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第19話:ケモノの食卓

空が白み始めた、そんな早朝。

コン、コン、コン。

静かな部屋に響く控えめなノックの音で、マカカチは心地よい眠りから引きずり出された。


「ん……」

まだ完全に覚醒しきらない頭で、ボサボサになった亜麻色の髪を無造作にかき混ぜる。

同じく乱れた淡い黄色のネグリジェ姿のまま、マカカチは大きなあくびをしながら、ベッドから身を起こした。


「……入っていいわよ」

扉を開けて入ってきたメイドは、一礼するとすぐに本題を切り出した。

「マカカチ様、昨夜、例の人間……悠夜様に奇妙な動きがございました」

「!」

その一言で、マカカチの眠気は一瞬で吹き飛んだ。

猫の耳がピクリと反応し、その金色の瞳が鋭くメイドを射抜く。


「どうしたの!?悠夜に何かあったの!?」

身を乗り出すマカカチに、メイドは淡々と、しかし詳細に昨日の悠夜の足取りを報告していく。

財務庁の女、その正体が吸血鬼であること。

そして、その女が悠夜の血を吸ったこと。


そこまで聞いた瞬間、マカカチの中で何かがブツリと切れた。

「……っ!」


バンッ!!

マカカチは勢いよく扉を蹴破るように開け、着替えもせずに廊下を疾走した。

向かう先は一つしかない。

悠夜の部屋の扉を乱暴に開けると、当の本人はまだベッドの中でスヤスヤと寝息を立てていた。


その無防備な寝顔が、マカカチの怒りの炎にさらに油を注ぐ。

「この……バカッ!」

マカカチはベッドに駆け寄ると、両手で悠夜の体を布団から無理やり引きずり起こした。

「うわっ!?な、なんだ!?」

寝ぼけ眼の悠夜を無視して、マカカチはその首筋を強引に確認する。


あった。

くっきりと残る二つの赤い点。

吸血の痕だ。


「……やっぱり」

「あぁ、マカカチか。なんだよいきなり……って、そこは大丈夫だって」

ようやく目を覚ました悠夜が、気まずそうに言う。

「大丈夫なわけないでしょ!吸血鬼に血を吸われて!あんた、あの女の下僕にでもなるつもり!?」

「いや、だから違うって。彼女はロザリアさんといって、数学に滅茶苦茶強いんだ。新しい仲間だよ。それに、俺は吸血鬼の従属になったりしない。そういう契約はしてないから。そもそも、なんでしてる」

「仲間ぁ?あんた、吸血鬼の言うことを簡単に信じるんじゃないわよ!」

「大丈夫だって。ちゃんと話はつけてる」

マカカチはその後も矢継ぎ早に質問を浴びせたが、悠夜は「眠い……あとでちゃんと話すから……」と言って、再び布団に潜り込んでしまった。


その様子に、マカカチはギリッと歯ぎしりしながらも、ひとまず引き下がるしかなかった。

自分の部屋に戻ったマカカチは、窓際に立ち、静かに夜明けの空を眺めていた。


先程までの激情が嘘のように、その表情は冷え切っている。


(……まただ)

また、自分の計画が、自分の知らないところで勝手に狂っていく。


悠夜という最高の『資源』を手に入れてから、常にそうだ。

フォレストエルフ。

そして今度は吸血鬼。

予測不能な要素が、次から次へと湧いて出て、私の完璧な計画を蝕んでいく。


(元老院の老害どもを排除する……そのためには、悠夜の力は不可欠)


失敗は許されない。

いかなる不確定要素も、排除しなければならない。


その時、頭の中で、もう一人の自分の声が囁いた。

『―――なぜ、説得しようとするの?』

冷たく、合理的な声。

プレッシャーに押し潰されそうになるたびに現れる、悪魔のような……しかし、常に的確な答えをくれる人格。


『資産に意思は必要ない。ただ、所有者のために価値を生み出せばいい。それだけでしょう?』


そうだ。

その通りだ。

悠夜は私の資産。

私の道具。

道具が勝手に動くのは、持ち主の管理不行き届きだ。


『感情で動くから、つけこまれるのよ。もっと、冷徹に。もっと、確実な方法で……支配すればいい』

その声に同調するように、マカカチの瞳が悪魔を宿しているようだ。




コン、コン。

別のメイドが部屋の扉をノックした。


「マカカチ様、先日保護したリス人のセルリンが目を覚ましました。ブロドスキーの下水道に、まだ仲間が隠れていると。助けてほしい、と申しております」


その報告に、マカカチの商人としての人格が、一瞬だけ顔を出す。

(シルファンへの貸しを作る好機ね……)

