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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
93/128

episode93「Another princess-5」

 ――――もうっ! いいって言ってんのよ!

 あの時ミラルが見せた表情を思い出しつつ、重い足取りでチリーはミラルを捜していた。

 チリーには、未だに自分がミラルに対して、何か悪いことをしたのだという自覚はなかったものの、薄らとではあるが申し訳なさを感じてはいた。自分が悪いとは思わないが、ミラルには申し訳ない。その妙な心境が、ミラルを捜して歩くチリーの足取りを重くさせていた。

「何だってんだよ……」

 ふてくされた表情でボソリと呟き、チリーはミラルの姿を捜す。が、一向にミラルの姿は見当たらない。もう既に宿へ戻っていて、入れ違いになってしまっているのではないかとも考えたが、今は少し、チリーにとってあの場所は居心地が悪かった。

 モヤモヤとした何かが自分の中に立ち込めている。スッキリしないその気分は、ミラルが見つからないというのもあいまって、次第にチリーを苛つかせていく。

 そして思わず、チリーが舌打ちした時だった。

「……ん?」

 足元に、靴が片方だけ落ちているのを見つけた。訝しげに凝視し、身を屈めてそれを拾い上げ――

「な――ッ」

 チリーは表情を一変させた。



 部屋のドアが勢いよく開かれ、血相を変えたチリーが部屋の中へ駆け込んでくる。何事かと問わんばかりの表情で、ニシル達はチリーを見たが、やがてチリーが持っている靴に気付き、表情を変えた。

「その靴って……ッ!」

 ニシルの言葉に、チリーはコクリと頷いた。

「ああ、ミラルの靴だ」

「……どこかに落ちていたのか?」

 腕を組み、眉間にしわを寄せたままトレイズが問うと、チリーは小さく頷いた。

「ああ、市場の辺りに落ちてた」

「何かあったんでしょうか……?」

 訝しげな表情でそう言って、カンバーはチリーへ歩み寄り、ミラルの靴を凝視し、間違いなくミラルさんのものですね、納得した様子で頷いた。

「まさかアイツ……攫われたんじゃ……ッ」

「うん、その可能性、高いと思うよ。ここゲルビアだし……」

 アクタニアはゲルビアの国内……敵地なのだ。いつどのタイミングで、チリー達の内の誰かが襲われてもおかしくない。

「ハーデンは既に赤石を持っている……何をするつもりかはわからんが、奴が赤石の力を使うのに、必要なのは後聖杯だけだ。聖杯保持者のミラルが攫われたということは……」

「やはり、ハーデンの手の者でしょうね」

 トレイズの言葉を続けるようにしてそう言ったカンバーへ、ちょっと待ってよ、とニシルが制止の声を上げた。

「ハーデン達はミラルが聖杯保持者って知らないハズだろ? 何でミラルが攫われるんだよ……! 聖杯保持者でもなけりゃ、アイツらにとってミラルはもう必要ないハズじゃないか! 僕らを誘き寄せるのが目的ならわかるけど……」

「でも、攫われた以外に考えらンねェ……ッ!」

 拳を握り締めつつ、チリーは怒気の含まれた声でそう言った。

「とにかく、今度は全員で手分けして捜した方が良いかも知れませんね」

 カンバーの言葉に、ミレイユを除く全員が頷いた――その時だった。

「別に、捜す必要なんてありませんわ」

 すました表情で、今まで黙っていたミレイユが口を開いた。

「彼女、どう見てもこのメンバーの中では足手まといでしたわ。強いわけでも、何かしら能力があるわけでもありませんし、ただワガママなだけですわ」

「お前――」

 ミレイユに対して何か言い返そうとニシルは口を開きかけたが、チラリとチリーを一瞥し、ニシルは息を呑んだ。

「そんな足手まといよりも、この私を連れて旅をした方が――」

「おい」

 瞬間、勢いよく、ミレイユの腰掛けているベッドに、チリーの拳が叩き込まれた。

「え――」

「お前さっきから何言ってんだ」

 うつむいているため、表情を見ることは出来なかったが、長い白髪に隠されているチリーの表情が、怒りに歪んでいることは声音と雰囲気だけで十分過ぎる程に伝わっていた。

「アイツは……ミラルは……今までずっと一緒にいた、大切な仲間なんだよ……ッ! それに足手まといだとかワガママだとか、ンなモンは一切関係ねェ……ッ! アイツは俺の……俺達の大切な仲間だ……アイツを捜しにいく理由は、それだけで十分だろ」

 チリーから発せられる怒気に、ミレイユは身を震わせていた。自分がとんでもない失言をしてしまったのだと思い知らされ、ミレイユは今にも泣き出しそうな表情を見せながら震えていた。

