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第12話:フランド帝国へ

数日後。

悠夜は一枚の設計図を広げた。

それは、『工場』の図面だった。

「ヒナエル、俺たちがいない間、これの建設を頼む」

「……わかった。任せておけ」

ヒナエルは力強く頷き、その図面を受け取る。


悠夜は次にマカカチとシルファンに向き直る。

「二人にも、これからの計画を説明しておく」


悠夜が語ったのは、死体を安定供給させるための壮大なビジネス計画。

その全てを聞き終えたマカカチは、驚きと感心の入り混じった表情で悠夜を見つめていた。


彼女の猫耳が、ピクピクと細かく揺れている。

「……すごい。あんた、こんな緻密なビジネスプランを考えてたなんてね」

「なんだ、皮肉か?」

いつものように茶化す悠夜に、マカカチは意外なほど真剣な顔で首を横に振った。


「ううん、本心から言ってるの。まさか、死体を扱うビジネスでここまで考えてるなんて、正直見直したわ」

「そ、そうか……」

素直な称賛に、悠夜は少し視線を逸らした。


その一方で、シルファンは話の半分も理解できていないようだった。

ビジネス?

彼女の頭の上には、たくさんの「?」が浮かんでいる。


「えっと……よくわからないけど、悠夜の言う通りにすればいいんだよね?」

「ああ、そうだ。」

「うん、わかった! それなら任せて!」

難しいことはわからなくても、自分の役目ははっきりと理解できた。


こうして、三人の役割は決まった。

目指すはフランド帝国。

死体を買い付けるための旅が始まる。




出発の日。

ヒナエルをはじめ、多くのフォレストエルフたちが見送りに来てくれた。

「悠夜、気をつけてな」

「ああ。こっちは任せたぞ、ヒナエル」

短い言葉を交わし、悠夜は二人を連れて歩き出す。


どこまでも続く乾いた大地を、三人は北西へと向かって進んでいく。


しばらく歩いたところで、シルファンが素朴な疑問を口にした。

「ねえ、悠夜。どうしてわざわざフランド帝国まで死体を買いに行くの?」

「ん?」

「このカラデン大荒原だって、毎日たくさんの人が死んでるじゃない。ここで買えばいいんじゃないかなって」


純粋な瞳で問いかけるシルファンに、悠夜は苦笑しながら答えた。

「確かに、この大荒原の死亡率は高い。けど、いくつかの問題があるんだ」


「一つは、供給が不安定なこと。毎日人が死ぬといっても、その数は日によってバラバラだ。計画的に死体を集めるのには向いてない」

「ふむふむ」


「二つ目は、総数が少ないこと。死亡率は高くても、そもそも大荒原の人口自体が少ないからな。結果的に、死体の価格が高騰する可能性もある」

「そっかぁ……」


「そして三つ目。一番大事な問題だが……死体の状態が悪すぎることだ。大抵は野盗に殺されたり、魔物に食い殺されたりした連中だ。体がバラバラだったり、損傷が激しかったりして、アンデッドや商品化にするには向かないものが多い」

