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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
92/128

episode92「Another princess-4」

「……まぁたやってるよ……」

 チリー達とミレイユが出会った翌日の昼間、昨日と変わらずチリーとミレイユはベッドへ腰掛けてひっつき合っていた。チリー様チリー様と連呼しつつ、何度もチリーへ抱き付くミレイユと、それに対してまんざらでもなさそうに鼻の下を伸ばすチリー。そしてそれを見て、顔を真っ赤にしながらがなり立てるミラル。ミレイユと出会ってからたった一日で、その光景はニシル達にとって当たり前の光景となってしまっていた。

「何考えてんだろうね……あの子」

 呆れ顔でミレイユを見つめつつニシルがそう言うと、その傍でカンバーとトレイズは複雑そうな表情を見せた。

「本当、わかりませんね……」

 静かにそう答え、カンバーは嘆息する。

 ――――私には……出来ませんわ……。

 カンバーの脳裏を、昨晩の出来事の映像が過る。ミレイユが敵なのか味方なのか、カンバーは判断しかねている。それはトレイズも同じらしく、ミレイユに対して何とも言えない表情を向けたまま、考え込むように閉口している。

 昨晩の出来事を知らないニシルは、カンバーとトレイズの見せる表情に対して首を傾げたが、まあ良いか、と呟くとベッドへ寝転がった。

「だからっ! いい加減にしなさいってば!」

 チリーにすり寄るミレイユの身体を、無理矢理チリーから引き離し、ミラルは眉間にしわを寄せてそう言い放った。

「あら、何を怒っているのかしら?」

 まるで挑発するようなミレイユの物言いに、ミラルの怒りのボルテージは上がっていく。

「おいおい、喧嘩はやめよーぜ」

 喧嘩の原因が自分であるというのに、しれっとそんなことを言ったチリーを、ミラルはギロリと睨みつける。

「アンタは黙ってなさい」

 その剣幕に気圧され、黙り込むチリーへ視線を向けると、ミレイユは目を細めた。

「チリー様……どうかお気になさらないで下さいまし……あの女の言うことなんて――」

「誰のことよ『あの女』って」

「あら、いましたの?」

「さっきからずーーーーっといたわよ! 馬鹿にしてんのっ!?」

 怒りを露にするミラルと、余裕のある笑みを浮かべてミラルをこけにするミレイユ。どう見ても、ミレイユの方が一枚上手であった。

「……何回目だと思う?」

 ベッドに転がったままミラルとミレイユを眺め、ニシルはトレイズへ問うた。

「……四回目か?」

「残念、今朝から通算六回目の喧嘩だよ」

 ははっ、と他人事のように笑い(実際他人事なのだが)、ニシルは片手を広げて見せた。

「とうとう片手じゃ数え切れなくなっちゃったよ」

 ニシルのその言葉に、トレイズは小さく嘆息した。

 ニシル達がそんなやり取りをしているとは知らず、ミラルとミレイユの喧嘩はドンドン激化していっていた。

「チリー様ぁ……ミラルが……ミラルがぁ」

「何でチリーに泣きついてんのよっ! ていうかさっきから何度も離れなさいって言ってるでしょ!」

 ミラルの言葉に、ミレイユはニヤリと笑みを浮かべると、ミラルの方へ視線を向けた。

「どうしてですの?」

「え……?」

「どうして私がチリー様から離れないといけませんの?」

 ミラルがチリーに対して好意を抱いていることに、気付いているらしく、ミレイユはわざとらしくそんな質問をミラルへ投げかけた。

「それ……は……」

 言い淀むミラルを見、ミレイユは勝ち誇ったような笑みを浮かべて再びチリーへと抱きついた。

「キチンとした理由もないのに、チリー様から離れなければならないなんて、意味がわかりませんわ。ねー、チリー様っ」

 語尾にハートマークでもついているかのような甘ったるい声音で、ミレイユはチリーへ同意を求めた。

「え、あ、うーん……」

 後頭部をポリポリとかきつつ、困ったような声を上げてはいるものの、チリーの表情は緩み切っていた。

「ま、まあ良いじゃねえか、な?」

 緩い笑顔を向けつつ、チリーがミラルへそう言った――――瞬間だった。

「…………わよ」

 嫌な空気が、部屋中に立ち込めた。

 うつむいてしまったミラルを見、流石にこれはまずい、とニシルが身体を起こした時には、既に遅かった。

「……ミラル?」

