性」という情報に心当たりのある者は、一人もいない。
やがて、街路樹の下にあるベンチに腰掛けて、三人は小さなため息をついた。
「小星星……もしかして、今日だけは、ママ違う服着てたりしない?」
コンティがおそるおそる問いかける。
「着てない……ママ、いつも白なの……」
セリアは、喉まで上がってきた言葉を飲み込んだ。
このまま「見つからないかもしれない」と口にするのは、あまりに残酷だ。
「んー……そうだね。じゃあ、もっと効率のいい方法を考えようか。
このまま適当に歩き回るだけじゃ、時間ばっかりかかっちゃうから。」
三人はそれぞれに頭をひねる。
ただ、コンティの意識だけは少し別の方向へと飛びかけていた。
「……あっ、そうだ!」
「なになに?」
セリアが身を乗り出す。
「ぼくの友達を頼ろう! すごく鼻のいいペットがいてさ、匂いを辿って人を見つけるのが得意なんだ。
小星星、ママの物とか持ってない?」
「ある……はい……」
小星星はポケットをごそごそ探り、小さな星の刻まれた指輪を取り出した。
「これ、ママとお揃いのなの。ママの匂い、ついてる……」
「わぁ……すごい。こんな細かい星の模様、初めて見た。」
コンティとセリアは、細工の細かさに目を丸くする。
表面には星形の模様が刻まれ、その隙間に、意味のわからない細い線がいくつも走っていた。
「これがあれば、きっと見つけられるよ、小星星!」
二人が声を揃えて言うと、小星星も小さな声で真似をした。
「……えい……!」
それは「イエーイ」と言おうとして噛んだのかもしれない。
けれど、その不器用な声が、三人を少しだけ笑わせた。
「よし、じゃあ出発だ。小星星も、早くママに会いたいよね。」
小星星は力強くうなずいた。
こうして三人は、セリアの「友達」のところへ向かうことにした。
彼女が案内した先は、人通りの多い通りから外れた、少し薄暗い路地だった。
路地の奥には、古びた看板を掲げた小さな酒場がある。
「いい? 本当は、この歳でこういう店に入るのはダメだからね。今日は特別。」
セリアが小声で耳打ちすると、コンティと小星星は素直にうなずいた。
それでも好奇心は隠しきれず、扉の向こうを見つめる瞳はきらきらしている。
扉を押し開けると、鼻をつく酒の匂いと、陽気ともだらしなくも聞こえる笑い声が一気に流れ込んできた。
荒っぽく見える男たちがグラスを片手に語らい、テーブルの上にはカードやら、よくわからない小物やらが散らばっている。
セリアは二人の手をしっかり握ったまま、ためらいなくカウンターへ向かった。
カウンターの向こうでは、がっしりした体格の男が、背を向けたまま黙々とグラスを磨いている。
その大きな背中を見た瞬間、コンティは本能的に一歩後ずさりして、セリアの陰に隠れた。
セリアはその動きを感じ取り、半歩前へ出て二人をかばう。
一方、小星星の足は一歩も後ろに下がっていなかった。ただ、セリアの手をぎゅっと握りしめている。
「どうした、セリア。じいさんの薬、もう買ってきたのか?」
男がこちらを見ずに言った。
「まだだよ、オトソ。先にこの子のママを探すのを手伝いたくてさ。ムトの鼻、貸して。」
その言葉に、男の手がぴたりと止まる。
ゆっくりと振り返ったその顔は、筋肉質な体格にふさわしい厳つさをしていた。
三人の小さな影は、その視線に一瞬で飲み込まれる。
「お前なぁ……じいさんが今どんな状態か、わかってるだろう。
それを放って、他人の用事を優先するってのか。」
オトソの声には、苛立ちと焦りが混じっていた。
「わかってるよ。でも、もしじいさんがここにいたら、きっとこう言うと思う。
『困ってる子どもがいたら、まずそっちを助けてこい』って。」
「今一番困ってるのはじいさんだろうが!」
怒鳴り声が響き、コンティは肩を跳ねさせた。
膝がかすかに震え、思わずセリアの服の裾をつかむ。
それでも、小星星の足は動かなかった。彼女はただ、セリアの手を離さないように握り続けている。
オトソは、その小さな震えに気づいたのか、深くため息をつき、顔を背けた。
「……ムトなら、俺の部屋だ。好きに連れてけ。」
「ありがと、オトソ。薬は多めに買ってくる。帰ってきたら、店も手伝うから。」
セリアは深く頭を下げ、小星星とコンティを連れて、カウンターの脇にある扉へ向かった。
廊下へ出たところで、彼女は小さな声でつぶやく。
「さっきの、ごめんね。怖かったよね。」
「……大丈夫。」
小星星が、かすれた声で答える。
「ぼ、ぼくも全然怖くなんてなかったし!」
コンティは言いながら、まだ若干ガクガクしている膝を隠そうと必死だ。
セリアは吹き出して、コンティの太ももを指でつついた。
「ふふ、足、震えてるよ?」
「や、やめてってば!」
「はいはい。じゃあ、ムトに会いに行こっか。きっと気に入るよ。」
三人はオトソの部屋の前にたどり着いた。
コンティの頭の中では、「酒場の男の部屋」と聞いて、散らかった床と薄汚れた布団のイメージが勝手に広がっている。
だが、扉を開けた瞬間、そのイメージはきれいに裏切られた。
「……え……?」
部屋の中は驚くほど整っていた。
床にはほこり一つなく、棚に並ぶ本や瓶はきっちりと揃えられている。
外の雑多な空気とはまるで別世界だ。
信じられずに、コンティは廊下と部屋の中を何度も見比べた。
「別世界みたい……」
「ね? 見た目はああだけど、オトソはめちゃくちゃマメなんだよ。それに、お菓子作りも得意だし。」
コンティと小星星の頭の中に、「屈強な男が繊細なケーキを焼いている光景」が浮かび上がり、二人は同時に首をかしげた。
「さ、ムトに挨拶しよ。」
セリアはソファの方へ歩いていき、そこに丸くなっていた小さな影を抱き上げた。
「この子がムト。」
腕の中にいたのは、小さな犬だった。
「……すごく、ちっちゃい。」
「特別な馴獣なんだよ。ほら、普通の馴獣って、大きくて怖そうでしょ? でもムトは違うの。」
セリアが得意げに説明していると、ムトは突然、激しく暴れだした。
手足をばたつかせて、セリアの腕から逃れようともがく。
「ムト? どうしたの?」
慌てて床に降ろしてやると、ムトはぷいっと横を向いた。
その仕草はまるで、こう言っているようだった。
──こんなところで抱っこされてたら、ボクのイメージが台無しじゃないか!
もちろん、三人にそのニュアンスが伝わるはずもない。
セリアは「今日は機嫌悪いのかな」と首をかしげ、
コンティと小星星は「人見知りな犬なのかも」と少しだけ距離をとる。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
この小さな犬こそが、三人と一人の母親の行方を結びつける、最初の糸になるということだった。
次話、小星星の母親、ついに登場!




