第2話:クモの取り引き
悠夜は、獣人のキャンプを後にした。
背後には、彼が召喚した数十体の骸骨が、ガチャガチャと骨を鳴らしながら従っている。
この世界に転生した時、死体を操る力を得た。
それが、悠夜の最大の武器でもある。
目指すは、乾燥した針葉樹の林だ。
地面は乾き、足を踏み入れるたびに、土がカサカサと音を立てる。
鋭い針葉樹が、まるで槍のように空を突き刺す。
風はなく、静寂が林を支配している。
「ここが、フォレストエルフたちの領域か…」
悠夜は警戒しながら、奥へ進む。
少し進むと、草でできた簡素な小屋が見えてきた。
その先には、広々とした露天の広場が広がっている。
地面には、折れた弓矢や、乾いた血の跡が点在していた。
深い爪痕も刻まれている。
ここで、激しい戦いがあったことは明らかだ。
悠夜の背後の骸骨たちが、静かに待機する。
その不気味な姿に、悠夜自身も時々ゾッとするが、今は頼りになる存在だ。
林の奥に進むにつれ、空気が変わった。
異様な静けさだ。
鳥のさえずりも、葉擦れの音も聞こえない。
地面には、不自然な足跡が点々と続いている。
何か、ただ事ではない。
悠夜の心臓が、早鐘のように鳴る。
「これは…何だ?」
悠夜が呟いた瞬間、地面が揺れた。
突然、緑の蔓が蛇のように飛び出し、両足に絡みついた。
「うわっ! 何だこれ!?」
驚く間もなく、蔓は膝を越え、腰、胸へと素早く這い上がる。
熱い痛みが全身を走り、体が動かせない。
締め付けられる感覚に、冷や汗が背中を伝った。
「くそっ、離せよ!」
叫びながら、悠夜は必死に抵抗するが、蔓はさらに強く締まる。
この魔法、強力すぎる!
そこへ、一人の少女が現れた。
白い肌が、木漏れ日に輝いている。
だが、その目は鋭く、悠夜を射抜くように見つめる。
金色の髪が、風に揺れる。
フォレストエルフ特有の姿に、悠夜は息をのんだ。
少女の手が、悠夜の腕に触れる。
ひんやりとした感触に、心臓がドキリと跳ねる。
彼女の姿は、可愛らしいのに、どこか恐ろしい。
「あなた、奴隷商人? それとも魔族?」
少女の声は、まるで刃物のように鋭い。
その口調には、明らかな敵意が込められている。
人間に対する不信感が、溢れ出ている。
「違う! 誤解だよ!」
悠夜は慌てて弁解する。
「俺は、フォレストエルフの首領に会いに来ただけだ! 奴隷貿易なんて、絶対反対だ!」
少女の視線が、まるで心を見透かすようだ。
悠夜の背後の骸骨たちを、彼女はチラリと見て、顔をしかめる。
少女は目を細め、冷たく言い放つ。
「ふん。リーダーの命令はね、人間を見たら殺せ。」
彼女の視線が、悠夜の背後にいる骸骨たちに移る。
「それに、こんな気味悪い骸骨を連れてるなんて。怪しすぎるよ。死体を操るなんて、邪悪な魔法使いに違いない!」
少女の言葉に、悠夜は内心でため息をつく。
この世界では、死体を使える者は珍しい存在だ。
警戒されるのも、仕方ない。
蔓が一瞬、動きを止めた。
だが、すぐにまた締め付けを強める。
ビリビリと痛みが走り、悠夜の体が悲鳴を上げる。
この少女、見た目はめっちゃ可愛いのに、めっちゃ危険だ!
