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第4話:創業株主

夜の帳が静かに降り、広場を包み込んでいた。

悠夜は使い慣れた寝袋の中で横になり、今日の魔物解体と毛皮の取引で手に入れたドル札を数えながら、今後の計画を頭の中で組み立てていた。


「これで手持ちのドルは合計3000ドル近くになったな……。旧センニア郡の買収資金としては、まず目標額に到達したと言えるだろう」

思わぬ資産の増加に、悠夜は満足げに小さく息をついた。




その時、寝袋の近くに静かな影が二つ現れた。

「悠夜殿、夜分遅くに申し訳ありません」

静かで落ち着いた声とともに、フォレストエルフのリーダー、ヒナエルが、一人の少女を連れてやってきた。

彼女たちの表情は、どこか緊張しているようだった。


連れの少女は、悠夜がこの針葉樹の林に到着した際、最初に彼を部族へ案内し、その後の取引で悠夜を呼びに来たエルフだった。

そして彼女こそが、つい先ほどまで悠夜が探していたスパイダーモンスターの魔晶を、こっそり持ち去った張本人でもあったのだ。


ヒナエルは深々と頭を下げた。長く流れる金色の髪が夜の闇に揺れる。

「この度は、部族を代表して深くお詫び申し上げます。彼女の身勝手な行動とはいえ、部族長の指導不足でございます」


ヒナエルに促され、その隣で俯ていた少女が、おずおずと前に進み出た。

「あの、その……本当に、ごめんなさいでした」


彼女は名をシルファン、ヒナエルの妹というらしい。シルファンはもじもじと身をよじりながら、手のひらに乗せていた小さな革袋を悠夜の前に差し出した。

中には、クモの魔晶が光を反射している。


「解体作業をする前に、私が、こっそり魔晶だけを抜き取ってしまいました。だって、悠夜さんが本当に信用できるいい人なのか、私には全く判断できなかったんですもの」

シルファンは不安げに、潤んだ瞳で悠夜を見上げる。


「もし、私たちを騙して、そのままどこかへ逃げられてしまったら、この魔晶くらいは売ってお金にしなきゃ、って思って……」

彼女は頬を赤らめながら、小さな声で続けた。


「まさか、悠夜さんが死体屋なのに、こんなに良い人だったなんて……」

悠夜はシルファンから魔晶の入った袋を受け取りながら、静かに笑みを浮かべた。

「そうだな、君たちの気持ちはよく理解できるよ」

シルファンは驚いたように目を見開く。彼女の純粋な反応に、悠夜は内心で感心していた。


「このカラデン大荒原という場所は、資源が極端に少なく、誰もが生き残るために必死にならなければならない過酷な環境だ」

「そんな中で、一度は自分の利益のために動いたとはいえ、最終的にこうして正直に魔晶を返そうと、謝罪しに来た君たちの誠実さは、とても珍しい、素晴らしいことだと心から思う」

悠夜の言葉に、ヒナエルとシルファンは安堵し、深く感謝の意を伝えた。


この異世界の社会構造は、まだ人類世界でいう封建主義の初期のような状態だ。王が頂点に立ち、その下に領主が土地を治めているが、経済発展が不十分なため、その統治能力は都市やその周辺の豊かな農村部に限定されている。


都市の保護や資源供給の及ばない荒野や未開の地では、人類は長期間の生存が極めて難しい。

その結果、そうした土地は、半永久的に獣人や半身人などの亜人の大部族にリースされるか、あるいは単に放置されたまま荒廃している。

特に彼らがいるカラデン大荒原は、その無法地帯の最たる例だった。


住む場所を失った亜人や、都市から逃げ出してきた罪人、あるいは彼らを狙う奴隷商人が横行する、秩序も道徳もない場所だ。


そんな場所で、フォレストエルフのように高い戦闘能力を持ちながらも、なお他者への誠実さという道徳をしっかりと保っている部族は、悠夜の知る限り本当に珍しい存在だった。


