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第6話:家とウイルードチキンと罠

旧センニア郡の荒涼とした大地に、三棟の新しい建築物が完成した。


それらは、この地に特有の、昼夜で極端に変化する厳しい気温に対応するために設計されていた。

燃えるような日差しと高温に晒される日中は、深くに掘られた地下部分で活動し、身を守る。

そして、凍てつく寒さが襲う夜間は、保温性の高い地上階で生活するという、理にかなった構造だ。


フォレストエルフたちは、針葉樹の林から運んできた木材を用い、生活に必要な家具を作り上げた。

どれほど長い放浪の時を過ごしたのか、フォレストエルフたちがようやく「家」と呼べる安住の地を見つけ出した瞬間だった。


完成した建物の中央にある、天井の高いメインホール。

冥川 悠夜は、集まったエルフたちと共に、完成の祝いを開いていた。

食卓には、保存食や持ち込んだ食材が並んでいたが、皆の表情は希望に満ちている。


「わぁ……本当に立派な家になりましたね。こんなに安心できる場所は、一体いつぶりでしょうか」

「ああ、前に住んでいた仮設の小屋とは比べ物にならない。あれはただ風を凌ぐだけのものだったからな」

シルファンが、深く頷きながら微笑む。


「よかった。これで、みんなが安心して眠れて、明日への活力を養える場所ができたんだ」

悠夜は、フォレストエルフたちの心からの喜びの表情を見て、自身の胸に温かいものが込み上げてくるのを感じた。


その時、ホール入り口の扉が開き、数日前に偵察に送り出していた三人が駆け込んできた。

「みんな!大変良い知らせを持って参りました!」

「どうした?そんなに慌てて」

荒野野鶏ウイルードチキンの群れを発見しました!四十羽近い群れだ!」

シルファンが驚きのあまり目を見開く。

「ウイルードチキン……?あの、警戒心が強く、足の速い鳥を、群れで?」

「はい。正確な位置を地図にマーキングし、軽率に動かず、すぐに戻って報告に来ました」

それは、この新興の定住地にとって、長期的な安定を約束する最高の報告だった。


悠夜はすぐに、ヒナエルとシルファンをテーブルに呼び寄せ、作戦会議を始める。


「ウイルードチキンか。あれは、肉が美味い上に、飼育繁殖も比較的容易だと聞く。この集落の食料基盤を確立する上で、これ以上ない獲物だ」

「どうする?捕獲するぞ。可能なら群れ全体を」

ヒナエルが真剣な表情で顎に手を当てる。

「群れ全体、ですか。将来の備えとしては理想的ですが……」

「ええ。できるだけ多く、将来の『資源』として確保したい。逃す手はない」


シルファンが難しい顔で腕を組んだ。彼女の長い耳が、不安げに揺れている。

「ですが、悠夜様。ウイルードチキンは非常に機敏で、その移動速度はエルフの中でも熟練の狩人並みです。以前、私たちが一羽を生け捕りにしようとした際も、二人掛かりで、しかも生け捕りではなく『殺す』ことで精一杯でした」


