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第1話:死体は宝箱

カラデン大荒原。 それは、昼は灼熱、夜は極寒という過酷な環境が支配する、広大な不毛の地である。


その荒涼とした大地の一角に、ウルフ族を中心とした獣人集落が形成されていた。

集落の入り口は、巨大な木杭と、魔獣の骨を組み合わせて造られた、荒々しいゲートだ。

ゲートの周囲には、狩りで得た獲物の残骸や、乾かし中の毛皮が風に揺れ、独特の獣臭と、血生臭い匂いが入り混じっている。


一歩集落に足を踏み入れれば、そこは野外の市場のような活気に満ちていた。

オーク族の屈強な戦士が威圧感たっぷりに毛皮を売買し、リザードマンが希少な鉱物を並べている。


中には、どこからか連れてこられた奴隷の人間や、ゴブリンたちが、買い手を探して隅にうずくまっていた。


そんな混沌とした市場の片隅に、彼の露店はあった。

彼――冥川めいかわ悠夜ゆうやは、異世界に転生した、数少ない人間の商人だ。 悠夜の露店は、他の獣人たちの豪快な店とは違い、整然と商品が並べられている。




「ふう……今日も、視線が痛いな」

悠夜は深く息を吐き出し、慣れた手つきでガラス瓶の回復薬を拭いた。


透き通った赤色の液体が、荒原の陽光を反射し、きらきらと輝く。

その隣には、彼が作ったゴツゴツとした骨刀ほねがたなが並んでいた。

それは、ただの骨ではなく、高度な技術で精製され、金属に匹敵するほどの硬度と切れ味を持つ、実用的な武器だ。


ウルフ族やオーク族の荒々しい視線が、常に悠夜に注がれている。

人間が、獣人たちの集落で堂々と商売をしている。それ自体が、この荒原では異質極まりない光景だからだ。


「まあ、いいさ。俺の商品が、ここでしか手に入らない物である限り、彼らは文句を言わない」

悠夜は、この世界を生き抜くための割り切りを身につけていた。


「よお、悠夜! 今日もいい商売してるじゃねえか!」

市場のけんそうを切り裂く、太く響く声が聞こえた。


その声の主は、ウルフ族の頭目、ミカテル。

巨大な体躯に、幾多の戦いで刻まれた傷跡が生々しい毛皮を纏っている。

彼の鋭い金色の瞳は、悠夜の露店の品々を値踏みするように眺めた。


「ミカテルさん、お久しぶりです。お変わりなく。最近の狩りの獲物は上々ですか?」

悠夜は、一切怯むことなく、人好きのする笑顔で迎えた。

ミカテルは、この荒原における重要な情報源であり、そして何より、彼の大切な上得意だ。


ミカテルは、露店の前の木箱に、地面を揺らさんばかりの重さで腰を下ろした。

「狩り自体は、まあ悪くねえ。だが、先日やっかいネズミどもと鉢合わせしちまった」

ミカテルは、忌々しげに舌打ちする。


「奴隷商人の野郎どもだ。俺たちの縄張りを荒らしやがってな。

奴らを追い払うことはできたが、こちらの不意を突かれ、部族の若い衆が二十七人も怪我を負った。

軽傷じゃねえ、手当が急務なんだ」


悠夜は、ミカテルの背後に控えるウルフ族たちをいちべつした。

確かに、数名が血の滲んだ包帯を巻き、痛みに顔を歪めている。


「なるほど。それは災難でしたね」

「それでな、悠夜。頼みがある」

ミカテルは、大きな手を組んで、バツが悪そうに言った。




「奴隷商人の連中を追い払うのに、手持ちの金貨をかなり使った。正直、回復薬をまとめて買って行きたいんだが、ツケにしてもらえねえか?」

荒原の商人にとって、ツケは宿命のようなものだ。


「ツケですか……それは、少し難しいかもしれませんね、ミカテルさん」

悠夜は、やんわりと拒否の姿勢を見せた。

「ですが、現金がないのなら、現物での交換はいかがでしょう?」

「今回の奴隷商人との戦闘で、彼らの死体は回収されましたか?」


ミカテルの表情が、一瞬で凍りついた。彼の部下たちも、その言葉にざわめき立つ。

「死体、だと? ああ、17体ほど、その場に転がっているが……」

ミカテルは、心そこから怪しい顔をした。


獣人は、敵の死体をそのまま荒野に放置するか、せいぜい魔獣の餌にするくらいだ。それを持ち帰るなど、考えられない行為だった。



「まさか、お前、そんなものを商品と交換しろって言うのか? 獲物じゃねぇ、死体だ」

「ええ。現金がないなら、その17体の死体で、回復薬と交換です」

悠夜は、その周囲の反応に慣れていた。

彼の異世界での生活は、常にこの『死体』というキーワードが中心にあった。



「ご心配なく。別に、悪趣味な趣味があるわけじゃありません」

