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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
99/128

episode99「Another princess-11」

 鋭い一撃が兵士の顔を、原型を留めぬ程に歪めた。容赦なく叩き込まれた拳が顔面を破壊し、兵士は呻き声を上げながらその場へ倒れ伏す。

「撃てェッ!」

 兵士の一人が倒されたことに動揺しつつも、兵士の内一人がそう全体へ命ずる。すると、チリーへ向けられていた銃口から先程と同じよう、一斉に弾丸が発射された。

「あああああああああッッ!」

 素早く、横たわっている彼女を両手に抱き、チリーはその凄まじい跳躍力で全ての弾丸を回避する。まさかミレイユを抱いた状態であそこまで跳べるとは想定していなかったらしく、兵士達は表情を驚愕に歪めた。

 ――――お会い出来て光栄ですわっ!

「テメエらァ……ッ」

 一人の兵士の頭の上へ、蹴りを入れる形で一度着地すると、そのままチリーはもう一度高く跳ねる。

 ――――私は、チリー様に会うためにアクタニアまで来たんですのっ!

「テメエらァァァッ!」

 チリーは上空でミレイユを思い切り上へ投げると、今度は地面へ着地し、その場にいた兵士へ殴りかかる。引き金を引かせるよりも早くノックダウンさせ、チリーは銃を持つ者から順に、手当たり次第に一撃でノックアウトさせていく。

 ――――私には……私のことをそんな風に思って下さる相手なんて……いませんもの。

「テッメェェェェらァァァァァァッッ!」

 落下する彼女ミレイユを見事にキャッチすると同時に、空いている両足で兵士達を蹴り倒していく。

「このクソガキがァッ!」

 不意に、チリー目掛けて一発の弾丸が放たれた……が、チリーはミレイユを左手だけで抱き抱えると、右手に大剣を出現させ――

「こんなモンで……こんなモンでェェェッ!」

 ――――チリー様だけが認めてくれた……。

「この俺を止められるとッ! 思うなァァァァッ!」

 あろうことか、その弾丸を切り裂いたのだ。

 究極のニューピープルであるチリーへ備わっている、人間を越えた身体能力。激情によって極限まで引き出されたソレは、通常のチリーの身体能力を遥かに陵駕する。

「ッだァァァァッ!」

 すぐに大剣を消し、空いた右拳で先程チリーへ銃を撃った兵士を殴り倒す。

 もう、誰にも止められない。何人いようが、何発弾丸を用意しようが、殺すどころか止

めることすら出来ない――――それが今の、チリーだった。


 ――――忘れないで。




 うずたかく積み上げられた人の山……その頂点に、チリーは肩で息をしながら立ち尽くしていた。

「……許さねェ……」

 生暖かく、透き通ったしずくが、チリーの目からこぼれ落ち、冷えた彼女の身体をほんの少しだけ温めた。

「テメエらだけは……テメエらゲルビアだけはなァッ!」

 夜空を仰ぎ、チリーは再び――慟哭した。





 圧倒されていた。

 その俊敏な動きに。その巧みなナイフ捌きに。その鋭い殺気に。

 とてもじゃないが目で追いきれる速度ではなかった。先程の倍――否、四倍。この男の身体能力こそが、人体の限界なのではないかと錯覚する程に、その動きは常軌を逸していた。

 ――――これが……これが兄さん……の……本気……!

 ナイフの刃が、クルスの頬を掠めた。

 クルスの頬から薙がれた血が、カンバーの頬を赤く汚した――が、カンバーはそれに対して表情を変えず、まるで機械のような瞳でクルスへ視線を向け直し――――クルスの顎目掛けてカンバーは回し蹴りを放った。