「生きたまま、四十羽近い群れを捕獲するとなると、これはもう至難、という言葉では表せない難しさです」

ヒナエルが冷静に付け加える。


「そして、この捕獲作戦に、機動力に欠けるアンデッドたちを連れて行っても、間違いなく足手まといになるでしょう」

「はい。彼らには、完成したばかりの家を守る留守番をさせるべきです」


悠夜は、二人の意見に深く頷いた。

「その通りだ。となると、動けるのは君たちフォレストエルフと、僕だけ、ということになるな」


悠夜と、シルファン、ヒナエルを含むフォレストエルフたちの総勢は、二十人に満たない。

これは、フォレストエルフ一人ひとりが、二羽以上を生け捕りにしなければならないという、まさに困難な挑戦だった。

シルファンは青ざめた。

「一人で二羽以上……それは、現実的ではありません」

ヒナエルは不安を押し殺すように、悠夜の顔を真っ直ぐに見つめた。

「ですが、悠夜は何か、勝算がありなのですよね?」

悠夜は、唇の端をわずかに吊り上げた。

「ああ、もちろん。彼らの警戒心と機動力を逆手に取る。必ず捕獲してみせる。」




翌日、早朝。

悠夜は、アンデッドとクロちゃんに、建物の周囲の警戒を敷かせた。

フォレストエルフたちは、武器と食料を最低限に抑え、入念な準備を整える。

一行は、まだ朝日の昇らないうちからウイルードチキンの生息地へと急いだ。


太陽が完全に地平線に沈み、荒野の気温が急激に下がり始めた夜。

フォレストエルフたちは、目的の場所から1キロほど離れた土坡に身を隠し、ウイルードチキンの行動を観察していた。


静寂の中、ヒナエルが小さな声で警告を発した。

「静かに。見て、あれがウイルードチキンよ」

皆は、土の盛り上がった場所から、細心の注意を払ってそっと顔を出す。

荒原の地面に点々と、ウイルードチキンの群れがいた。


彼らは日中を寝て過ごし、夜に行動を開始する習性を持つ。

現在、彼らは硬い爪で地面を掻き分け、土の中に潜む昆虫や幼虫を捕食している最中だった。

群れの規模は、横縦五百メートル四方の、広大な範囲に分散していた。

この密度では、正面から突入してもたちまち逃げ散るだろう。


「あんなに、たくさん……初めてこんな光景を見たわ」

一人のエルフが、驚きと共に息を漏らす。


「しかし、やはりこの広がりでは、生け捕りは…」


その時、慎重に伏せていた一人のエルフが、わずかに移動しようとした。

その手に持っていた剣の切っ先が、うっかり近くの石に当たってしまった。

カチーン

金属と石が触れ合う、荒野の静寂の中では、あまりにも大きく響く音。

その音に反応し、ほぼ全てのウイルードチキンが、まるで糸で操られたかのように一斉に首を持ち上げた。

鋭い眼差しが、周囲の闇を警戒し、探っている。


エルフたちは一瞬で呼吸を止め、地面に顔を押し付けるようにして、微動だにしない。

この極度の緊張感の中、悠夜の耳には、自分の心臓の鼓動が、まるで大砲のようにうるさく響いているように感じられた。

長い沈黙の末、警戒心を解いたウイルードチキンたちは、一羽、また一羽とゆっくりと頭を下げ、捕食を再開した。


「危なかったな……」

悠夜は内心で汗をかく。


このままでは作戦は失敗に終わるだろう。成功の鍵は、彼らが最も無防備になる日中を待つこと。

悠夜は空を見上げ、風向きを肌で感じた。

今は南東の風だ。

彼らはウイルードチキンに対して、ちょうど風下側に位置しているため、匂いは届かない。


この地の風は予測可能で、夜通しで徐々に変化し、日の出頃には必ず南西の風に変わる。

この変化は、彼らが朝まで待機する間、自分たちの匂いがウイルードチキンに悟られないように、絶えず配置を移動し続けなければならないことを意味していた。


悠夜は最小限の声で指示を出した。

「みんな、このままではまずい。一旦、ここで休むぞ。ヒナエル、一時間ごとに一人に見張りを任せ、風向きが変わる前に皆を起こして、風下の位置を保ちながら場所を移動するように」

