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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
98/128

episode98「Another princess-10」

「何だ……何なんだこれは……!?」

 周囲に生まれた分厚い氷の壁。トレイズとマリオンのいるその場所は、まるで氷の部屋。正方形の氷の部屋に、マリオンはトレイズと共に閉じ込められる形になっているのだ。

「……確かに凄まじい神力だ……これ程のものを創り出すとはな……だが!」

 ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべるマリオンだったが、トレイズは表情一つ変えないままマリオンへぼやけたままの視線を向けている。

「俺には関係ない。こんな場所に、俺を閉じ込めることは出来ない!」

 マリオンがそう言った瞬間、トレイズの前からマリオンは姿を消した。

 瞬間移動。マリオンはその能力で、この氷の部屋から脱出した――かのように見えた。

「無駄だ」

 ボソリと。呟くようにトレイズがそう言ったのと、瞬間移動して外に出たハズのマリオンが、再びトレイズの前に現れたのはほぼ同時だった。

「阻まれた……ッ!?」

「高密度の俺の神力によって生み出された氷の壁は、貴様の神力を阻む」

 脱出不可能。トレイズの神力によって形成された氷は、外に出ようとするマリオンの神力を阻み、その脱出を防ぐ。マリオンの神力が根本的な意味でトレイズを越えない限り――マリオンでは、この部屋を出ることは出来ないのだ。

「そんな……そんな馬鹿げたことが……ッ!」

 言いつつ、マリオンは再び姿を消し――

「あってたまるかァァ!」

 トレイズの背後へ現れ、トレイズに殴りかかった――――その瞬間だった。

 ザクリと。マリオンの身体に何かが突き刺さる。背中から刺さったソレは、マリオンの胸部を貫通し、その鋭い先端を外気にさらした。

「な……に……」

 マリオンの背後の氷の壁から、鋭く尖った氷柱が突き出されていたのだった。マリオンは、トレイズがこの氷の部屋を出現させた理由を理解した。

「捕らえられない俺を……氷柱コレで確実にしとめる……ためか……ッ」

 口から大量の血を吐きつつそういうマリオンへ、トレイズは背を向けたまま表情一つ変えずにフンと鼻を鳴らした。


「この俺の視界全てが氷の領域であり……俺の領域だ……ッ!」


 その言葉と同時に、トレイズとマリオンを覆っていた氷の壁は、マリオンに突き刺さっていた氷柱ごと砕け散り、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。

 血を流しながら、その場にドサリと倒れているマリオンを一瞥し、トレイズは小さく溜息を吐くと、その場へ膝から崩れた。

「流石に……ダメージを受け過ぎたか……」

 呟き、その場へトレイズはドサリと倒れ伏した。





 四方八方から銃口を向けられた状態で、チリーはどうにも出来ずに歯噛みした。自分だけなら跳躍することで銃弾を避けることが出来る自信があったが、体重の軽そうなミレイユとは言え、人間一人を抱えた状態でそこまで跳躍出来る自信はなかった。

 それに、向こうはチリーがニューピープル……それも『白き超越者』と呼ばれる究極のニューピープルであることを知っているハズだ。チリーの身体能力は想定内――跳躍したところで、それを想定されていたら終わりだ。確実に撃たれる。

 せめて一人なら……この状況を打開することが出来た。

「天下のゲルビア様も無様なモンだぜ……こんなガキ一人殺すのに雁首そろえてよォ……」

「ただのガキではない。『白き超越者』は大型の猛獣を殺すつもりで行け――そうニコラス様は仰っていた」

 向こうは、チリーのことをガキだとなめていない。なめられるよりは気分が良いが、向こうがこちらをなめている、という隙に付け込めそうにないのが、この状況では痛い。

「それに、俺の後ろにいんのはテメエらの国の姫だろ……? お前らが一斉に撃てばコイツは……」

「レプリカの姫など人質に取っても意味はないぞ。我々は既に、ニコラス様からその姫が単なるレプリカであることを聞いている。そして陛下からも直々に許可をいただいている」

 兵士の言葉に、ミレイユは表情を驚愕に歪めた。

「邪魔になるようなら、殺してしまって構わんとな」

 兵士のその言葉に対して、ミレイユが何かを言おうとするよりも先に反応を示したのは――チリーだった。

「ふッざけんじゃねえッ! レプリカだと……殺してしまって構わねえだと……!? テメエらは……テメエらの王が何言ってんのかわかってんのか!?」

「お前は、新しい道具を手に入れた時、古いものを取っておくのか?」

「物じゃねえッ! ココにいるミレイユも、テメエらが連れ去ったミラルも、物じゃねえんだよッ! 道具と一緒にすんな!」

 怒りを露にして怒鳴り散らすチリーへ、兵士達は銃を構え直す。その音に、チリーは肩をびくつかせた。

「もう良い。話していても仕方がない……撃て」

 チリーの正面にいる兵士がそう命じた――とほぼ同時に、一斉にチリーの周囲を囲んでいた兵士達の、銃の引き金が引かれた。

「――ッ!」

 乾いた銃声が周囲に鳴り響き、チリーの周囲を取り囲むいくつもの銃口から、一斉に弾丸が発射される。

 死を、予感した。

 一気にチリーの脳裏を、同時にいくつもの思考が駆け巡る。

 ――――こんなとこで死ぬのか!?