シルファンが目をキラキラさせて悠夜を見つめる。

「悠夜はすごいわ! たった一人で、このカラデン大荒原という地獄のような場所を生き抜き、生活しているなんて、どれほどの実力者なんでしょうか!」

「いや、俺の能力なんて、君たちが期待するような派手なものではない」悠夜は謙遜した。

「俺にできるのは、ただの分解と、集めた死骸を動かす死体操作くらいなものだ」

悠夜は自分の能力の限界を正直に説明した。

「危険な状況に遭遇しても、結局は死体を盾にして戦うことしかできない。たまに魔晶を使って魔獣を召喚して戦わせることもあるが、それもあくまで切り札の一つに過ぎない」


シルファンは、ふと何かを思いついたように、再び真剣な表情を浮かべた。

「あの、先ほどの魔晶の話ですが……その魔晶を使えば、本当にスパイダーモンスターを召喚できるのですよね?」

「ああ、もちろん可能だ」

悠夜の肯定に、シルファンは寂しげに目を伏せた。


「私たちエルフは、故郷を魔族に襲われ以来、ずっと追われる日々でした。騙されたり、奴隷商人に狙われたり……」

「この針葉樹の林にようやく定住できましたが、部族の人数は二百人以上いたのに、今では二十人にも満たなくなってしまいました」

彼女の言葉には、この世界で生きる弱者の悲哀が滲んでいた。


「もし、悠夜さんのような、敵を寄せ付けない力があれば……」

ヒナエルも深く、重いため息をついた。

「フォレストエルフは個々の戦闘能力こそ高いのですが、その力を発揮するための立身の地がなければ、この世界で部族として生き残っていくことは困難なのです」

彼女たちは絶望的な状況を共有した後、ヒナエルは悠夜の今後の具体的な計画を改めて尋ねた。


「それで、悠夜殿は今後、どのようなプランで動かれるおつもりなのでしょうか?」

「まずは、今貯めた三千ドルを頭金にして、旧センニア郡を購入するつもりです。そして、その場所を拠点に、俺のビジネスの帝国を築き始める」

「えっ、旧センニア郡、ですか!?」

シルファンは驚愕に目を丸くし、ヒナエルもその言葉を聞いて顔色を変えた。


「旧センニア郡は、およそ六百年も前の古代、確かに人類の大きな集落があったと記録されています。しかし、今やそこはカラデン大荒原の中でも、水も食料も一切見当たらない、最も過酷な不毛の地となっております。長期間、生き物が居住できる場所ではないと……」

誰もが抱くであろう、当然の疑問だった。


だが、悠夜にはその疑問を吹き飛ばすだけの確信があった。

「現状は、ヒナエルの言う通りでしょう。ですが、あの土地は非常に重要な道に位置しています」

悠夜はそう前置きし、手で簡単な地図を描くように説明を続けた。


「現在の商人は、無法地帯であるカラデン大荒原を避けて、大きく迂回するルートで交易を行っています」

「特に、大荒原の南西端を挟んだ二つの主要都市間の取引では、この迂回ルートを強いられている」

「しかし、もし旧センニア郡を新たな拠点として経由できれば、移動距離は現在のルートの三分の一にまで短縮できます。さらに、領主の土地を通らないことで、税金や通行料による料金もないため、最終的な旅費を50パーセントも削減できるんですよ」


シルファンはそれでも納得がいかない様子で首を傾げた。

「でも、悠夜さん。いくら安くなると言っても、今は誰もその危険なルートを使っていませんよね? 誰も通らない道を、商人が選ぶでしょうか?」

「それは、簡単だ」

悠夜は淡々と答えた。


「現在は、旧センニア郡にまともな補給施設が一つもなく、周囲の安全も確保されていないからですよ」

「今の状況では、万一、盗賊や魔物に襲われて貨物が失われる損害の期待値が、節約できる旅費の総額よりも大きい。だから商人は寄り付かない」

「逆に言えば、その損害の期待値、つまり危険性を排除し、良好な補給設備さえ整えれば、商人は必ず、より安く、より早い旧センニア郡ルートを選ぶようになる。これは経済学の原理です」