指示を終え、悠夜は冷え切った夜の荒野のために、アイテムボックスから寝袋を取り出そうとした。

「悠夜、その寝袋はダメです」

ヒナエルが真剣な声で言った。


「夜の荒野の寒さは、想像以上に身体を奪います。一枚の布で寝るのは、流石に危険すぎよ」

シルファンは、そう言いながら、悠夜の手から寝袋を取り上げた。


「ここは、私たちと一緒に休んでください。みんなで寄り集まって、寒さを体温で凌ぐのが一番だ」

悠夜は、戸惑いを覚えたが、このフォレストエルフたちが育った森の民の知恵だと理解し、その提案を受け入れた。


ヒナエルとシルファンは、自然と悠夜の隣に身を寄せた。二人は、冷気から悠夜を守るかのように、彼の体の両側にぴったりと体を密着させた。

夜の底冷えする寒さの中、女性である二人の体温が、すぐ隣からじんわりと、そして強く伝わってくる。

背中にはシルファンの柔らかい曲線が、胸側にはヒナエルの均整の取れた温もりが感じられた。

その親密すぎる密着が、凍える荒野の寒さを凌ぐだけでなく、悠夜の心臓を静かに早鐘のように打たせている。




翌朝。

荒野の空が白み始め、夜明けの光が差し込み始めた。

ウイルードチキンたちは、夜間の活動を終える時間だ。

彼らは次々と草むらに爪で穴を掘り、その穴の中に自身の体を埋めていく。

最も弱い頭部を土の中に隠し、集団で休息に入った。


その範囲は、昨夜よりも狭まり、三百メートル四方の区域に収まっている。

そして、風は、予測通り南西の風に変わっていた。


「よし、予定通りだ。作戦開始!」

悠夜は、眠っていたエルフたちを起こし、静かに指示を下した。

ヒナエルには、フォレストエルフたちを率いさせ、新しい風向きの風下側に伏せて待機するように命じた。

悠夜は、アイテムボックスから特別に用意した巨大なネットと、それを支えるための棒を取り出し、罠の設置方法を念入りに教える。


次に、彼は携帯用のスプレー缶のようなものを取り出した。

「これは、消臭剤だ。ラットマンの死骸から抽出した成分で作った。君たちの体臭を一時的に完全に消し去ってくれる」

「作戦行動前に全員、これを使え。匂いによって警戒されないよう、細心の注意を払って罠を仕掛けるんだ」


そして、悠夜はシルファンを改めて呼び寄せた。

「シルファン。ここからは二人だけの行動になる。今回の捕獲の成功は、僕たち二人の動きにかかっていると言っても過言ではない」


悠夜はアイテムボックスから、使い古されたウルフ族の皮を数枚取り出した。

「まず、この毛皮の匂いを消臭剤で一旦覆い隠す。そして、君と僕は、ヒナエルたちが罠を仕掛けている風下以外、全ての方向に迅速にこの毛皮を配置していく」

「配置を終えたら、僕とシルファンは風上側で合流し、毛皮の消臭剤が切れるのを待つ。そして最後に、僕たちが上風側の位置に最後の毛皮を配置する」

シルファンは、悠夜の緻密な計画を聞き、顔を輝かせながら息を呑んだ。

「なるほど……ウルフ族の匂い!警戒心の強いウイルードチキンでも、天敵のこの匂いを嗅げば、眠っていても飛び起きるでしょう」


「その通りだ。しかも、まだ完全に覚醒していない眠い状態、そして炎熱によって判断力が鈍っている。この熱が奴らの機動力さえも奪ってくれる」

悠夜は、勝利を確信する目で言った。


「奴らは、風下以外の全ての方向からウルフ族の強烈な匂いを嗅ぐことになる。そうなれば、本能的に『匂いのしない唯一の安全な場所』である風下側へと、逃げ込むに決まっている」

