第10話:戦利品と猫耳
カラデン大荒原の灼熱の太陽が地平線の向こうへと沈み、空が深い藍色に染まる頃。
悠夜とフォレストエルフの一行は、ようやく旧センニア郡の拠点へと帰還した。
彼らの後ろには、今回の遠征で得た数々の戦利品が続いている。ラクダと奴隷商人の物資。
そして、悠夜のスキル『死体操作』によって作ったアンデッドたちが、残りの奴隷商人の死体とウィルードチキンを運んでいる。
全員が無事に、彼らの新しい拠点である旧センニア郡へとたどり着いた。
「よし、全員、無事到着だ。疲れただろうけど、最後の踏ん張りだぞ!」
悠夜がフォレストエルフたちに声をかける。
フォレストエルフたちは一斉に頷いた。
休んでいる暇はない。
獲物たちは、この灼熱の荒野で長く野ざらしにするわけにはいかないからだ。
まずは、捕獲したラクダとウィルードチキンのための飼育場の建設作業はすぐさま開始された。
「アンデッドたちは石と木材の運搬を!」
悠夜の指示が飛ぶ。
アンデッドたちは文句一つ言わず、黙々と重い石や太い丸太を運び始めた。
フォレストエルフたちは、その器用な手先で木材を組み上げ、石を積み上げていく。
まずは頑丈な木の柵で囲いを作り、ラクダとウィルードチキンが逃げ出さないようにする。
もちろん、気性の荒いウィルードチキンと、比較的温厚なラクダのスペースは、さらに柵で区切った。
ヒナエルが先頭に立ち、慣れない石積み作業で汗を流す。
シルファンは不死者たちに指示を出し、重い資材を運ばせる。
「悠夜、ここの組み方はこれでいいの? ちょっと隙間が空いてない?」
「ああ、大丈夫だシルファン。このくらい開いてた方が風通しがいい。すぐに屋根を作るからな」
カラデン大荒原で生きる種とはいえ、日中の直射日光はきつい。
すぐに簡易的だが、日差しを遮るための屋根、つまり日よけの建設も行われた。
そして、囲いの完成と同時に、太陽は地平線へと沈み、夜の帳が降りてきた。
全員が汗と土にまみれ、へとへとだった。
「ふう……なんとか、終わったね」
ヒナエルが額の汗を拭いながら、大きく息を吐き出す。
「お疲れ様、ヒナエル姉様。あとは獲物を入れるだけ」
「ああ、そうだな」
完成した養殖場に、捕獲したラクダとウイルードチキンを追い込む。
そして、その中で足などを負傷し、長距離の移動が難しい数羽のウイルードチキンが、今日の夕食に選ばれた。
作業を終えたフォレストエルフたちは、もう動く気力さえ残っていなかった。
ある者は自分の部屋に戻り、ある者は本拠地の広間にそのままゴロリと横になってしまう。
そんな中、ヒナエルとシルファンだけは、まだ休まなかった。
二人は戦利品となった奴隷商人の残した荷物や、不死者たちが背負ってきた奴隷商人の亡骸の検分に取り掛かった。
その一方で、悠夜もまた、一人キッチンへと向かっていた。
「さて、今日のディナーは豪華にするか」
『アイテムボックス』から、取り出したのは十数本の精巧な骨のナイフと、様々な調味料。
骨のナイフが走るたび、ウィルードチキンの分厚い皮と肉が、面白いように切り分けられていく。
無駄な動きが一切ない、洗練された解体作業。
切り分けた肉は、筋を丁寧に取り、食べやすい大きさにカットしていく。
その横では、大きな鍋で米が炊かれ始めた。
悠夜は肉に手際よく下味をつけていく。
塩、胡椒、そしてアイテムボックスから取り出した乾燥ハーブ。
熱した鉄板の上に肉を乗せると、ジュウッという食欲をそそる音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。
その匂いは、瞬く間に拠点全体に広がっていった。
「……ん? なんだか、すごくいい匂いがしないか?」
「……本当だ。お腹が、鳴る……」
広間の床で死んだように眠っていたフォレストエルフたちが、一人、また一人と鼻をひくつかせて起き上がる。
皆、ふらふらと、まるで匂いに引き寄せられる蝶のようにキッチンへと集まってきた。
そこには、鉄板の上で次々と焼き上げられていく肉と、湯気を立てる大きな鍋があった。
フォレストエルフたちは、キラキラと輝く大きな瞳で、悠夜の手元をじっと見つめている。
その口元からは、今にも涎が垂れそうだった。
長時間の激しい戦闘と肉体労働。
途中、簡単なカロリー補給はしたが、やはり腹ペコだった
キラキラと輝くフォレストエルフたちの視線に、悠夜は苦笑いしながらも、さらに腕を振るう。
そして、ついに料理が完成する。
香ばしい焼き鳥風のウイルードチキンと、つやつやと炊き上がった米。
「おーい、飯ができたぞー! 早くこっちに来て食え!」
「「「はいっ!!」」」
フォレストエルフたちは、先ほどまでの疲れが嘘のように、元気な返事をして動き出す。