 ――――まだミラルを助けてねえ!

 ――――赤石だってまだ取り返してねえ……!

 ――――ゲルビアまで……ハーデンのとこまで後もう少しだってのによォ!

 ――――せめてミレイユだけでも助けねえと!

 ――――どうにかならないのか!?

 ――――俺もミレイユも、どっちも助かる方法は!?

 ――――もう駄目だ、撃たれちまう!


 ――――もう、終わりかよ。


 瞬間、チリーの身体は勢いよく押し倒された。

「な――ッ!?」

 視界が低くなり、チリーの体勢は一気に崩れ、その場へドサリと仰向けに倒れる。そんなチリーに覆い被さるようにして――

「チリー様っ!」


 ミレイユが、弾丸を全身に浴びていた。


 腰に。胸に。足に。腕に。肩に。頭に。ほぼ全身に弾丸を浴びせられ、ミレイユは血を流しながらチリーへ覆い被さっていた。

「何だよ……それ……」

 呆気に取られた様子で、目を見開いたまま呟くチリーに、ミレイユは苦痛に対して表情を歪めようともせず、ニコリと微笑んだ。

「何……!?」

 兵士達にとっても思いもよらない行動だったのか、兵士達も動揺を隠せないままうろたえていた。

「何……やってんだよ……」

 ポタリと頬にこぼれ落ちた、彼女の赤いしずくに生暖かさを感じつつ、チリーは呟くような声でミレイユへそんなことを言った。

「良かっ……た……」

「良かったって……何がだよ……これの何が良いんだよ……」

「無事で」

 そう言って、ミレイユはチリーへ抱き付くようにしてその場へ崩れた。その血にまみれた華奢な身体を、チリーは慌てて受け止めると、身体をゆっくりと起こした。

「私は……お父様の道具でも……ミラルの……代用品でも……ない……」

「何言ってんだよ……もう喋るんじゃねえよ……ほら、すぐ治療出来るとこ連れてってやるから……」

「私は……ミレイユ」

 ポトリと。赤いしずくに混じって、透き通ったしずくがこぼれ落ち、チリーを濡らした。

「チリー様だけが認めてくれた……」

「おい……しっかりしろよ……目ェ閉じようとしてんじゃねェよ!」

 必死にそう叫んでミレイユの身体を揺さぶるチリーに、ミレイユはもう一度微笑んだ。

「私は、ミレイユ……」

 冷たい、血に濡れた両手が、チリーの両頬に触れた。ミレイユは最後の力をふりしぼるかのように両手でチリーの顔を、自分の顔へ近づける。


 冷たい唇が、チリーの唇へ触れた。


「忘れないで」

 唇を離し、それだけ呟いて――ミレイユはそっと、閉じかけていた目を完全に閉じた。

「お、おい……何……寝てんだよ……」

 震える唇が、震えた声を紡ぎ出す。

「目ェ……開けろよ、おい……」

 揺さぶり、頬を軽く叩いても、ミレイユは目を開けようとはしなかった。先程までチリーの頬に触れていた冷たい両手は、今は力を失ってダラリと下げられている。

「おい……起きろって……おい……!」

 震えるチリーの語気が、徐々に大きくなっていく。しかしどんなに揺さぶっても、彼女の身体は受動的にしか動かない。

 徐々に、チリーの表情から血の気が引いていった。

 冷たい彼女の身体と、無数の弾痕と、流れ続けている血が、チリーへ現実を突きつけた。

「おい……ふざけんな……おい……ッ!」

 どれだけ呼びかけても、答えがないのは明白だった。

「おい起きろよ……起きろって……」

 ――――忘れないで。

 そう言った彼女の名前を、チリーは怖くて呼べずにいた。呼べば気付くことになる。その名を呼んでも、もう誰も応えないのだと。チリーは気付きたくなかった――否、既に気付いていながら、懸命に気付かないフリをした。

 しかしそれでも、呼ばずにはいられなかった。確かめずにはいられなかった。

「なあ……ミレイユ……」

 その言葉には、誰も応えない。ただ静寂だけが、チリーへと返った。

「あ……ああ……うああああああああああああッッ!」


 慟哭が、静寂の中で響き渡った。


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