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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
97/128

episode97「Another princess-9」

 ナイフとナイフの、激しくぶつかり合う音が辺りに響いた。振り下ろされたクルスのナイフを、カンバーがナイフで受け止めたのだ。

 クルスはナイフを防がれるのとほぼ同時に一歩後退し、カンバーの頭部目掛けて左足で回し蹴りを繰り出す。カンバーは素早く身を屈めると、右手に持っていたナイフを左に持ち替え、右拳をクルスの腹部へと突き出す――が、クルスは右腕でカンバーの右拳を防ぐと、高く上げていた左足で前へ踏み込み、空いてる左拳でカンバーの顎目掛けてアッパーを繰り出したが、カンバーは上半身ごと頭を右にそらし、クルスのアッパーを回避する。

「――――ッッ!」

 アッパーを回避されるとは思っていなかったらしく、クルスの目に驚愕の色が映る。カンバーはそれに目を向けようともせず、左拳を振り上げて腰だけを右へひねり、その勢いで、まるでボールを投げるかのような動作で上からクルスの顔面目掛けて左拳を振り下ろした――が、クルスは身をかわしてそれを回避し、今度は右足で回し蹴りをカンバーの腹部目掛けて放った。

「ぐ……ッ!」

 左拳を振り上げたことでガラ空きになっていたカンバーの胴の左側に、クルスの回し蹴りがクリーンヒットし、傍にあった木の幹まで吹っ飛ばされた。

 幹に右半身が激突し、苦痛に表情を歪めるカンバーの元へ、クルスが悠然とした態度で歩み寄っていく。

「まだだ……兄さんの実力はまだそんなものじゃないハズだ……。それに――」

 カンバーが回し蹴りを回避した後……カンバーは右手に持っていたナイフをわざわざ左に持ち替え、素手になった右手でクルスを殴ろうとしたのだ。クルスにはそれが許せない。

 ――――手加減されている……!

 あの時ナイフを突き出していれば、ガードされはしても確実にダメージを与えることが出来たハズだ。それなのにカンバーは……

「僕を馬鹿にしているのかッッ」

 木の幹によりかかるようにして倒れているカンバーの顔面目掛けて、クルスは前蹴りを容赦なく放つ。

 しかしクルスの予想に反して、カンバーはそれを避けようとしなかった。

「え……」

 カンバーの後ろ頭が幹と足に挟まれて鈍い音を立てると同時に、カンバーのかけていた眼鏡が音を立てて割れた。

「クル……ス……」

 額からダラリと血をたらしつつ、カンバーは呟くようにそう言ってニコリと微笑んだ。

「気は……すみましたか?」

「……ッッ……ッ……ああァァッ!」

 カンバーのその言葉に一瞬戸惑うような表情を見せたが、やがてクルスは言葉にならない呻き声を上げ、その顔を激怒の色に染めた。

「馬鹿にするのもいい加減にしろォォォォ!」

 雄叫びが如き声を上げると、クルスは先程と同じように右足で前蹴りをカンバーの顔面へ放つ。そしてそのまま狂ったように何度も何度も何度も何度も、クルスはカンバーの顔面をその右足で踏みつける。既にカンバーのかけていた眼鏡はグチャグチャに壊れ、原型を留めぬ姿でポトリと地面へ落ちた。

 ――――気は……すみましたか?

「何がッ……何がッ……」

 先程のカンバーの笑顔を脳裏に過らせつつ、クルスは尚もカンバーの顔を踏み続ける。

「何が気はすみましたか? だ……ッ! ふざけるなァァァァッ!」

 もう何度目ともわからない蹴り……これで最後とでも言わんばかりに渾身の力を込め、カンバーの顔面へ放った――――その時だった。

 ガッシリと。クルスの右足はカンバーの右手によって掴まれる。

「もうやめましょう、こんなこと……。でないと俺は、弟である貴方に本気を出さなくちゃいけなくなる」

 クルスの右足を掴んだままそう言ったカンバーの言葉が、更にクルスを激怒させた。

「いつまで上から目線なんだ……!? 今の僕らは兄弟なんかじゃない……対等だ! そして僕は今から、お前を越え――」

 クルスが言い終わるより先に、カンバーはクルスを、掴んでいる右足ごと突き飛ばした。

 そしてカンバーは立ち上がると、そのまま呆気なく仰向けに倒れたクルスへ、チラリとだけ視線を落とした後、スッと身構える。いつの間にかナイフは右手に――それも逆手に持ち替えられていた。

「そんなに言うなら相手になろうか」

 口調の違い。雰囲気の違い。殺気の――違い。

 無意識の内に、クルスは身震いした。





「ハァッハァッ……」

 視力が回復しないまま、トレイズはマリオンからの攻撃を受けつづけていた。

 頭部。腹部。肩。足。様々な部位へ執拗なまでの打撃ダメージを与えられ、既にトレイズの身体はボロボロだった。ハッキリとはわからないが、左腕からは折れているかのような激痛さえ感じる。

