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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
91/128

episode91「Another princess-3」

 父親は、ゲルビア帝国国王ハーデンだと、確かにミレイユはそう言った。そのことに誰よりも驚いていたのは、他でもない、ミラルだった。

「ちょ……ちょっと待ってよ! 私、妹なんて……」

 知らない。と、呟くようにそう言って、ミラルはうつむいてしまった。

「当然ですわ。私、あなたの妹ではありませんもの」

「でも、ミラルは一人娘で、お母さんは……」

 言いかけ、途中でニシルは口をつぐんだ。

「ええ、お父様の奥様……シルフィア様は亡くなられています。私は――」

 一瞬、言葉を紡ぐミレイユの表情が暗くなる。が、ミレイユはそのまま言葉を続けた。

「私は、王女ミラルの代用品ですわ」

 代用品。そう言った時のミレイユの表情は、これまでの言動や行動からは想像も出来ない程に暗く、沈んでいた。そんな彼女に何て声をかければ良いのか、チリーにもニシルにも、トレイズにさえわからなかった。

 数刻の沈黙。しかし、カンバーのなるほど、という言葉がその沈黙を破った。

「ミラルさんはゲルビアにとっては、女王として跡を継いでもらわなければならない存在……そのミラルさんがいつまでも行方不明、というわけにはいかないでしょう……」

 カンバーの言葉に、ミレイユは小さく頷いた。

「だからお父様は、孤児院で王女ミラルそっくりの私を見つけて――」

「養子にし、ミラルの代わりに王女として扱った、というわけか」

 ミレイユの代わりにそう言葉を続け、トレイズは静かにそう言った。

「でも、ミレイユは何でここに?」

 ニシルが不思議そうに問うと、ミレイユは先程までとは打って変わって表情を明るくし、チリーの方へ視線を向けた。

「……俺?」

 キョトンとした表情で己を指差すチリーに、ミレイユははい、と満面の笑顔で答えた。

「私は、チリー様に会うためにアクタニアまで来たんですのっ!」

 そう言って、抱きつこうとするミレイユを、チリーは素早くかわした。

「ちょ、ちょっと待てよ。お前ゲルビアの王女だろ? 俺はお前の敵で、お前は俺の……」

 敵だ。と言おうとして、チリーは言葉を止めた。

「関係ありませんわ」

 笑顔のまま、ミレイユはそんなことを言うと、チリーの頬へそっと右手で触れる。

「私、チリー様に一目惚れしましたの……」

 頬を赤らめながら、そう言って、ミレイユは恥ずかしそうにうつむいた。

「は…………?」

 チリーが硬直するのと、一同が沈黙するのはほぼ同時だった。そんな一同を意に介さぬ様子で、ミレイユは両手を両頬にあて、キャーキャーとわめきながら恥ずかしそうに首を左右に振っている。

「一目……惚れ……?」

 唖然とした表情で呟くニシルに、ミレイユははい、と微笑んで見せた。ミレイユのその笑顔に、ニシルは何とも言えない表情になった後、恐る恐るミラルの方へ視線を向ける。

「わ……」

 ミラルの顔を見、ニシルは小さく声を上げた。怒っているのか、泣きそうになっているのかもわからない、それこそ「何とも言えない」表情のまま、ミラルは硬直したままチリーとミレイユを凝視していた。

 そんなミラルの様子に、トレイズはコメントし辛そうに顔をそむけ、カンバーは眼鏡の位置を直しつつ苦笑していた。

 そんな中チリーは、「一目惚れした」などと初めて言われたせいで、何をどうすれば良いのかわからない、と言った表情のまま固まっていた。その傍でミレイユは未だに頬を赤らめてキャーキャーとわめいている。

「……ふーん」

 不意に、ミラルが口を開いた。

「……ミ、ミラル……?」

「そーなんだ」

 ニッコリと。ミラルはチリーの方へ微笑みかけた。

 しかし、目が笑っていない。その目に、チリーは戦慄を覚えた。

「へー……」

 ゆっくりと、チリーの方へミラルは歩み寄り――

「お幸せにっ!」

 一瞬だけ泣きそうな表情になった後、チリーの右頬へ平手打ちを叩き込む。

 パシン。と、乾いた音が部屋に響いた。

「ちょ、ミラル……!?」

 ニシルの声に返事もせず、ミラルはベッドの中へ潜り込むと、そのまま出て来なくなってしまった。

 重い沈黙が、部屋の中に訪れた。





 ミレイユがチリー達の前に現れたその日の夜、結局ミラルは眠ってしまったらしく、ベッドの中から出て来ないままだった。ベッドが五つしかないため、色々なことを考慮すればミレイユを寝かせるのはミラルのベッドが最適だったのだが、この状況ではミラルに頼み事など出来るハズもなく、色々心配事はあるものの、ミレイユはチリーのベッドで一緒に眠ることになった。最初の内は、チリーも恥ずかしがって拒否していたが、やはりまんざらでもないらしく、デレーっとした表情で、ミレイユと同じベッドで寝ることにしていた。

