episode94「Another princess-6」
ミレイユと共に飛び出したチリーを捜して、ニシル達三人は既に日の落ちた町の中を走っていた。既に暗くなっているせいか、外を歩いている人間はニシル達以外には一人もいないようだった。
「アイツ……どこ行ったんだよ……?」
「ミラルさんの靴が落ちていた場所にでも戻ったんでしょうか……」
メインストリートへ到着したところで一旦足を止め、キョロキョロと周囲を見回しながらそう言ったニシルに、カンバーは眼鏡の位置を人差し指で直しつつそう答える。
「それにしてもこの町……どうにも雰囲気が変だな……」
訝しげにトレイズがそう言うと、カンバーはそれに対して静かに頷いた。
「宿のこともそうですし、まるで俺達を敵視しているかのような……そんな雰囲気を感じます。今だって、視線を感じますし……」
「そだね……何か嫌な感じだよ、この町」
ニシルはそう言って嘆息し、額の汗を右手で拭った。
「町全体が敵、ですか」
カンバーがそう呟いた――その時だった。
「その通りだ」
「――――ッ!?」
突如、カンバーの目の前に一人の男が出現する。歩いてきたのでも、走ってきたのでもない、無論、上から降ってきたわけでも下から沸いてきたわけでもない、唐突にその男はカンバーの前に姿を現したのだ。
トレイズより頭一つ分程小さい男だった、面長の顔に笑みを浮かべ、男はカンバーの頭部目掛けて右回し蹴りを放つ。
カンバーは咄嗟に反応し、左腕でその蹴りを防いで弾き、男からバックステップで距離を取る。
「貴方は……?」
「ん、俺か?」
悠然とした笑みを浮かべ、自分を指差すその男を、トレイズの鋭い視線が射抜いた。その視線に気付き、男はすぐにトレイズの方へ視線を向ける。
「貴様は……ッ」
「ああ、お前テイテスの……」
トレイズを指差し、納得したように頷いた男へ右手をかざし、トレイズは容赦なく氷弾を放った――が、氷弾が発射された方向には、既に男の姿はなかった。
「焦るなよ」
「な――ッ!?」
不意に背後から聞こえる男の声に、トレイズは驚愕の声を上げつつすぐさま振り向いた。男は何もせず、トレイズに対して悠々と笑みを浮かべて見せているだけだった。
「瞬間……移動……ッ!?」
目を丸くしつつそう言ったニシルに、男はその通り、とおどけた様子で答える。
「俺も一応神力使いでね……瞬動のマリオンとは俺のことさ」
マリオン、と名乗ったその男に、トレイズは先程よりも一層鋭い視線を向けた。
「やはり貴様……王を攫った二人の内の一人かッ!」
「久しぶりだなぁ、お前何てんだっけ? まあいいか、お前の名前なんかどーでも」
嘲るように笑みをこぼした後、マリオンはチラリとカンバーへ視線を向けた。
「ここから真っ直ぐ進んでいけば町外れに雑木林がある。そこにちょっとした建物がある……姫さんはそこにいるぜ」
「姫さん――ミラルさんのことですかッ!?」
カンバーの言葉に、マリオンはああ、とだけ答えて頷く。
「何でそんなこと教えるんだよ!?」
「お前はともかく、そこの眼鏡君にどうしても会いたいって奴がいてな……。そいつがそこで待ってる。それに、いったところでニコラスにぶっ殺されるだけだよ、お前らは」
「ニコラス……アイツがいるのかッ!」
――――新人類です。
東国の地下洞窟で出会ったニューピープル……相手の能力を無効化する能力を持つあの男が、その建物にいる、というのか。
「カンバー……!」
ニシルに対して、カンバーはコクリと頷いて見せる。
「トレイズさん、ここをお任せしてもよろしいでしょうか?」
申し訳なさそうにそう言ったカンバーへ、トレイズは微笑を浮かべた。
「元からそのつもりだ……行け」
二人へ顎で合図すると、すぐにトレイズはマリオンへ視線を戻した。
「ありがとうございます」
「サンキュートレイズ!」
トレイズへ礼の言葉を告げると、ニシルとカンバーは急いで町外れの雑木林へ向かって走り出した。その背中を見送ることもせず、トレイズはマリオンを睨み続ける。
「テイテスでの借り……返させてもらうぞッ!」