なるほど、とシルファンは頷く。


「じゃあ、どうしてフランド帝国なの? 何か特別な理由があるの?」

「……」


「それに、カラデン大荒原みたいに身寄りのない人ならともかく、普通では、家族の死体を売る人なんているのかな……?」

「それは、行けばわかるさ」

「え?」


「フランド帝国では、俺たちは一体一体死体を買ったりはしない。領主から、まとめて買い取るんだ」

「領主から……?」

「ああ。死体を売るか売らないかなんて、領主が決めることさ。俺たちはただ、金でそれを買うだけだ」


悠夜の言葉に、隣を歩いていたマカカチが補足するように言った。

「シルファンも、フランド帝国で少し暮らせばわかるわ。あの国が、どういう国なのかがね」


マカカチの言葉には、どこか冷たい響きがあった。

シルファンはますますわからなくなったが、二人がそう言うのなら、きっとそうなのだろうと納得することにした。




夜になり、三人は野営の準備を始めた。

パチパチと音を立てて燃える焚き火が、周囲を暖かく照らす。

火を囲んで座り、簡単な食事をとる。


静かな時間が流れる中、悠夜がふと、向かいに座るマカカチを見て呟いた。

「マカカチは、黙ってれば美人なんだけどな」

「……はあ? どういう意味よ、それ」

「いや、そのままの意味だ。ただ、口を開くと全部台無しだ。まるで口うるさい女将さんみたいだからな」

「なっ……! あんたねえ!」


ガタッと立ち上がり、マカカチが悠夜を指差す。 その耳は怒りでピンと逆立っていた。

「あたしはいつだって美人でしょ! あんたのそのふてぶてしい態度が気に食わないから、つい意地悪言いたくなるだけよ!」

「ほう?」

「新人のくせに、やることなすこと全部規格外で! 人の商売の邪魔ばっかりして!」

「俺は別に邪魔してるつもりはないが」

「してるわよ! ……まったく、見てるとイライラするんだから」

ぷいっとそっぽを向くマカカチ。その姿は、まるで拗ねた猫のようだ。


「まあ、その口をどうにかしないと、頭をパンチするぞ」

「ひっ……!」

悠夜の物騒な冗談に、マカカチは慌てて自分の頭を両手で抱えるふりをした。

「へ、変態ーーー! また、あたしの頭をパンチするの!? このサイコパス!」

「……また始まったか…」

やれやれと首を振った悠夜は、立ち上がるとマカカチの頭に、コツン、と優しく拳を落とした。


「いったぁ!?」

「うるさい」

「……ご、ごめんなさーい」

大げさに痛がるふりをしながらも、マカカチはぺろりと舌を出して謝った。


そのやり取りを見ていたシルファンは、こんなに短い時間で二人の関係がこれほど良くなっていることにうらやましくなった。




旅を始めてから二日が経った。

三人はカラデン大荒原を抜け、周囲の景色は一変した。

乾いた赤茶けた大地は姿を消し、代わりに緑の草木が目立つようになる。

あれほど苛烈だった気温も、過ごしやすい穏やかなものへと変わっていた。


「わあ、涼しい!」

シルファンが気持ちよさそうに深呼吸する。


マカカチとシルファンは、フード付きの服を深く被り、自分たちのミミとシッポを隠した。

「ここからは、人間の国だからね。あんまり目立つ格好はできないわ」

マカカチが言う。


様々な種族が共存するカラデン大荒原とは違い、ほとんどの人間国家は、人間以外の種族には凄く目立つ。


やがて、三人はフランド帝国の国境を越え、ブロドスキーランド州へと足を踏み入れた。 目指すは、この州の主都であるブロドスキー市だ。


見渡す限りの、広大な田んぼ。

その中で、泥にまみれて働く大勢の農民たち。

彼らの着ている服はボロボロで、手にしている農具も、何十年も使い古したかのように錆びついていた。


時折、帝国軍の騎兵や、貴族が乗る馬車が、猛スピードで道を駆け抜けていく。

彼らは道端の農民や、悠夜たちのような旅人のことなど、まるで目に入っていないかのように、一切速度を緩めない。

土埃を上げ、横柄に道を突き進む。


馬車に接触して、泥水の中に倒れ込む農民がいた。

しかし、誰も文句を言う者はいない。

農民はただ黙って、馬車が通り過ぎるのを待つだけ。

その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。

まるで、そんな理不尽に慣れきってしまったかのように。


「……ひどい」

シルファンが、か細い声で呟いた。




やがて、巨大な城壁が見えてきた。

今まで歩いてきた穴だらけの道とは不釣り合いなほど、立派で、よく整備された城壁だ。

城壁の上には、完全武装した衛兵がずらりと並び、鋭い視線を下に向けている。

彼らはまるで城壁の一部であるかのように、城内の貴族や役人と、城外の農民とを隔てる冷たい壁となっていた。


ブロドスキー市の城門には、巨大な三人の石像が彫刻されていた。

剣を掲げた者、弓を構えた者、そして盾を固守する者。


百年前、獣人との戦争で活躍したという三人の人間の勇者だ。彼らの視線は、皆一様に城外へと向けられている。


「昔は獣人、今は魔族ってとこかしらね」

マカチが、吐き捨てるように小さく呟いた。


悠夜は以前にもこの街を訪れたことがあったが、この石像を見ると、今でも言いようのない不快感を覚える。


(三勇者の武器は、一体誰に向けられているんだ?)

(獣人?魔族?あるいは、農民か?)


敵が誰であろうと、彼らが守る対象は常に明確だ。

城壁の内側にいる貴族たち。


城外の農民たちは、この歪な構造を維持するための、ただの消耗品に過ぎない。

(もしかしたら、血の滲むような努力をすれば、役人や兵士ななれるかもしれないな。貴族たちを守るために)




フランド帝国では、農村で行われるのは食料生産のみ。

商業や工業など、それ以外の活動は、すべて都市に集約されている。

そのため、城門の前には、入市を待つ人々の長い列ができていた。


列は、三つに分かれている。

「すごい人の数だね……」

シルファンが圧倒されていると、マカカチが慣れた様子で一番右の、最も人の少ない列に並んだ。


「ねえ、マカカチ。どうして列が三つもあるの?」

シルファンの疑問に、マカカチが説明する。


「一番左の、一番長い列。あれは農民用よ」

「へえ」

「真ん中の列は、役人とか軍人用ね」

「じゃあ、私たちが並んでるこの列は?」

「貴族と、その関係者用の列よ」


マカカチは得意げに胸を張り、懐から一枚の金属製の札を取り出して見せた。

美しい装飾が施された、特別なパスだ。


「あたしはこの町の貴族たちと、取引があるからね。これがあれば、優先的に通してもらえるってわけ」

マカカチが衛兵にその通行証を提示すると、衛兵はすぐに恭しく頭を下げた。


三人はほとんど待つことなく、巨大な城門をくぐり抜ける。

フランド帝国、南東部で最も繁栄している都市、ブロドスキー。


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