 そんなチリーの様子に、呆れて何かを言う元気もなくなったニシルと、同じように呆れているトレイズ、そしてただ苦笑するカンバーの三人は、気まずい雰囲気のまま各々のベッドで眠りにつくのだった。

 そして深夜。チリーの隣で眠っていたフリをしていたミレイユは、全員が寝静まったのを視線だけで確認すると、音を立てずに身体を起こした。

 ――――お父様のために。

 心の内で呟き、ミレイユは服の中に隠し持っていたナイフをそっと取り出し、チリーの寝顔へ視線を向ける。手足を広げて、いびきをかきながら無防備に眠るチリーに、ミレイユはニヤリと笑みを浮かべると、チリーの身体へまたがった。

 ――――お父様が、認めてくれるなら……っ!

 ゴクリと生唾を飲み込み、ミレイユはナイフの刃先を、チリーの喉元へ向けた。

 そしてゆっくりと、ナイフをチリーの喉元へ振り下ろし――――突き刺す直前でピタリと止めた。

 ミレイユの脳裏を、チリーに助けてもらった瞬間の映像が過ったのだ。周囲の人々が見て見ぬフリをする中、誰よりも速くミレイユの傍へ駆けつけ、助けてくれたチリー。

 一目惚れした、というのも、油断させるための嘘ではないのかも知れない。そう自覚し、ミレイユはそっとナイフを収めた。

「私には……出来ませんわ……」

 泣きそうな声で呟いて、ミレイユはチリーから降りると、静かにチリーの隣で眠りについた。



 ミレイユの一連の行動を視線だけで見ていたカンバーは、ミレイユが眠ってしまったのを確認すると、安堵の溜息を吐いた。カンバーの隣のベッドで寝ていたハズのトレイズも、ミレイユのことには気付いていたらしく、トレイズとカンバーは複雑な表情でお互いに視線を送り合った。





「『白き超越者』の仲間と思しき連中を見たわ」

 ミレイユがチリーへナイフを向けていたのと同時刻、アクタニアのとある場所で、金髪の女性がそんなことを呟いた。

「……それは本当かい?」

 女性の言葉に、一人の青年がそう問うた。青年、というよりはまだ少年っぽさの残る顔立ちだったが、彼の放つ雰囲気はおよそ少年のものではなく、どこか殺気じみたものが感じられた。

「だってよ。ニコラス、聖杯保持者の目星はついてんのか?」

 先程の青年とは別の男が、隣にいる細身の男――ニコラスへそう問うた。ニコラスは微笑しつつ、ええ、とだけ答えた。

「『白き超越者』がいるってことは……」

 グッと。青年が拳を握り締める。そんな青年に、ニコラスは微笑みかけた。

「ええ、そうですね。貴方の目的――」

「兄さんがいる」

 静かに、しかし確かな憎しみを込めて、青年は呟いた。そんな青年に、金髪の女性は一瞬だけ悲しそうな視線を送ったが、彼女はすぐにかぶりを振り、青年から視線をそらした。

「場所は特定出来ているのかい?」

 青年がそう問うと、男は首を左右に振った。

「そこまではまだわかんねえな。だが、この町にいることだけは確かだ。それに……」

 男はニヤリと笑みを作ると、そのまま言葉を続ける。

「このアクタニアから、アイツらはそう簡単には出られねえ」

 男がそう言うと、青年はそうかい、とだけ答え、少しだけ笑みをこぼした。

「僕の目的は兄さんだけだ。後は……アンタらの好きにしてくれ」

「言われなくてもそうするつもりですよ。『白き超越者』と聖杯保持者にしか、私は用がありませんしね」

 他はゴミです。と付け足し、ニコラスはクスリと笑った。

「で、聖杯保持者は結局どいつなんだ?」

「まだ推測の域を出ていませんが――」

 言いつつ、ニコラスは数枚の写真を取り出し、その場にいる全員へ見せる。そこに映っているのは、白髪の少年、背の低い短髪の少年、長髪の青年、眼鏡をかけた青年、そして――栗色の髪をした少女。

 ニコラスは少女の写真以外を収め、彼女です、と呟いた。

「恐らく彼女が――聖杯保持者です」


 ミラルの写真を手に、ニコラスはニヤリと怪しげに微笑んだ。

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