悠夜は必死に声を絞り出す。
「待ってくれ、落ち着いて話を聞いて! 俺、クモ魔獣の噂を聞いたんだ。他の人から。リーダーに話したいだけだよ!」
少女の表情が、わずかに揺れた。
「クモ魔獣? そんなもの、ない!」
否定する声は強いが、目が泳いでいる。明らかに動揺している。
その反応を見て、悠夜は確信した。
少女の慌てた様子が、クモ魔獣の存在を証明しているようだ。
突然、足音が響いた。 もう一人の少女が現れる。
「私はヒナエル、フォレストエルフのリーダーだ。」
彼女の声は落ち着いているが、威厳に満ちている。
「攻撃するなよ。さもないと、ただじゃ済まない。」
ヒナエルは少女に視線を向け、静かに言った。
「下がりなさい。彼の話を聞く。」
ヒナエルが手を振ると、蔓がスルスルと解けた。
悠夜はホッと息をつく。
「ありがとう…。俺、本当にただ話したいだけなんだ。」
周囲から、他のフォレストエルフたちが集まってくる。
彼らは悠夜の骸骨たちを見て、ざわめく。
「死体を操ってる…あんなにたくさん!」
「危険じゃないか? 気をつけて!」
驚きと警戒の声が、林に響く。 悠夜は苦笑する。
この力は、転生の贈り物だが、誤解を招きやすい。
ヒナエルは悠夜をじっと見つめ、言った。
「なら、広場に来なさい。そこで話を聞く。」
彼女に導かれ、悠夜は広場へと向かった。
骸骨たちが、ガチャガチャと後を追う。
フォレストエルフたちは、距離を置いて見守る。
その視線は、明らかに警戒心に満ちている。
広場の中央には、巨大なクモ魔獣の死体が横たわっていた。
三メートルはある巨体だ。
金色に輝く毛が、魔力を帯びてキラキラと光る。
周囲には、激しい戦いの痕跡が残っている。
折れた槍、散らばった矢、地面に刻まれた深い爪痕。
かなりの戦いだったことが、容易に想像できた。
悠夜は、死体の大きさに圧倒される。
「こいつを…倒したのか?」
思わず呟く。
ヒナエルは静かに頷く。
「我々の誇りだ。だが、今のところ金が必要だ。この死体を売るつもりだ。」
彼女の言葉に、悠夜の心が動く。
この死体、絶対に価値がある。
広場の端では、別の声が響いていた。
「だから、もっと高く買い取れって言ってるの!」
赤毛の猫耳少女が、フォレストエルフの一人と大声で言い争っている。
彼女はマカカチ、ネコ族の商人だ。
鋭い目つきで、悠夜をチラリと見る。
猫耳がピクピク動き、長い尾が揺れる。
「ふん、あんた誰よ? こんな骸骨連れて、めっちゃ怪しいんだけど。死体使いなんて、信用できないわ!」
その声は、まるでナイフのように鋭い。
見た目は可愛いのに、口が悪い!
マカカチの視線は、敵意に満ちている。
彼女は、悠夜をライバルと見なしているようだ。
ヒナエルが、話を進める。
「このクモ魔獣、売るつもりだ。いくら出す?」
マカカチが即答した。
「200ドル。安くはないでしょ? これ以上は出せないわ。」
彼女の目は、自信に満ちている。 計算高い視線だ。
悠夜は、ここで口を挟む。
「350ドル。ただし、今はお金がない。三日後に払うよ。」
内心、ドキドキだ。
この死体、絶対に価値がある!
市場で高く売れると確信している。
だが、三日で金を集めないと、信用を失う。
マカカチが鼻で笑う。
「はっ、詐欺師じゃん! 三日後? そんなの信じられるわけないでしょ。死体を操るヤツが、信用できるかよ!」
彼女はすぐに切り返す。
「220ドル、今すぐ払うよ。それで決まり!」
悠夜は負けない。
「じゃあ、俺は毎日10ドルの利子をつける。約束だ。」
内心、冷や汗ものだ。
三日で金を用意しないと、ヤバいことになる。
この約束が、悠夜の運命を左右するかもしれない。
ヒナエルが、静かに考え込む。 やがて、ゆっくりと頷いた。
「いいだろう。三日待つ。ただし、この死体は我々の視線から離さない。」
その言葉に、少女が反対する。
「ダメです! この男、死体屋ですよ? 信用できない! この人と取引なんて、本当に危険だわ!」
少女の声は、興奮気味だ。 他のフォレストエルフたちも、ざわめく。
「そうだよ、リーダー。あんな力、信用できない…」
警戒の視線が、悠夜に集中する。
ヒナエルは、少女を制する。
「落ち着きなさい。私は彼を制する力がある。利益になるなら、受け入れる。」
彼女の決定は、絶対だ。
少女は不満げに唇を噛むが、従う。
悠夜の心が、弾んだ。
「よし、取引成立!」
このクモ魔獣、絶対に大儲けできる!
