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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
89/128

episode89「Another princess-1」

「陛下ッ!」

 城下を見下ろす国王――ハーデンの元へ、一人の召使いの男が息を切らしながら駆けてくる。ハーデンの元へ来るまで全力で走ってきたらしく、男は肩で息をしていた。そんな男へ、ハーデンはどうかしたか? と表情一つ変えずに問うた。

「はい……姫様が……ッ」

「ミラルが?」

 そう問い返すハーデンに、男ははい、と答えると、言葉を続けた。

「姫様が……お一人で城の外へ……!」

 男のその言葉に、ハーデンは眉をピクリと動かした。が、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。

「ほぅ。籠の中は飽きたか」

 呟くようにそういうと、ハーデンは小さく溜息を吐いた。

「お転婆なところは変わらんな……」

 ハーデンは鼻で笑うと、召使いの男へ放っておけ、と告げた。

「ですが……ッ」

「放っておけ」

 男はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、やがて諦めたかのようにわかりました、とだけ答えた。

「そろそろ奴らも近い、か」

 城下に広がる町――パンドラを見渡しつつ、ハーデンはそんなことを呟いた。





 アルケスタを出たチリー一行は、野宿を繰り返しつつ何とかアクタニアと呼ばれる町へ辿り着いていた。アルケスタで手に入れたゲルビア帝国の地図を利用し、ハーデンのいるパンドラへ向かう最短ルートを割り出したカンバーのおかげで、チリー達はアルケスタからアクタニアまで思いの外早く辿り着くことが出来た。

 アクタニアからパンドラまでの距離はそれ程ないため、もうパンドラは地図上では目と鼻の先だった。しかし、野宿続きで疲労している身体を休めるため、チリー一行はアクタニアへ少し滞在することに決めたのだが――

「もう、何で宿がどこもいっぱいなのよ!」

 噴水広場のベンチに座り込み、ミラルはそう悪態を吐いた。

「まあ落ち着けって。別に良いじゃねえか野宿でも」

「アンタはそれで良くても、私は野宿じゃ休まらないのよ!」

 ミラルに怒鳴りつけられ、少しだけ萎縮するチリーを見、ニシルは嘆息した。

「だよねぇ……。ふかふかじゃなくても良いから、そろそろ僕もベッドで寝たいよ……」

 ニシルのその言葉に、ミラルは深く頷いた。

「「はぁ……」」

 同時に肩を落として溜息を吐いたニシルとミラルへ目をやり、トレイズは確かにな、と呟くような声で言った。

「少し違和感がありますね……」

「違和感って、何がだよ?」

 深くかぶっていたローブのフードを外し、キョトンとした表情でチリーはカンバーへ問うた。

「おい馬鹿チリ! フード外すなって!」

 慌ててニシルはチリーの背後へ回り、チリーの頭へフードをかぶせた。

「鬱陶しいんだよこれ! 前が見えにくいしよォ!」

「お前は今ゲルビア中から狙われてるんだぞ!? ただでさえ僕ら、不法入国者だってのに……」

 ニシルは呆れた様子でチリーを見、小さく溜息を吐いた。

「それで、違和感の話ですけど……。さっきから宿が全ていっぱいというのは、少し変じゃないですかね?」

 カンバーの言葉に、トレイズは静かに頷いた。

「ああ、別に観光地でも何でもないこの町で、宿の部屋が空いてないというのは少し違和感があるな。旅人が来ているにしろ、部屋が全て埋まる程来ているとは考え難い」

「それに何だか、宿の人僕らに冷たくない? 客に対する態度だとは思えなかったよ……」

 先程の店主の態度を思い出しつつ、ニシルはそう言った。

 部屋を借りようとした彼らに対して、どこも空いてないよ、とだけぶっきらぼうに答えた店主の態度は、確かに客に対する態度とは思えない。

「うぅん……とりあえずもう一度、今度は手分けして宿を探してみましょうか」

 カンバーの提案に、一同は仕方なく頷いた。



 宿を探すため、一向は三つに分かれて行動することになった。チリー、ニシルのペアと、ミラル、カンバーのペア、そしてトレイズは一人。じゃんけんで決まったため、チリーとニシルという真面目に宿を探すかどうか、非常に心配な組み合わせが生まれてしまったが、抗議するミラルをニシルが説得し、結局そのままの組み合わせで宿を探すことになった。