焼き上がったウィルードチキンの肉が盛られた大皿と、炊き立ての米を、手際よく広間の大きなテーブルへと運んでいく。
テーブルに全ての料理が並ぶと、皆、ごくりと喉を鳴らした。
「「「いただきます!」」」
「これ、すっごく美味しい!」
「こんなに美味しいもの、いつぶりだろうね……」
一口食べた瞬間、皆の顔が幸せで満たされていく。
カリッと焼かれた表面と、中から溢れ出すジューシーな肉汁。
絶妙な塩加減とスパイスの香りが、肉の旨味を最大限に引き出している。
そして、ほかほかの白米が、その味を優しく受け止める。
最高の組み合わせだった。
「うっ……うっ……」
中には、あまりの美味しさに、涙を流し始める者までいた。
「どうしたんだ、そんなに泣いて」
隣のフォレストエルフが尋ねると、
「だって……故郷を追われてから、こんなに温かくて美味しいものを食べたの、初めてだから……」
そうだ。
逃亡生活は、常に飢えとの戦いだった。
木の実や草の根をすすり、かろうじて命を繋いできた。
温かい食事など、夢のまた夢だったのだ。
ヒナエルは、そんな皆の姿を、優しい眼差しで見つめていた。
そして、静かに立ち上がると、皆に聞こえるように言った。
「みんな、今日のこの美味しいご飯も、この幸せな時間も、全て悠夜のおかげよ」
ヒナエルの声が響き、フォレストエルフたちの視線が悠夜に集中する。
「もし、悠夜がいなければ、私たちは今もあの暗いの中で、飢えに震えていただろう。この幸福は、悠夜がもたらしてくれたものだ。決して忘れてはならない」
「私たちを助けてくれて、ありがとう!」
フォレストエルフたちが、口々に感謝の言葉を述べる。
その真っ直ぐな感謝の視線を受けて、悠夜は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、俺一人だけの力じゃないさ。みんなが頑張ってくれたからだよ。俺一人じゃ、こんなに幸せな光景を見ることはできなかっただろうからな」
その言葉は、悠夜の本心だった。
賑やかで、温かい夕食の時間が終わると、満足感と心地よい疲労感に包まれたフォレストエルフたちは、それぞれの部屋へと戻っていった。
広間には、ヒナエルとシルファンは悠夜に戦利品を広げて見せる。
テーブルの上には、奴隷商人から奪った様々な品が並べられていた。
「まず、金だ。全て合わせると、2800ドルあったわ」
「ほう、結構な額だな」
「ああ。それから、武器と防具。質はあまり良くないが、数はある。食料と水も十分だ」
「ね、悠夜。これ、なんなんだろうね?」
シルファンが、手を差し伸べてきた。
彼女の手のひらに乗っているのは、手のひらサイズの、奇妙な石板だ。
石板にはシンプルな魔法陣のような紋様が刻まれているが、何の役割があるのか全く分からない。
「同じものが、全部で5枚あったんだ」
悠夜は、その石板を手に取ると、じっと見つめた。
「……なるほどな」
しばらくして、悠夜はにやりと口角を上げた。
「これは、とんでもない良いものだぞ」
「え?」
シルファンが、不思議そうに首を傾げる。
「ああ。これは、簡易的な魔法を複製し、一定の間隔で自動的に発動させることができる魔道具だ」
「魔法を……自動で?」
「そうだ。例えば、ここに『ファイアボール』の魔法を記録させれば、魔力がある限り、延々と火球を撃ち続ける機械が出来上がる」
悠夜は、興奮を隠せない様子で続けた。
「これがあれば、屍体工場の計画を、本格的にスタートできる!」
シルファンは初めて聞く言葉に、目を丸くする。
「工場って、何?」
「ああ。工場、それはな」
悠夜はシルファンの目を見つめ、不敵な笑みを浮かべる。
「工場は、この世界の常識を覆す、俺たちの切り札だ」
その言葉が何を意味するのか、ヒナエルとシルファンにはまだ理解できなかった。
だが、悠夜の瞳に宿る確かな光が、それがとてつもない計画であることを物語っていた。
その時。
ヒナエルの視界の端で、広間の太い柱の陰から、ぴょこりと不自然に揺れているのを見逃さなかったのだ。
フワフワと、わずかに揺れる、茶色い毛。
それは、猫耳。
それは、明らかにフォレストエルフのものではない。
ヒナエルは、会話の途中であったが、音もなく立ち上がると、風のような速さで柱に向かって駆け出した。
そして、そのフワフワした片耳をガシッと掴んだ。
「にゃっ!?」
可愛らしい悲鳴と共に、柱の影から一人の人物がずるずると引きずり出された。
「い、痛い痛い痛い! 耳! 私の大事な耳がちぎれるにゃー!」
涙目でヒナエルの手をぺしぺしと叩いている。
「マカカチ……! なぜお前がここにいる!?」
驚きの声が、静かになった広間に響き渡った。