だが、すぐに悪魔の人格がそれを嘲笑った。

『貸し?そんな不確かなものではなく、確実な"駒"を手に入れるべきよ』

マカカチの口元に、美しい、しかしどこか歪んだ笑みが浮かんだ。


そうだ。

不確定要素を監視するための、絶対に裏切らない駒が。


「……わかったわ。その話、他の誰にもしないで。私が直接会いに行く」

マカカチは立ち上がり、部屋を出た。


すると、廊下でちょうど部屋から出てきた悠夜と鉢合わせた。

マカカチは足を止め、真剣な眼差しで悠夜を見据えた。


これは、最後の確認。


もし、彼がこの『取引』に応じるなら、まだ……。

「ねぇ、悠夜。あんた、マカカチ商会に入らない?私とあんたが組めば、きっと無敵よ」

だが、悠夜はその真剣な申し出を、いつもの調子で軽くあしらった。

「何、朝から…… そんなことはお断る」

「……そう」

その言葉が、引き金だった。

「……フン」

小さく鼻を鳴らし、マカカチは悠夜の横をすり抜けた。




マカカチは信頼できる数人の手下だけを連れ、セルリンを案内役にして、ブロドスキーの地下深く、暗く湿った下水道へと足を踏み入れた。


鼻を突く悪臭の中を進むと、やがて粗末な寝床がいくつか設えられた空間に出た。 そこには、怯えた様子のリス人たちが6人、身を寄せ合って隠れていた。


「みんな!この人たちはネコ族で、シルファン様の友達なんだ!僕たちを助けに来てくれたんだよ!」

セルリンがそう紹介すると、リス人たちの警戒心が少し解けた。

マカカチたちは笑顔で食料や毛布を差し出し、彼らとの信頼関係を築いていく。


その姿は、慈悲深い聖女そのものだった。


そして、リス人たちが完全に油断しきった、その瞬間。

「―――今よ」

マカカチの冷たい号令と共に、ネコ族の部下たちが一斉に襲いかかった。

その声には、先程までの優しさの欠片もなかった。


「!?」

非力なリス人たちに、抵抗する術はない。

屈強なネコ族の戦士たちによって、彼らは一瞬で制圧され、手際よく縄で縛り上げられ、口に布を詰め込まれた。


「んぐっ!んぐーっ!」

裏切られたセルリンが、絶望と怒りの目でマカカチを睨みつける。

だが、マカカチは気にも留めない。


しばらくして、ストームが薄汚れたローブの男を連れて現れた。

奴隷商人だ。

「マカカチ様、お待たせいたしました」

「ご苦労。早速だけど、この7匹に『高級奴隷魔法』をかけてちょうだい。最も強力なやつでね」

その言葉を聞いた瞬間、リス人たちの体がビクッと跳ね、恐怖に目を見開いた。


通常の奴隷魔法ですら、抵抗の意思を奪う非道な魔法だ。 だが、『高級奴隷魔法』は次元が違う。

対象の魂そのものを支配し、完全に意のままに操る禁断の術。

しかも、通常の奴隷魔法のように体に紋様が残ることもなく、外部からその呪いを感知することは、魂を直接視ることのできない者には不可能だった。


奴隷商人はニヤリと笑うと、懐から呪印が描かれた巻物を取り出し、地面に魔法陣を展開し始めた。

「では、まずはこちらの嬢ちゃんから……」

呪文の詠唱が始まる。 最初に選ばれたのは、セルリンだった。

彼女の体からおぞましい魔力が立ち上り、その小さな体が激しく痙攣する。

その絶叫は、口に詰められた布によってくぐもった呻き声にしかならない。

それは、魂が砕かれ、作り変えられていく、地獄のような苦痛を伴う儀式だった。


奴隷商人とマカカチを除いて、屈強なネコ族の部下たちですら、そのあまりの光景に目を背けていた。


一人、また一人。

そして、最後の一人というところで、奴隷商人が困ったように言った。


「申し訳ございません、マカカチ様。巻物を一つ、少なく持ってきてしまったようで……一度、店に戻りましょうか?」

「……いいわ、その必要はない」

マカカチは静かに言うと、スッと腰の剣を抜き放った。

その動きに一切の淀みはない。


ザシュッ。

何の躊躇もなく振り下ろされた刃は、最後のリス人の首をいとも容易く刎ね飛ばした。

血が噴き出し、生暖かい飛沫がマカカチの頬を濡らす。


首のない体が、どさりと地面に崩れ落ちた。

これは感傷ではない。

ただの『清算』だ。

不良在庫は、処分しなければならない。


マカカチは返り血を拭うこともせず、呪いで支配された残りの6匹のリス人に、静かに、しかし絶対的な力を持って命令を下した。

「―――そいつを、綺麗に食べなさい」

その命令に、6匹のリス人は、何の感情も見せずに頷いた。


そして、ついさっきまで仲間だったはずの死体に群がり、まるで普段の食事でもするかのように、その肉を引き裂き、骨を砕き、貪り始めた。


バリバリ、グチャグチャという不快な音が、下水道に響き渡る。


マカカチは、その地獄絵図を、どこか満足げな表情で眺めていた。

その瞳に映るのは、狂気的なまでの支配欲。

(……もし、悠夜もこうなれば)

(もし、世界が、すべてこうなれば)

なんて、素晴らしいんだろう。


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