頭の中で、すでに利益の計算が始まっていた。
だが、マカカチの悔しそうな視線が、気になる。
彼女は、ただ去るつもりはないかもしれない。
悠夜は、すぐに行動を開始した。
この解剖能力は、この世界に転生した時に得たものだ。
死体を価値ある商品に変える、特別なスキル。
それが、悠夜の生計を支えている。 「骸骨たち、道具を準備しろ!」
彼の命令に、骸骨たちがキビキビと動く。
24本の分解用の刀が、整然と並べられる。
その動きは、一般的な復生された骸骨より、訓練された兵士のようだ。
フォレストエルフたちも、マカカチも、驚いた顔で眺めている。
「死体が…あんなにスムーズに動くなんて…」
「気持ち悪い…でも、便利そう?」
驚きと警戒の声が、混じる。
悠夜は、内心で満足する。
この力は、脅威にもなるが、信頼を勝ち取る武器だ。
マカカチが、嘲るように言う。
「ふん、始めるの? そんな骸骨で解剖なんて、笑えるわ。失敗するでしょ?」
ヒナエルも、無言で見守るが、表情は疑わしげだ。
悠夜は小刀を手に取り、スパイダーモンスターの毒腺を丁寧に刮ぎ取る。
「この毒腺、めっちゃ貴重なんだ。闇市場で高く売れる。」
作業は、手慣れたものだ。
マカカチが、鼻を鳴らす。
「そんなの、誰でもできるわよ。価値なんて、ないんじゃない?」
嘲りの言葉に、フォレストエルフたちも頷く。
次に、獣粉を刮ぎ落とす。
「獣粉は、他の魔獣を追い払う効果がある。回復薬や装備強化にも使えるんだよ。」
彼の声には、自信が溢れている。
ここで、マカカチの表情が少し変わる。
「へえ…意外と知ってるのね。でも、まだまだよ。」
嘲りは続くが、興味が覗く。
続いて、鋸歯の刀で頭部を切り離す。
黒い血がドロリと流れ出し、悠夜は急いで缶に集める。
「一滴も無駄にしない。これ、めっちゃ高く売れるから。」
その手際の良さに、ヒナエルが目を細める。
「ほう…思ったより、熟練しているな。」
驚きの声が、漏れる。
マカカチも、黙り込む。
内臓を慎重に取り出し、分類して缶に詰める。
「この部分は、接骨に使える。あっちは止血効果。こっちは回復薬の材料だ。」
一つ一つ、説明しながら作業を進める。
フォレストエルフたちが、ざわめく。
「すごい…あんなに細かく分けるなんて。」
少女も、驚いた顔だ。
「信じられない…人間が、そんなスキル持ってるなんて。」
ヒナエルは、頷く。
「確かに、価値が上がっているようだ。」
マカカチの嘲りが、驚きに変わる。
「くっ…まぐれでしょ? まだ終わってないわよ!」
さらに、皮と肉を分け、毒牙と魔眼を取り出す。
だが、魔晶は…ない。
「ん? 魔晶、誰かに掘られてる?」
悠夜は首をかしげる。
これは、気になる謎だ。
誰かが先に奪ったのか?
その目的は、何か?
ヒナエルが、眉を寄せる。
「魔晶…確かに、ないな。誰かが…?」
処理を終えた悠夜は、全体の価値を計算する。
「これ全部で、約500ドルはいくはず。いや、もっとかも!」
彼の目が、キラキラと輝く。
一頭の死体が、こんな価値になるとは!
マカカチが、呆れたように笑うが、今度は不服気だ。
「はー? 500ドル? 詐欺師も大概にしなよ! そんな価値、ないわよ! 売るまで認めない。」
彼女の声は、鋭いが、悔しさが混じる。
ヒナエルも、驚きの表情を隠せない。
「予想以上だ。確かに、分割すれば価値が跳ね上がる…。」
だが、不服気な視線を悠夜に向ける。
「しかし、三日後に本当に払えるのか? 信用は、まだ試練だ。」
フォレストエルフたちも、驚きから不服気に変わる。
「すごいけど…人間に負けるなんて、嫌だわ。」
少女が、呟く。
悠夜は気にせず、「毒腺、獣粉、血、器官、皮、毒歯、魔眼、骨格…全部売れる。まとめて売るより、こうやって分けた方が価値を上がるんだ。」
ヒナエルは、無言で悠夜を見つめる。
マカカチは、悔しそうに唇を噛む。
この分件ビジネス、悠夜の未来を変えるかもしれない。 だが、敵も生むだろう。
悠夜は、スパイダーモンスターの死体を、まるで宝の山に変えた。
一頭の死体が、複数の高価値商品に生まれ変わったのだ。
毒腺は、闇市場で高額で取引される。
獣粉は、冒険者や錬金術師に需要がある。
黒い血は、特殊な薬の材料だ。
器官や皮、毒歯、魔眼、骨格…それぞれが、異なる市場で価値を持つ。
悠夜の技術と頭脳が、皆を驚かせた。
だが、魔晶の不在は、謎を残す。
三日後の支払いが、プレッシャーだ。
マカカチの敵意は、未来の争いを予感させる。
骸骨の力は、脅威として見られるかもしれない。
「三日間、絶対に金を用意するぞ。」
彼の心は、燃えていた。