表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
96/128

episode96「Another princess-8」

 ナイフからポタポタと滴る血が、床を赤く汚す。ナイフを持つ右手はだらりと脱力した状態でさげられており、彼の――まるで生き物ではないかのような、感情の込められていなかった瞳には「戸惑い」という感情が数年ぶりに映っていた。

「お願い……! もう許して……っ!」

 悲痛な、目の前の少女の声。普段なら耳を貸すハズのないその声に、その時彼はどうしてか耳を傾けていた。

「殺さないで……」

 誰をだ?

 その少女をか?

 チラリと。少女から目をそむけて、傍に横たわる物言わぬ屍へ視線を向ける。鋭利な刃物で急所を一刺し、十秒と経たない内に生命活動を絶やしたソレが、瞳孔の開いた瞳でこちらを見ているかのような錯覚を覚えた。

 殺さなければならなかった。

 それが仕事だった。

 殺すことは、生きること。他者を殺すことで、生きる糧を……金を手に入れる。

 汚れた仕事だ。そんなことは始める前からわかっていたことだ。

「お父さんを殺して……私を殺して……次は、誰を殺すつもりなの……?」

 その少女の問いに答えることなど、出来ない。ターゲットの選択は自分には出来ないし、する必要はない。クライアントの要求通りに殺し、糧を得る。それだけの簡単な仕事で……単純な生き方だ。

「確かにお父さんは悪い人だった……だけど、殺すことないじゃない……っ……ねえ、もう許してよ……っ」

 涙ながらに懇願する彼女の声を拒絶するかのように、そっとかぶりを振る。そしてナイフを、少女へ向けた。





「兄さん? 兄さんって……おいカンバー、コイツって……」

 困惑した表情で問うてくるニシルへ、カンバーは静かに頷いた。

「ええ、彼は……クルスは、正真正銘……俺の弟です」

 カンバーの言葉に、ニシルは表情を驚愕に歪めつつ、カンバーとクルスの顔を交互に眺めた。カンバーが眼鏡をかけているせいでわかりにくいが、確かに兄弟らしい……どこか似通った顔をしている。

「ああそうだよ。僕は兄さんの、カンバーの弟だ。依頼達成率十割、死神と呼ばれた最強の暗殺者……カンバーのね」

「最強の暗殺者って……ッ!」

 クルスの言葉に驚きつつも、ニシルはどこか納得をしていた。東国の地下洞窟でダニエラとの戦闘になった際、神力を持つダニエラに軍配が上がってはいたものの、単純な身体能力でだけなら、明らかにカンバーの方が勝っていた。神力を持たない中ではトップクラスの強さを誇っていると言っても良いカンバーの実力を知るニシルからすれば、クルスの語ったカンバーの経歴に違和感はさほど覚えなかった。