 見事に顎へ直撃したカンバーの右足は、見事なまでにクルスの脳を揺さぶった。

「が……ァ……ッ!」

 ドサリとその場へうつ伏せに倒れたクルスの身体を、カンバーは転がして仰向けにすると、その喉元へ素早くナイフを突きつけた。

 ――――やっぱ……勝てないか。

 心の内でそう呟き、死を覚悟してクルスは目を閉じた――が、クルスの予想に反して、突きつけられていたナイフは振り下ろされなかった。

 そっと閉じていた目を開けて見れば、そこには震える右手を左手で抑え、顔をしかめているカンバーの姿があった。



 ――――殺スベキダ。ソノ女ハ全テヲ見テイタ。

 脳裏に響く己の声に、カンバーは初めてかぶりを振った。

 これまではずっと従ってきた。ずっとそうしてきた。

 ターゲットは速やかに殺害。目撃者も速やかに殺害。残るのは死体と――虚無感。

 命を奪うことに躊躇はない。命を奪うことこそが仕事だ。そうしなければ生きていけない、そうすることでしか生きていけない。不器用な生き物になってしまった。

 だからこそこのナイフは、振り下ろすべきだ。

 既に目を閉じ、覚悟を決めている少女。馬乗りの体勢で、喉元へナイフを振り下ろせずにいるカンバー。ただ静かに時だけが流れていく。

「もういいから……早く殺してよ……」

 先程まであんなに許しをこうていた。先程まであんなに生へしがみついていた彼女は、今はもう生を手放し、己が命をカンバーへと差し出している。

「早く、殺して」

 ――――アア、ソウスルツモリダ。

「でも、許さない」

 呟くような声音で紡がれたその言葉が、じっくりとカンバーの中を流れていく。

 許さない。少し耳を澄ませばどこででも聞けるような、ありふれているとさえ言えるその言葉が、これ程までに……まるで言霊の如く重みを持つなどとは、カンバーはその瞬間まで思いもしなかった。

「死んだって許さない」

 怖かった。恐ろしかった。自分の戦力の、十分の一にも満たぬこの少女のたった一つの言葉――その「許さない」の一言が、カンバーにはたまらなく恐ろしかった。

 取り返しのつかないことをしてしまったのだと、これでもかという程に実感させられた。


 初めて、命を奪うことに後悔を感じた。


 以来、彼は刃を捨てた。



「怖いんですよ……奪うのが……。これ以上、俺には奪えない……」

 そこに先程までの鋭さはなく。そこに先程までの殺気はなく。そこに先程までの死神はなく……。

 存在るのは、ただの青年だった。

「幾度も奪ってきました。老若男女人種問わず、幾度も命を奪ってきました……生きるために」

 独白し始めるカンバーに対して、クルスは何も言葉を発することが出来ないまま黙り込んでいた。

「クルス……貴方は、後悔したことがありますか?」

 命を、奪ったことに。

 カンバーの問いに、クルスは答えられないままでいた。

 ただ静かな時が訪れた。

 いつの間にかニシルとリエイも動きを止め、カンバーとクルスの方を凝視したままでいる。

「兄さんに……兄さんに、何があったかは……知らない」

 しばしの沈黙の末、クルスは閉じていた口を開いた。

「ただ……羨ましかった……。兄さんの才能に嫉妬して、兄さんの持っているもの欲しくて……僕は……」

 ただ、嫉妬していた。

 そう付け足して、クルスはそのまま語を継いだ。

「それなのに兄さんは……僕の欲しかったものを全部投げ捨てて、僕らの前から姿を消した。才能も、地位も、金も……リエイも」

 その言葉に反応したのはカンバーではなく、ニシルと共に遠巻きにカンバー達を見つめていたリエイだった。

「私がクルスを……一人にした。三人で一つだった輪を、二人と一人に――二つの輪にしてしまった」

 ――――これは……罪滅ぼしよ。

 リエイが口にした言葉の意味を、ニシルは理解した。憶測に過ぎないが、彼らの間に何があったのか……ニシルは把握しつつあった。

 自分の望む物を全て持った兄への嫉妬……クルスは、カンバーを越えることでそれを乗り越えようとした。兄以上の存在になることで――――

「……帰りますから」

 そっと。突きつけていたナイフを投げ捨て、カンバーはニコリと微笑んだ。

「全てが終われば、きっと帰りますから」

 無意識の内に、クルスは涙を流していた。もう何年ぶりともわからない涙に、クルスは戸惑いの色を隠せないまま、それでもカンバーへ――兄へ視線を向けた。

 ――――ああ、そっか。全部飾りか。

「だから、リエイと二人で待っていて下さい」

 ――――口にした理由は何もかも、所詮飾りでしかなかった。僕は……僕はただ……

「兄さんに、帰ってきてほしかった」

 嗚咽交じりに、クルスはそう言った。

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