悠夜は、まるで当然のことを話すかのように、冷静な声で続けた。


「ミカテルさん、死体というのは、私にとっては、言ってみれば宝箱トレジャーボックスなんです。人間であれ、獣人であれ、その身体は価値ある素材の塊ですよ」

悠夜は、ガラス瓶の回復薬を軽く持ち上げてみせる。


「骨は研磨して武器に、内臓や体液は、薬の原料になります。この回復薬、この骨刀。全て、不要とされた死体から、私が価値を創造したものなのです」




ミカテルは、長い時間をかけて悠夜の顔と、露店の品物を見比べ、やがて、感心と諦めが混じったような笑みを浮かべた。

「フン……お前って奴は、本当に変人だな。普通は嫌悪する死体に、そんな価値を見出すなんて」

「だが、お前の作る回復薬の効能は知っている。確かに、その変な能力は、認めざるを得ないな」


悠夜は、心の中で苦笑した。

俺は、転生時に神から与えられた『死体分解ネクロ・デコンポジション』という、常軌を逸したスキルに、今も内心で不満を抱えている。

(なんでよりにもよって、死体の能力なんだ、クソ神!)


もし、他の転生者のように、強力な魔法や、無双できる戦闘スキルを与えられていたら、俺は今頃、荒原を駆ける冒険者として、名を馳せていたはずだ。

だが、現実は、死体から素材を抽出し、それを加工して売る、『死体屋』まがいの商人だ。



この世界で生き残るため、俺は己の道徳観を、濁流だくりゅうで流された葉のように、あっさりと手放した。

(仕方ない。俺の道徳モラルは滑り台を滑り落ちたが、命には代えられない)


悠夜は、心の闇を完璧に隠し、冷徹な商人の顔を張り付けて、ミカテルに向き直った。




「さて、ミカテルさん。取引に戻りましょう。部族の怪我人、27人分の回復薬を、17体の死体で、ということでしたが……」

「それは、少々割に合いません」

悠夜は、はっきりと首を横に振った。


「17体のの死体から、27個分の回復薬の材料を抽出ちゅうしゅつするのは、私の技術をもってしても効率的ではない。特に戦闘後の死体は、素材そのものが酷く損傷している」


悠夜は、具体的な数字を提示した。

「17体で交換できるのは、せいぜい17個が限界です。私の店の利益を削って、ギリギリの線ですね。残り十個は、現金でのお買い上げをお願いしたい」


回復薬は一個5ドル。十個で50ドルだ。


ミカテルは、耳元で響く50ドルという数字に、顔をしかめた。

「50ドルか! ちっ……17体の死体だって、俺たちが命懸けで戦って手に入れた戦利品せんりひんだぞ? それに見合う価値はないのか!」


「戦利品の価値は認めます。ですが、17個で交換というのは、私があなたの部族を想って、提示した仁義の価格です」

悠夜は、一歩も引かない。


「では、譲歩しよう。死体17体と30ドルで十個売ってくれ」


「30ドルで十個、ですか? 一個3ドル。それは大赤字ですよ、ミカテルさん。回復薬の材料の原価にも届きません。この価格では、正直、受け入れません」

悠夜は、オーバーリアクション気味に嘆いてみせる。荒原では、少しでも弱気を見せれば足元を見られる。


両者は、しばらく無言で睨み合った。この短い沈黙の中にも、荒原の生存競争の厳しさが凝縮ぎょうしゅくされている。




やがて、ミカテルが、大きく息を吐き出した。

「わかった、17個で交換。そこは譲ろう。だが、残りの十個は……40ドルで手を打ってくれ。これ以上は、部族の生活が立ち行かなくなる」

「40ドル、ですか……」


悠夜は腕を組み、考えるふりをした。40ドルでも利益が出る。だが、ミカテルは、何かを隠している。悠夜はそう直感した。


「……うーん。まだ少し、私の方の利益が薄いのですが」

「ケチくさい真似をするな、悠夜!」

ミカテルは、そう言って、さらに畳み掛けてきた。


「これはな、情報料も込みの値段だと思え! お前にとって、40ドルどころじゃない、莫大な利益を生む情報だ」

ミカテルは、体を悠夜に寄せ、周りに聞こえないように、声をひそめた。


「この荒原の北東、フォレストエルフの部族が、とんでもねえクモ魔獣スパイダーモンスターを仕留めたらしい」

「スパイダーモンスター……!」


スパイダーモンスター。それは、荒原でも滅多にお目にかかれない高ランクの魔獣だ。

全身が素材の塊であり、特に体内で精製される毒腺や、その強靭な皮は、市場で、非常に高値で取引される。

(スパイダーモンスターの死体なら、回復薬どころか、高級なポーションや薬が作れる。)