「ごめんな……さい」

 ミレイユの言葉に返事をせず、チリーは顔を上げるとすぐにミレイユへ背を向けた。

「捜してくる」

「あ、おいッ!」

 ニシルの制止の声も聞かず、チリーは部屋を飛び出して行った。その後ろを、今まで震えていたミレイユが慌ててついていく。

 ミレイユが小さく、羨ましい、と呟いたことには、誰も気付かなかった。





 暗い、どこかの部屋で、ミラルは目を覚ました。意識が朦朧としていて、何がどうなっているのかハッキリと理解することは出来なかったが、今自分が何かに鎖で張り付けられているのだということは、感覚で理解出来た。

「ここ……は……」

 闇になれない目を必死に動かし、そこがどこなのか理解しようと周囲を見回す。が、わかったのは自分が鉄のようなもので出来た十字架に張り付けられていることくらいだった。

 両手両足には、枷をつけられており、張り付けられた状態のまま動かすことが出来ない。

「どういうことなのよっ!」

 ミラルが悪態を吐いた――と同時に、部屋の明りが付けられた。

 まるで正方形の立体の中にいるかのような四角い部屋で、壁も床も天井も真っ白に塗りたくられている。一面に広がる白い世界に、ミラルが訝しげな表情を見せていると、ガチャリとドアが開き、部屋の中に何者かが入ってくる。その何者かに視線を向け――ミラルは驚きの声を上げた。

「アンタは……っ!」

 見覚えのある、男だった。

 ライアスを一撃で黙らせ、チリーの大剣を無効化し、トレイズ達を軽くあしらった長身痩躯の男――

「お久しぶりです、姫様」

「ニコラス……!」

 東国の地下洞窟で出会った男、ニコラスがにこやかな笑みを浮かべてそこに立っていた。

「お元気だったでしょうか?」

「元気も何も、どういうことなのよこれは!」

「元気そうで何よりです」

 ミラルの言葉には取り合わず、ニコラスは再び笑みを浮かべると、部屋の壁際に立つ十字架へ張り付けられた状態のミラルへと歩み寄る。

「どうして私をこんな所に……っ!」

「そんなこともわからないなんて、貴女の理解力はゴミレベルですか? その頭の中にはゴミでも詰まってるんですか?」

 人を食ったような表情でそう言って、ニコラスはフン、と鼻を鳴らした。

「貴女が、聖杯保持者である可能性があるからですよ」

 ニコラスのその言葉に、ミラルは表情を変えた。

「貴女達五人の中に、聖杯保持者がいる……というのを聞きましてね」

 両腰に両手を当て、小さく嘆息しつつニコラスはそのまま言葉を続ける。

「一応貴女達のことを調べて見たんですよ」

「私達を……?」

 はい、とニコラスは静かに答える。

「『白き超越者』であるチリー、能力者であること以外は特に何もないニシルとトレイズ、そして元暗殺者であるカンバー……」

「カンバーが……元暗殺者!?」

 今の穏やかな彼からは少しも想像出来ないような情報に、ミラルは耳を疑った。

「貴女以外の四人は、どのような経歴を持っているのか容易に調べることが出来ました……が、ゲルビアから逃亡た後の貴女については何もわからなかったのです」

 ゲルビアを白蘭と共に出、東国で東国戦争に巻き込まれた後、テイテスへと小船で漂流……確かに、どれも記録には残らない経歴だった。

「ですから、五人の中で聖杯保持者である可能性があるのは……貴女一人だけなんですよ」

 そう言って、ニコラスはポケットからナイフを取り出し、それをミラルへ見せた。

「それは……?」

 恐る恐る問うたミラルへ、ニコラスはナイフを左右に振って見せつけると、クスリと笑みをこぼした。

「聖杯保持者は、その凄まじい力で傷ついた宿主の身体を瞬時に治癒するときいています」

 ニコラスのその言葉と、彼の持っているナイフに、ミラルは背筋を悪寒が走るのを感じた。

「まさか……」

「その、まさかです」

 嫌らしい笑みを浮かべるニコラスを、ミラルは震えながら凝視する。正確にはニコラスではなく、ニコラスの持つナイフを、だ。

「貴女が聖杯保持者かどうか……確かめる必要がありますね」

 ナイフの刀身が、明りに照らされてキラリと光った。

「嫌……嫌ぁ……」

 ミラルの悲鳴に、ニコラスはそれが快感とでも言わんばかりの笑みを浮かべた。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 甲高い悲鳴が、部屋中に反響した。


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