「すうがくてき、きたいち……? 悠夜さん、何を言ってるのか全然わかりません!」

シルファンは自分の頭を指さしながら、混乱した表情を浮かべた。

「まぁ、簡単に言えば、儲けられる可能性よりも、襲われたり損失を払ったりして損をする可能性の方が高いから、誰も来ないってことだよ」

悠夜は笑って分かりやすく言い直した。


その瞬間、広場の暗闇から、聞き慣れた意地の悪い甲高い声が響いた。

「ひっひっひ! それは残念だったな、坊主!」

聞き慣れた意地の悪い声とともに、マカカチが、どこからか木の上からひょいと飛び降りてきた。

彼女の耳がピクピクと動く。

「その旧センニア郡の地券だけどね、今じゃこのあたしの物なんだから!」

マカカチは胸を張る。


「前にあの領主様から借金のカタとして、このゴミを押し付けられて、追い出されちまってね。でも、お前がそこまで欲しがるなら話は別だよ」

「そうね、相場より少々上乗せして、四千ドルでどうだい?」

悠夜はため息をついた。


「旧センニア郡の実際の価値は、俺の分析では三千ドルを超ない程度。四千ドルは、どう考えても過剰な投資になりますから、出すつもりはありませんよ」

マカカチはたちまち顔を真っ赤にする。


「何を言う! 物には稀少価値があるってもんだ! この地券は世界でたった一つ、このあたししか持っていないんだ! 五千ドルでも惜しくないくらいだろうが!」

悠夜は冷静だった。

「今、稀少なのは地券ではなく、買い手である俺ですよ」


「もしあなたが欲をかいて値上げをするなら、俺は旧センニア郡の買収をやめて、他の投資に回す」

「そうなれば、その地券は本当にゴミとして、マカカチさんの手元に残るだけです」

マカカチは鼻息を荒くしたが、しばらく考えた後、渋々と言った。

「くっ……わかったよ! 仕方ねぇ! じゃあ、三千ドルで取引してやる!」




翌朝。


マカカチと悠夜は、地券とドルの交換を完了させた。

三千ドルは、悠夜がこの異世界に来てから築き上げた、ほぼ目標額の全てだった。

取引が終わり、地券を手に取った悠夜は、ふとマカカチに尋ねた。

「ところで、この地券、領主への借金と相殺した時、いくらで引き取ったんですか?」

マカカチはニヤリと笑う。

「ん? ああ、たったの千五百ドルだ」

「……は?」

悠夜は思わず声を上げる。

「このネコ! 借金は千五百ドルの価値しかないゴミを、俺には三千ドルからふっかけやがって!」

「悪いけど、やっぱりこの取引、今からでも無かったことにしてもらえませんか?」

マカカチは一瞬、本気で顔を引きつらせたが、既に地券は悠夜の手の中にある。

彼女は「取引完了だ!」と叫ぶと、どこかに消えていった。




マカカチの去った後、ヒナエルは悠夜をじっと見つめ、改めて問いかけた。

「悠夜殿は、今すぐにも旧センニア郡へ向かわれるのですね?」

「ええ、一刻も早く、あの土地に手をつけたい」

悠夜が答えると、ヒナエルは意を決したように、部族の代表として深々と頭を下げた。


シルファンもまた、真剣な眼差しで悠夜を見つめていた。

「私たちエルフ部族全員を、どうか旧センニア郡へ連れて行ってはいただけないでしょうか」

「奴隷商人や、他の種族からの理不尽な襲撃の脅威に、これ以上怯えることなく、安全に生きたいのです」


ヒナエルは力強く続けた。

「悠夜殿が、私たち部族の安全を完全に保証してくださるのなら、私たちは決して殿を裏切ることはありません。その証として、部族全員で、旧センニア郡でのあなたのビジネスのために、力を尽くさせてください」


悠夜は少しの間、沈黙して考えた。

当初、彼の計画では、不平も言わず、疲労も感じないスケルトンのアンデッドを主な労働力として使うつもりだった。

だが、アンデッドは生きている生物からは、嫌悪感や恐怖感を抱かれるのは避けられない。

それに比べ、生きており、知恵と高い戦闘能力を持つフォレストエルフが、自ら労働力として名乗り出てくれるというのは価値がある、願ってもない申し出だった。


「……わかりました」

悠夜は立ち上がり、ヒナエルとシルファンに手を差し伸べ、力強く握手を交わした。


「君たちを奴隷として扱うことは決してない。俺が必ず、君たちの部族の安全を、命に代えても保証します」

「ようこそ。今日この瞬間から、君たちが俺のビジネスの最初の仲間だ。言ってしまえば、創業株主という存在になります」

シルファンは目を丸くして、首を傾げた。

「ソウギョ……カブヌシ? それって、一体何のことなんでしょうか?」

悠夜は、これからの壮大な計画に思いを馳せながら、ニヤリと笑った。

「ふふ。それはね、未来のお楽しみさ。君たちと共に、この荒原を変えることは、最高の投資だよ」


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