ミカテルは、確信めいた笑みを浮かべ、悠夜に最終的な提案を突きつけた。

「どうだ、悠夜。奴隷商人の死体17体、回復薬27個。そして40ドルと、このクスパイダーモンスターの情報の交換。これ以上の取引は、この荒原では探せないだろう?」


悠夜は、一瞬たりとも迷うことなく、頷いた。


「……わかりました。お引き受けいたします。40ドルで、残りの十個をお渡ししましょう」

この瞬間、悠夜の中で、次の目標が明確に定まった。人間17体の死体という確実な素材。40ドルという現金。そして、スパイダーモンスターという巨大なボーナス。最高の取引だ。


「助かったぜ、悠夜。お前のおかげで、部族の若い衆は助かる」

ミカテルは、力強く立ち上がり、悠夜に銀貨を数えて手渡した。


「いえ、こちらこそ、良い情報をいただきました。フォレストエルフ族の部族、北東方向ですね。場所の詳細は?」

「この荒原の南西、針葉樹の林のところだ。用心しろよ、フォレストエルフは人間を信用しない。特に、怪しい商人にはな」

「肝に銘じておきます」


悠夜は27個の回復薬をミカテルに手渡し、彼は部族の部下たちを引き連れて、急ぎ足で集落の奥へと消えていった。




ミカテルとの取引が終わり、悠夜は手早く露店を畳んだ。市場の喧騒はまだ続いているが、彼には急がなければならない用事がある。


悠夜は、集落から十分離れた、岩が積み重なった人目につかない日陰へと向かった。 そこには、ミカテルから譲り受けた17体の奴隷商人の死体が、荒々しく横たわっている。彼らの体は、戦闘の末に、骨が折れ、皮が破れ、無残な姿を晒していた。


悠夜は、周囲に人の気配がないことを確認し、深く息を吸い込んだ。

「さて、仕事に取り掛かるか。まずは、忠実なる僕を呼び出す」

彼は荷物から、事前に用意していた数個の骨を取り出し、地面に並べた。そして、静かに、だが魔力を込めて呪文を唱える。


『我が忠実なる僕たち。死者の魂よ、今、現世に形を結べ』


呪文の詠唱と共に、悠夜の足元と、並べられた骨の周りに、青白い光を放つ魔法陣が展開する。その光は次第に強まり、荒原の土の埃を巻き上げ、小さな旋風となった。


ガタ、ガツン。ゴキゴキ。


骨は、まるで意志を持っているかのように、ひとりでに集合し、瞬く間に十数体のアンデッドへと姿を変えた。 彼らは、朽ちた骨と、わずかな魔力で構成された、悠夜の僕だ。

眼窩がんかの奥で揺らめく不気味な光が、彼が発動したスキル『死体操作ネクロ・マニピュレーション』の力を示している。




「分解作業を開始。17体の死体を、長期保存が可能な素材へと『分解デコンポジション』」

悠夜は、その冷酷な指示を出した。


アンデッドたちは、即座に17体の死体へと向かった。彼らは、人間としての感情を持たない。彼らにとって、死体はただの物体であり、素材でしかない。


悠夜のスキルが発動する。死体に青白い光のオーラが注ぎ込まれ、見る間に、その形が崩れていった。


骨、臓器、血液、体液、皮。 全てが、魔法の力で部位ごとに分離され、濃縮のうしゅくされていく。

血液は血晶けっしょうに、内臓や特殊な分泌物は、小さな特殊な粉末へと変わる。骨は、研磨に適した高密度の塊へと変化した。


この工程を経ることで、素材は腐敗することなく、安全に、そして何より軽くなる。

それらの素材は、悠夜の『アイテムボックス』へと、次々と収納されていった。




分解作業が終わる頃には、17体の死体は、跡形もなくなっていた。その場に残ったのは、微かな血の匂いと、土埃だけだ。


「よし、アイテムボックスに入らない、売れ残りの骨刀や、空になった薬瓶の箱がある。運搬を手伝え」


アンデッドたちは、無言で荷物を黙々と担ぎ上げる。彼らは、最高の運び屋だ。


悠夜は、荒原の北東、森が広がる方向を眺めた。ミカテルから得た情報が、彼の胸を高鳴らせる。

「次は、フォレストエルフ族の部落へ向かうぞ。クモ魔獣スパイダーモンスターの死体……あの巨大な宝箱、逃すわけにはいかないからな」



口元に薄い笑みを浮かべ、悠夜と十数体の骨の部下たちは、荒原の風を背に受けながら、新たな商機と莫大な利益を求め、静かに歩みを進めるのだった。


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