第一章第三段:老人の夜
「主神の祝福は、相応の災いを継承者に与える。老人も、歴代の継承者も例外ではない。しかし、未来にはそれを変える者が現れるかもしれない。しかし、彼が払う代償は、歴代と同じになるのだろうか?」
「血が出るシーンがあります。ご注意を!」
彼は暗い路地の間を慎重に進んでいた。
湿った壁から冷気が滲み出し、古びたレンガは月光にかすかに反射している。
しかし、背後の低いうなり声は――遠ざかるどころか、むしろ近づいてきていた。
「くそ……」
彼は低く呟き、弱り切った身体を引きずりながら、必死に落ち着こうとした。
一歩踏み出すごとに、背後から響く足音と低いうめきはさらに近づき、まるで野獣が夜の闇を舐めるかのように、迫り来るのだった。
彼は歩みを緩め、耳を少し傾けた。
突然、脳裏に恐ろしい光景がよぎった――自分の両脚が裂かれ、血が飛び散る。
それは「未来」の予兆だった。
彼は瞬時に立ち止まり、息を殺した。
ほとんど同時に、暗い路地から数匹の巨大な魔獣が現れ、彼を取り囲んだ。
彼らは低く身をかがめ、目には病的な赤い光が宿り、よだれが石板に滴り、湿った音を立てている。
そのとき、一人の細身の女性が魔獣の群れからゆっくりと歩み出た。
長い髪をたなびかせ、口元には嘲笑が浮かんでいる。
「やっぱり――この老狐、ここで立ち止まると思ってたわ」
その声は柔らかくも冷たい。
「未来を避けられるものなんて、ないでしょう?……革命軍のアトラス・ヴィーン氏」
アトラスは顔を上げ、老いた顔に苦笑が浮かんだ。
「あなたは……聖教十二大円卓の末席、愚者ノヴィアか」
淡い嘲りを込めて言う。「はは、死にかけの老人を捕まえるために、わざわざ円卓の一人が出てくるとはね。小円卓の連中を信用していないんだろう?」
ノヴィアは微笑み、興味深げに目を細めた。
「当然よ。あなたは主神の三大能力の一つ、『未来』を継承している男。副神の継承者でもあなたには勝てなかったでしょう?だから私がこの再会に立ち会うのよ」
彼女の笑みが一層深くなる。
「そうそう――『贈り物』も持ってきたの。見せてあげるわ」
手を差し出すと、掌の空気が微かに歪む。
黒い裂け目がまるで生き物のように蠢き、ノヴィアはその中から丸い物体を取り出し、アトラスの足元に投げた。
それは数回転がり、月光の下で止まった。
老人は眉をひそめて口を開けようとした瞬間、瞳孔が縮んだ。
「……まさか……」
呼吸が止まり、身体が硬直する。
そこには人の頭があった。
日々夢に見る、魂の奥底に刻まれた顔――彼の娘のものだった。
アトラスは安定していた呼吸を失い、風に裂かれる布のように崩れる。
震える手を伸ばすが、その冷たい顔には触れられない。
「この……くそ野郎……」
声は低く震え、やがて心を引き裂く怒りに変わった。
「死者さえも許さないのか!?」
涙に濡れた顔、血走る眼。
その悲しみと怒りは、老いた身体をも震わせる。
ノヴィアは頭を傾け、ほとんど残酷に見えるほど柔らかく笑う。
「まあまあ、興奮しないで、アトラスさん。
私、あなたと『可愛い娘さん』を再会させてあげたのよ」
ため息をつき、獣を憐れむかのように話す。
「残念ね、身体は連れてこれなかったけど――でも安心して。あの体はすでに処理済み。腐らないように、ずっと木に吊るしてあるわ。
ただ……地元の人間がその美しい体を穢すかもしれないけどね~」
空気が凍りつく。
アトラスは拳を握りしめ、指の関節を白くする。
月光が蒼白の顔を照らし、深い皺の中に赤い怒りが浮かぶ。
低く唸る。「お前たち……許さない……」
ノヴィアは軽く笑う。柔らかい声だが冷たい。
「そう言われると悲しいわ。
せっかく娘に会わせてあげたのに。
私がいなければ、その顔さえも見れなかったんだから、『恩人』として礼儀を守ってね」
笑い声が冷たく変わり、氷の刃のような口調だけが残る。
「もう十分。遊びは終わり、話をしよう――
主神の『未来』の力をよこせ。そうすれば苦しまずに死なせてあげる。
出さなければ……奴らにゆっくり食べさせても構わない。
主神はいつか新しい継承者を選ぶ。その時に――また取りに行けばいい」
アトラスは即座に答える。
「お前たち狂っている……渡せるか!」
ノヴィアは肩をすくめ、冷たい刃のように言った。
「仕方ないわね。小僧たち――おやつの時間よ」
魔獣たちは同時に唸り、アトラスに襲いかかる。
牙が空気を切る音と血の匂いが一気に立ち込める。
しかし――
牙が首に届こうとした瞬間、世界が突然止まった。
風は凍り、血は空中に漂い、魔獣の牙も首数センチ前で止まる。
アトラスはゆっくりと顔を上げ、恐怖ではなく死のような静けさを見せた。
懐から懐中時計を取り出す。
「……一分」
彼はつぶやく。
そしてズボンの裾をめくり、短剣を取り出す。
刀身は静止した月光の中で微かに光る。
彼は手を上げ、静かに魔獣の喉を切り、血が空中に無音で散る。
次に、宙に浮くノヴィアを狙い、全力で短剣を投げた。
刃光は静止した空気を切り、彼女へ一直線に向かう。
娘の首を拾い、深く見つめる。
「……ごめん、子よ」
そして、静止した夜に消えた。
懐中時計の針がゆっくり回る――
一分経過。
時間は再び流れる。
魔獣たちの喉から同時に血が噴き出し、悲鳴が路地に響く。
短剣はノヴィアの前で空中に消え、跡形もなくなる。
ノヴィアは静かに空気中の血霧を見つめ、微笑む。
「ふふ……老狐は逃げたわね。
さすが『未来』の持ち主。面倒……でも面白い」
夜風が再び吹き抜ける。
彼女は振り返り、魔獣の残骸と血の跡は跡形もなく消えた――最初から二人だけだったのか、それとも誰かが消したのか……
夜は呼吸を取り戻す。
風が壁の
隙間を抜け、血の匂いを消し、時間の残響だけが残る。
ノヴィアは空っぽの路地を見つめ、口元には笑み。
「……面白いわ、アトラス。あなたの未来はもう終わった。
次に『未来』を渡すのは誰かしら?」
彼女の声は夜に飲まれ、柔らかくも残酷な呪いのように消える。
そして、都市の反対側――
一人の子供が夢から飛び起きる。
雨が窓を叩き、呼吸が荒く、どこかで聞こえた見知らぬ低い声がまだ耳に残っているようだ。
「未来は、もう動き出した」
月光が掌に弱い光跡を映し、まるで印のように残る。
夜は静かに伸びていく。
「私の小説、三章まで書けました。誰かに読んでもらえたら嬉しいです。」