「そして、そこには、完璧に隠されたヒナエルたちの罠が待ち受けている。これが、四十羽の群れを一網打尽にする作戦だ」


作戦は、寸分の狂いもなく開始された。

ヒナエルとフォレストエルフたちは、消臭剤を全身に吹き付け、素早く風下側へと移動する。

そして、周囲の草木を巧妙に利用しながら、巨大なネットと棒を組み合わせて、待ち受ける罠を設置していった。


同時に、悠夜とシルファンも、荒野の別の二方向へと分かれて、一秒を争うスピードで駆け出した。

二人は、ウイルードチキンが匂いをキャッチする距離を計算に入れ、一定の間隔を保ちながら、消臭剤で匂いを抑えたウルフ族の毛皮を、地面に投げ捨てていく。


荒野の熱は、既に酷烈だ。

二十数分の疾走の末、悠夜とシルファンは、予定通りに風上側で合流した。

二人の身体は、真昼の強烈な熱と、極度の集中による疲労から、汗でぐっしょり濡れていた。

まるで水浴びをした後のようだ。


「ハァ……ハァ……シルファン、よくやった。完璧な配置だ」

「悠夜様も、お疲れ様です。これで、準備は全て整いました……!」

悠夜は、アイテムボックスから、最後の、そして最も臭気の強いワーウルフの毛皮を取り出す。


その毛皮を高く掲げ、風が最も強く吹くタイミングを見計らって、激しく振った。


――南西の風が、最後の、そして決定的なワーウルフの腐敗臭を、眠りこけているウイルードチキンの群れへと確実に運んでいった。


荒野は、再び静寂に包まれた。

待ち受ける皆が、ウイルードチキンの動きを待っている。

この緻密な計画の成否は、まさにこの瞬間に懸かっていた。


数秒の沈黙の後。


土の中に頭を埋めていた、一羽のウイルードチキンが、突如として頭を勢いよく持ち上げた。

その顔は、恐怖と混乱に歪んでいる。

そして、穴から飛び出すと、天敵の匂いに狂ったように反応し、一目散に走り出した!


ワァーッ! ギャーッ!


それを合図に、他のウイルードチキンたちも次々と穴から飛び出し、けたたましい鳴き声を上げながら動き始める。


彼らは本能的に匂いを嗅ぎ、ウルフ族の匂いがしない唯一の場所、風下の方向へと、濁流のように逃げ惑った。


「成功したわ……作戦通り!」

シルファンは、緊張が解けた安堵と共に、胸の前で強く手を握りしめた。

あとは、ヒナエルたちに託すだけだ。




一方、風下側。

先頭で待機していた一人のエルフが、興奮を抑えきれない声でヒナエルに報告する。「来ます!ヒナエル様!大群です!」

ヒナエルは、冷静沈着な表情を崩さない。

「まだ動くな!最高のタイミングでなければ意味がない!」

やがて、最初のウイルードチキンが、羽をバタつかせながら猛スピードで突っ込んできた。


「今だ!上げろ!」

ヒナエルが、全てを懸けた叫びを上げた。

待ち構えていたエルフたちが、渾身の力で棒を一気に引き上げる。


巨大なネットが、まるで津波のように立ち上がり、先頭のウイルードチキンは、抵抗する間もなくそのネットに頭から突っ込んだ。

「二番隊、魔法を付与!」


ヒナエルの指示で、ネットの両脇に控えていたフォレストエルフたちが、準備していた麻痺魔法をネット全体に一斉に付与した。

ネットに触れたウイルードチキンは即座に全身が麻痺し、もがくことすらできずに動きを停止する。


そして、その直後、後続の数十羽に及ぶウイルードチキンたちが、逃げ道を見失い、麻痺した仲間ごとネットに次々と激突していった。


作戦、大成功!


四十羽近いウイルードチキンは、全てネットの中に収まり、麻痺した状態で身動き一つできなくなっていた。


ヒナエルは、困難を乗り越えた達成感と喜びで顔を上げ、悠夜とシルファンを迎え入れようとした。




その瞬間。

彼女の鋭い五感が、周囲の荒野に、異様で、だがどこか見覚えのある、人間らしき人影が取り囲んでいるのを察知した。


「いけない!みんな、伏せて!」

ヒナエルが、本能的な危機感から大声で叫ぶと同時。


ヒュッ


一筋の弓矢が、ヒナエルの顔の側面を、皮膚を微かに切り裂きながらかすめて飛んでいった。

彼女たちは、完璧な罠にかけられ、完全に包囲されていたのだ。


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