瞬間、トレイズの手に氷の剣が形成される。冷たく、美しいその透き通った剣に、トレイズの瞳が映り込む。決意に満ちたその瞳は、復讐の色を宿しているようにも見えた。
「行くぞ」
静かに告げ、トレイズはマリオン目掛けて切りかかった。
ミラルの靴が落ちていた場所に、チリーとミレイユは辿り着いていた。何か他に手がかりがないかと思い、チリーはこの場所を訪れたのだが、どうやら何もないらしく、チリーは小さく舌打ちをする。
「クソッ……何もねえな……」
周囲を何度も見渡しつつ、ローブのフードを外し、チリーはそう悪態を吐いた。
「そんなに、大切ですの?」
不意に、チリーの後ろにいたミレイユが口を開いた。
「あ? 何がだ?」
そう問い返して、すぐにチリーはそれがミラルのことだと気がついた。
「ミラルのことか……」
静かに、ミレイユはチリーの言葉に頷いた。
「大切だよ。スッゲー大切だ。俺にとっても、皆にとっても」
ニッと笑みを浮かべてそう答えたチリーへ、ミレイユは切なげな視線を向けたが、すぐに視線を足元へ落とした。
「……羨ましいですわ」
「ミラルがか?」
小さく、ミレイユは頷いた。
「私には……私のことをそんな風に思って下さる相手なんて……いませんもの」
そんなことねえだろ、と言いかけたチリーの言葉を制止するかのように、ミレイユはそのまま言葉を続けた。
「所詮私は偽物。王女ではなく養子ですわ。偽物なんかが、愛されるハズがありませんもの……。お父様だって、そう……私をミレイユとしてではなく、王女としてしか見て下さらないの……」
私は、代用品。そう呟いて、ミレイユは更に言葉を続ける。
「ミレイユなんてどこにもいませんわ……いるのは本物と、偽物だけ……」
今にも消え入りそうな声音でそう言ったミレイユの頭に、チリーはポンと自分の右手を置いた。そこから感じたチリーの温もりに、ミレイユは少しだけ表情を明るくし、チリーへ視線を少しだけ向けた。
「関係ねえよ。お前はお前だろ」
「私は……私?」
ミレイユの問いに、チリーはおう、と頷いて見せる。
「本物とか偽物とか、関係ねーだろ。お前はミレイユで、ミラルはミラルだ。大体お前ら別人じゃねーか……お前は代用品じゃなくて、ミレイユだろ?」
チリーのその言葉に、ミレイユの頬を涙が伝った。
「そんな……っそんなっ……こと……」
言われたことありませんわ。チリーには聞こえないような小さな声で、ミレイユはそう呟いた。思わずボロボロとこぼれ落ちる自分の涙を、ミレイユは必死になって袖で拭うが、袖が涙で濡れるばかりで、涙は一向に止まろうとしなかった。
「お、おい……泣くなよ……」
突然泣き始めたミレイユに、チリーはどうすればわからず困惑した様子を見せた――――が、すぐに表情を一変させ、ミレイユを自分の後ろに追いやって身構える。
「テメエら……」
チリーがそう呟いたのとほぼ同時に、建物の陰から何人もの兵士や町民達がぞろぞろと現れ、あっという間にチリーとミレイユの周囲を取り囲んでしまった。
「何だ……何なんだテメエらはァッ!?」
そう問うたチリーへ、チリーの正面にいる兵士は表情一つ変えずに銃口を向けた。
「――――ッ!」
すると、一斉に他の兵士達も銃を構え、チリーへ銃口を向ける。町人達も、フライパンや斧、様々な鈍器や凶器を構えてチリーへ冷たい視線を向けている。
「チリーだな」
「だったらどうだってんだ!? あァ!? 先にこっちの質問に答えやがれッ! テメエら一体何なんだッ!?」
チリーの言葉には、誰一人として答えなかった。ただただ冷たい視線を、チリーに浴びせ続けるだけだった。
「ンだよだんまりかよ……ふざけやがって……ッ!」
神力を発動させて大剣を出現させるべく、チリーは右手を前に伸ばした――
「やめておけ」
が、それを制止するように正面の兵士はそう言い、銃を構え直した。
「我々の発砲のほうが遥かに早い。貴様は包囲されている」
「テメエら……俺を殺して賞金もらおうって口かい?」
「我々アクタニアの民一同、国王陛下から直々の命を受け――貴様を殺害する」
兵士の言葉に、チリーはギシリと歯軋りをする。
「道理でおかしいと思ったぜ……最初っからこの町全部――」
敵だったってことかよ。
そう呟き、チリーは拳を握り締めた。