 それでも立ち続けるトレイズに、マリオンは少しではあるものの驚嘆の意を隠せずにいた。

「よくやるよ、アンタ。まだ見えないんだろ?」

 マリオンの問いに、トレイズは答えない。ただ息を荒げたまま、折れているであろう左腕を右腕で押さえている。

「反撃も出来ない、これ以上の激痛を恐れて能力は使えない……そんなんでよくやるよなぁ……」

 言いつつ、マリオンはトレイズへ歩み寄り――

「ホントッ!」

 トレイズの胸部目掛けて右足で強烈な前蹴りを放った。

 そのままトレイズは後方へ吹っ飛び、ドサリと音を立ててその場へ倒れ伏す。

「あの……何だっけ? アレク何とか? あの王様の仇取るんだって?」

 嘲るようにそう言って、マリオンはそのまま言葉を続けた。

「アイツ、イカレ博士共に改造されたんだったっけ? 写真で見たけどスッゲ―アホ面になってたよなぁ……」

「黙れ……」

 呻くようにそう答えたトレイズに対して、マリオンは嘲りの笑みをこぼす。

「あの面で一国の王だってんだから、最高に笑えるよなぁ」

「黙れと……言っている……」

 使い物にならない左腕をダラリと下げ、トレイズは無理に立ち上がると、見えない目でマリオンがいるであろう方向をギロリと睨みつけた。

 その視線がピタリとマリオンに一致し、マリオンは少しだけ表情を変えた――が、すぐに、トレイズにまだ視力が回復していないことに気が付き、再び表情に余裕を取り戻す。

「じゃあ、黙らせてみるかい?」

 笑みを浮かべる――と同時にマリオンはトレイズへ接近し、その右拳をトレイズの顔面目掛けて突き出した――――が、その右拳はマリオンの予想を大きく外れ、あろうことか見えていないハズのトレイズによって止められた。

「な……ッに……ッ!?」

「少し考えればわかることだ。この状況、何ら変わりない」

 グッと。掴んだマリオンの拳をトレイズは握り締める。彼の痩躯からは想像しがたい握力に、マリオンは顔をしかめ、すぐに右拳をトレイズの右手の中から引っこ抜き、数歩距離を取る。

「暗闇と同じだ――――何も見えないという点では、今の状況は暗闇と何ら変わりない」

 ――――そして俺は、暗闇での戦い方を知っている。

 心の内でそう呟き、トレイズは左腕をダラリと下げたまま、右腕だけで身構える。既に両目の痛みは引いている。後は視力の回復を待つだけだ。視力が戻るまで――

防御け続けるのみ……ッ」

 先程よりも焦りの見える表情を見せるマリオンが繰り出す、腹部への右回し蹴りを、トレイズは左足で防御する。

 王の護衛。いつ如何なる時でさえも、外敵から王を護衛まもるその仕事は、決して簡単なものではなく、その仕事を完遂するために行われる訓練もまた、想像を絶する。暗闇での戦闘など、暗殺者を相手にすることを想定すれば、当然に等しい。

 故に。だからこそ――

「何故だ……何故防ぐことが出来る……何故防御出来る……!?」

 何も見えない状態で、相手の気配を察知して攻撃を防御することなど、トレイズにとってはさほど難しいことではなかった。

 両目の激痛、その上能力も使えない状態で、更に視界を奪われたことによって生まれる焦燥感。それらが先程のトレイズから冷静さを奪っていた。

 だがそれは、先程までの話。

「だったら――」

 不意に、感じていたマリオンの気配が消える。そのことにトレイズが表情を変えたのと、背後からマリオンの蹴りがトレイズの背中へ直撃するのはほぼ同時だった。

「見えてても防げない攻撃なら、気配もクソもねえだろ」

 見えずとも、今のマリオンがほくそ笑んでいることは明白だった。

「いや、もう十分だ」

 準備は、整った。

 呟くように付け足して、トレイズは背後へ振り向き、しっかりマリオンへを向けた。

「まだ完全ではないが、十分だろう……」

 まるで目が覚めた直後であるかのような、ぼやけた視界ではあったものの、トレイズの目はしっかりとマリオンを見据えていた。

「見えたところで関係ない……お前は俺を……」

「捕らえられない、か?」

 痛む左腕を押さえつつも、トレイズは不適に笑みを浮かべると、右手を左腕から離し、大きく広げた。

「何を――」

 言いかけ、マリオンは変化に気がついた。

 パキパキと音を立て、マリオンの足元が凍り始めているのだ。今は地面が凍るような季節ではない。そもそも、この地域で地面が凍るような寒さなどあり得ない。しかし地面は今、凍り始めていた。

「試してみるものだな……」

 トレイズとマリオンの足元は完全に凍りつき、やがて氷は二人の周囲に壁を形成し始める。そのあり得ない状況に、マリオンは同様を隠せずにいた。

「こんな……こんな馬鹿げた神力……!」

「拒絶反応を起こす程だ。これくらい出来ねば……」

 損というものだろう。


 上下左右二人の周囲全てが、分厚い氷の壁によって覆われていた。


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