「……昔の話です」

 カンバーは短く嘆息をしつつ、これ以上そのことには触れないでほしい、と言わんばかりの表情を浮かべた。

「それで、わざわざ俺の過去を仲間にバラすためにこんなところにいるわけではないでしょう?」

 カンバーが眼鏡の位置を右人差し指で修正しつつそう問うと、クルスは頷く代わりに笑みを浮かべ、ナイフを取り出すとカンバーの足元へ投げてよこした。

「僕はアンタを殺してアンタを越える……。そのために依頼者ニコラスの依頼に応じてこんなところまで来たんだからね」

「ニコラス……! ではやはり貴方達の目的は聖杯と――」

「『白き超越者』の殺害。でもそれらについてはもう心配ない。聖杯保持者は既にニコラスの手中にあるし、『白き超越者』も直に殺される」

 クルスのその言葉に、先程まで黙っていたニシルは表情を一変させて声を上げた。

「チリーに……チリーに何かしたのか!?」

「僕からは直接何もしていない。ただ、このアクタニア全てを相手に、未だ超越を終えてない彼が勝てるとは思わないけどね」

「やっぱこの町全部、敵だったのかよ!」

 ギュッと拳を握り締めるニシルへ、クルスはクスリと笑みをこぼした。

「さあ兄さん、やろうか久々に……兄弟喧嘩」

 もう一本ナイフを取り出して身構えたクルスを見、カンバーは顔をしかめた後そっと、足元のナイフを拾い上げた。

「カンバー!」

 カンバーの援護に向かおうと、ニシルが足を動かした……その瞬間、ニシルを射抜くような視線が捕らえた。

 ピタリと足を止め、ニシルは自分に向けられた視線へ己の視線を合わせる。

「邪魔はさせない……って顔だね。そんな顔より、笑ってた方が良いんじゃない? 折角美人なんだし」

「軽口はやめて。私、空気の読めない人って好きじゃないの」

「嫌われちゃったね」

 おどけた様子で肩をすくめて見せるニシルへ、視線の主――リエイはキュッと唇を結んだ。

「私とクルスの役割は、貴方達の足止めよ」

「そっか。じゃあちょっと足、止められてみようかな」

 スッと。ニシルが身構えたのを確認すると、リエイは優雅な動作で両手を広げ――その両手に一つずつ、扇子――否、鉄扇を出現させた。

 それが能力だと、ニシルは瞬時に理解した。

 ニシルが何か言おうと口を開くよりも速く、リエイはニシルへと接近し、右手の鉄扇を素早く開くと、ニシルの腹部目掛けて薙ぐ。ニシルは即座にそれをバックステップで回避したが避け切れず、ニシルの服に切れ目が入る。

「刃……ッッ」

 鉄扇の先端が鋭利な刃となっていることだと判断するのに、服の切れ目は十分過ぎる証拠だった。

 リエイはその体勢のまま左足で一歩踏み出してニシルへ接近すると、左手を振り上げると同時に鉄扇を開き、それをニシルの頭頂部目掛けて振り下ろす。それを更に後退することでニシルが回避したのとほぼ同時に、リエイは右足を左足の前へ運び、その右足を軸にすることで――

「――ッ!」

 回転し、その勢いのまま右手を――鉄扇をニシルへと薙いだ。鋭い鉄線の先端が、ニシルの腹部を切り裂く。瞬時に回避の動作を取ったため、致命傷にはならなかったものの、まるで舞うかのような華麗な動きに、ニシルは驚きを隠せなかった。

「……すごいね」

 リエイから数歩距離を取り、左手で腹部を押さえつつそんなことを言ったニシルに対して、リエイは表情を歪めた。

「ありがとう。だけど貴方の軽薄な態度は、ハッキリ言って好きになれないわ」

「そっか。残念」

 あくまでおどけた様子を見せるニシルに対して、リエイは怒りを隠せない。

「降参するなら今の内よ。私の舞いは、確実に貴方を切り刻む……無残にね」

「へー、優しいんだ。心配してくれるんだね」

「……っ! 見たでしょ! さっきの動きを! 貴方じゃ避けきれない……貴方は確実に……」

「勘違いしてるとこ悪いけどさ」

 リエイの言葉を制止するかのようにそう言って、ニシルはそのまま語を継いだ。

「僕が『すごいね』って言ったのは、君の動きのことじゃない」

「――――っ!」

「いや、厳密に言うと動きのことなのかな」

「何が言いたいの……?」

 曖昧に言葉を濁すニシルに対して苛立ちを隠せないリエイに対して、ニシルは挑発するかのように笑みを浮かべた。


「そんな迷ってる状態で、よくあそこまでの動きが出来るよね、ってこと」


 ニシルがそう言った瞬間、リエイはまるで鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような表情を見せた。まるで、自分から「図星です」とでも言っているかのようなその様子に、ニシルは小さく口元を釣り上げた。

「私が……迷ってる……?」

「迷ってるよ。目でわかる」

 それに、と付け足し、ニシルはそのまま言葉を続けた。

「本当に君が僕を殺すつもりなら、わざわざ『降参するなら今の内』だなんて情けをかけるようなことは言わないハズだ」

「それは……っ」

「君は迷ってる。ここからは僕の憶測だけど、君はこの戦いを――僕と君との戦いだけじゃなく、カンバーとクルスの戦いも、望んでいない」

 図星だね? と問うニシルに答えず、リエイは顔をそむけた。

「貴方に……何がわかるの……?」

「わからないよ。だから憶測」

 顔をそむけたまま問うたリエイに、ニシルは先程までの少しおどけた様子とは違う、真剣な表情でそう答える。

「これは……罪滅ぼしよ」

 ボソリと呟いた。と、同時に、リエイはニシルとの距離を詰め――

「ッとッ!」

 再び右の鉄扇を薙ぐ。ニシルは後退してそれを回避すると、下からニシル目掛けて振り上げられかけているリエイの左腕を右手で掴んだ。

「――――っ!」

 左腕を止められたことに、一瞬リエイは驚きの表情を見せたものの、すぐに右腕を動かそうとするが、その右腕もいつの間にかニシルの左手によって掴まれていた。

「キレが……悪くなってるよ」

 ニヤリと。ニシルが笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