 恐る恐るそう言ったチリーに対して顔を上げると、ミラルはキッとチリーを睨みつける。その瞳には、大粒の涙がたまっていた。

「もうっ! いいって言ってんのよ!」

 大声を上げると、ミラルは立ち上がるとチリーへ背を向けた。

「あ、おいッ!」

 チリーの止める声も聞かず、ミラルは部屋の外へと飛び出していった。

「な、何なんだよ……ッ」

 不満そうな表情で悪態を吐くと、チリーはベッドへ寝転がった。そんなチリーに、ミレイユを除くその場にいた全員が呆れ切った視線を向けた。

「今のは完全にチリーが悪いね」

「俺かよ」

 深い溜息を吐きつつニシルが言った言葉に、チリーは不満そうにそんな言葉を返した。

「そうですわ。チリー様は何も悪くありませんもの」

「そっか。じゃあ君が悪い」

 すました表情のミレイユに冷たい視線を向け、ニシルはそんなことを言い放つ。そんなニシルの態度に、チリーは顔をしかめた。

「どっちだよ!?」

「どっちもだよ馬鹿ッ!」

「俺のどこが馬鹿だっつーんだよ!」

「お前の頭のてっぺんからつま先まであますことなく馬鹿だよ馬鹿ッ!」

 チリーは身体を起こすと、ニシルを睨みつけた。それに対して、ニシルも負けじとチリーを睨み返す。そんな二人の視線の間に入り、二人をなだめるようにカンバーは冷静になって下さい二人共、と落ち着いた声音で二人へ告げた。

「でも確かに、さっきのはチリーさんが悪いと思いますよ」

「ンだよ……カンバーまでそう言うのかよ……」

 ふてくされるチリーへ、カンバーは苦笑する。

「トレイズもか?」

 チリーの問いに、トレイズは腕を組んだまま答えなかった。が、トレイズがチリーへ向けている視線は、お前が悪い、とでも言わんばかりの視線だった。

「あーもう! わーったよッ! 捜しに行って来るよッ!」

 面倒そうにそう言って、チリーはミラルを捜しに部屋を出て行った。ミレイユはそんなチリーの背中を見つめていたが、やがて寂しそうに視線を逸らした。



 袖で涙を拭いながら、ミラルは町の中を歩いていた。どこをどう歩いてきたのか自分でもわからないため、今自分のいる場所がどこなのかも把握出来ていない。

 ――――馬鹿みたい。

 胸の内で、ミラルはそう呟いた。

 明らかに泣いている彼女へ、誰か声をかけるものがいても良さそうなのだが、周囲を歩く町の人々は皆一様にミラルから視線を逸らしている。まるで、そこにミラルがいないかのような扱いだった。

 ――――どうして私がチリー様から離れないといけませんの?

「そんなの……決まってるじゃない……っ」

 再び溢れ出す涙を拭いつつ、ミラルは独り呟いた。

「気付いてよ……馬鹿……」

 小声でそう言って、ミラルはその場へしゃがみ込んだ。どうせ誰も気にしちゃいない、そんな投げやりな考えが、ミラルをそうさせた。


 しゃがみ込んで数分、いい加減顔を上げようとミラルが思った――その時だった。ミラルの前に、一人の男が立ち塞がった。顔を上げ、ミラルはその男へ視線を向ける。

 面長の男で、背はそれ程高くない男だった。男はミラルの顔を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「誰――」

 問いかけ、ミラルは直感的に身の危険を感じ取った。男がミラルに何かしようとしているのを、ミラルは肌で感じ取ったのだ。

 すぐにミラルは立ち上がり、男へ背を向けて走り出した――が、

「どこへ行く?」

 いつの間にか、男はミラルの前に再び立ち塞がっていた。まるででもしたかのような男の速さに、ミラルは息を呑んだ。

「嫌っ――――」

 叫ぼうとミラルが口を開けた瞬間、ミラルの腹部へ男の右拳が食い込んだ。ミラルは小さく呻き声を上げたが、やがてその場へ倒れ伏してしまった。

 男はミラルが気絶したのを確認すると、ミラルの身体を両手で抱えると、自分の右肩へ乗せる。その際、ミラルの履いていた靴が片方、地面へ落ちたが、男はチラリとだけ視線を向けはしたものの、無視するように靴から視線を逸らした。

 目の前で少女が殴られたというのに、周囲の人々は一切気にしていない様子だった。そればかりか、男へ対して敬意の目を向けているかのようにさえ見える。

「戻るか」

 ボソリと男が呟いた――と同時に、男の姿はどこかへかき消えてしまった。


 ミラルの靴だけが、その場へポツンと残った。


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