「めんどくせえ……もう良いじゃねーか野宿で……」

 町の中を歩きつつ、不満げにそう漏らすチリーへ、ニシルは呆れた表情で嘆息する。

「僕やミラルはお前と違ってデリケートだから、野宿じゃしっかり休めないんだよ」

「何だと……? じゃあ俺はデリケートじゃないってのかよ!」

「お前のどこがデリケートなんだよ。デリケートの『デ』の字もないじゃん、野生児もどき」

「誰が野生児もどきだ!」

「お前の他に誰がいるんだよ馬鹿チリ」

「アホのニシルには言われたくねーな」

「あぁ、アホなだけの僕ならまだしも……アホな上に馬鹿なチリーはもう救いようがないね」

「アホ過ぎて背が伸びないとは、かわいそうな奴だなお前は」

「アホと背が低いのは関係ないだろ!」

「あぁそうか。だよな、だったらアホで馬鹿な俺の背が伸びるわけねーもんな」

 ポンポンとニシルの頭を右手で軽く叩きつつ、チリーはニヤリと笑みを浮かべた。

 そんなチリーの言葉には答えず、ニシルは前方を訝しげな表情で見つめていた。

「ん、どうした?」

「いや、アレ……」

 ニシルが指差した方向から、一人の少女が勢いよく走ってきていた。そしてその後ろには――

「うわ、何だありゃ……」

 五人のガラの悪そうな男達が、少女を追いかけるように――否、追いかけて走っていた。

「な、何なんですの貴方達っ!」

 息を切らしつつ、少女は声を上げたが――つまずいてその場へ倒れ込んだ。倒れている少女へ追いつくと、男達はピタリと足を止めた。そんな状況だというのに、周りを歩いている人々は、チラリとだけ視線を向けはしても、見てみぬフリをしてその場を通り過ぎていく。そんな様子を見、チリーは素早く少女の方へ駆け出した。

「あ、おいチリー!」

 ニシルの声も聞かず、チリーは少女の方へと駆けて行った。

「お嬢ちゃん……俺らにあんなこと言っといてただですむと思うなよ……?」

 眉間にしわを寄せ、鼻にピアスを付けた男が屈み込んで少女へ右手を伸ばした――その時だった。

「お、おいッ!」

 茶髪の男が、その鼻ピアスの男へ声をかけた……頃には既に遅く、男の顔面にはチリーの右拳が食い込んでいた。チリーの拳をモロに喰らった男は、そのまま後ろへ吹っ飛ばされ、ドサリと倒れた。

「何だテメエは……?」

 ギロリと。スキンヘッドの男がチリーを睨む。が、それを意に介さぬ様子で、チリーは不適に笑みを浮かべた。

「ぶっ殺すぞクソガキッ!」

「やってみろよおっさん」

 挑発するようにそう言ったチリーへ、スキンヘッドの男は勢いよく殴りかかった。しかし、チリーは男の拳が自分の顔面へ到達するよりも速く、男の腹部へ右拳を叩き込んだ。呻き声を上げつつ怯む男の顎に、チリーは駄目押しとでも言わんばかりに、左拳でアッパーを喰らわせた。

 ノックダウンしたスキンヘッドの男を一瞥し、チリーは他の男達へ視線を向ける。先程までのチリーの戦いぶりから、チリーにはかなわないと察したのか、男達は後ずさりし始めていた。

「そ、そこの嬢ちゃんが悪いんだぜ……? 俺らのこと下賎な……何たらとか言うから……さ?」

 言い訳しつつ後ずさりする茶髪の男を、チリーは軽く睨みつける。そんなチリーの背後から――

「死ねコラァ!」

 肥満体の男が殴りかかる――が、チリーはまるでそれを見抜いていたかのように、振り返らず男の太った腹部へ肘打ちを喰らわせる。

「ぐッ……」

 そしてそのまま振り返りざまに、チリーは男の顔面へ右回し蹴りを放つ。チリーの回し蹴りが直撃した男は、鼻から血を吹きつつその場へ仰向けに倒れた。

 それを見、残っていた二人の男は、仲間を助けようとはせずに背を向けて逃げ出した。

「ふぅ……」

 嘆息するチリーの元へ、少しだけ離れた場所で見守っていたニシルが駆け寄ってくる。

「おい、何で来なかったんだよ」

「いや、チリーだけで片付きそうだったしさ。それよりその子……」

 チラリと。ニシルはうつ伏せに倒れたままの少女へ視線を向ける。

 栗色でセミロングの、綺麗な髪をした、平凡な服装の少女だった。チリーは少女へ近づいて屈み込むと、大丈夫かーと彼女の身体を揺さぶりつつ声をかけた。

「だ、大丈夫……ですわ」

 少女は倒れたままそう答え、ゆっくりと身体を起こし、チリーの方へ顔を向けた。

「な――――ッ!」

 少女の顔を見ると同時に、チリーは驚愕の声を上げる。

「え、何、どうし――え……ッ!?」

 少女の顔を覗き込むと同時に、ニシルもチリーと同じように驚愕の声を上げた。

「チリー様……? もしかして、チリー様ではなくって!?」

 鼻先に土が付いたままの少女の顔が、パァッと明るくなる。

「お前は……一体……」

 何なんだ、とチリーが問うよりも先に、少女はチリーの身体へ思い切り抱きついた。

「お会い出来て光栄ですわっ!」


 少女の顔は、ミラルと瓜二つだった。

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