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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
88/128

episode88「Deathscythe-5」

「終わったかァ……?」

 退屈そうな声音で、今までの一部始終を何も言わずに眺めていたジェノが問うた。

「ジェ……ノ……!」

 青蘭の瞳が、ジェノの姿をしっかりと捕えた。

「――ッ!」

 その眼差しに、ジェノは戦慄する。が、すぐにニタリと笑みを浮かべた。

「良い顔だァ……良い目だなァおいィ……目がわらってんじゃねえかァ……」

 ジェノのそんな言葉に、青蘭は表情を醜く歪めた。原型すらとどめぬ程に歪められたその顔は、最早人の顔とは言えない程に憎しみに満ちていた。

「私の……せいだ……」

 ボソリと。呟くように後方でクリストはそう言うと、ポケットから一本のナイフを取り出すと、自分の喉へその刃を向けた。

「私がいるから……疑似聖杯こんなものがあるから悲劇が生まれるッ!」

「テメェまさかァ……ッ!」

 焦りの表情を見せるジェノに、クリストはニヤリと笑んで見せた。

「死ぬ気かァ……ッ!?」

 ジェノの言葉に、クリストは笑みをこぼした。

「そうだ。擬似聖杯がお前達の物になるくらいなら、私は死を選ぶ……」

 向けられた刃は、徐々に喉元へと近づいていく。

「良いのかァ……? この町の人間、全員の首を狩ってもォ……」

「それは不可能だ」

 クリストはピシャリと断言すると、青蘭へチラリと視線を向けた。

「さらばだ……ッ!」

 その言葉と共に、クリストは自分の喉へそのナイフを突き立てた。全く躊躇する様子すら見せないクリストに、ジェノですらその表情を驚愕に歪めた。

「クリストさんッ……!」

 一目で即死だとわかる出血量。ナイフの突き刺さった喉から大量の血液を垂れ流し、クリストはその場に崩れ落ちた。

「あァ……ッ! ふざけんじゃねえぞォッ!」

 ジェノは怒りを露わにすると、クリストの死体目がけて大鎌を伸ばす。そして何度も何度もクリストの死体を大鎌で突き刺していく。

「クソがァ……ッ」

 ジェノはクリストから大鎌を抜くと、元の長さに戻し、舌打ちする。そして再び青蘭へと視線を向けた――その時だった。

「あァ……?」

 ジェノのポケットから、ノイズのような音が流れ始める。すぐにジェノは、ポケットからノイズ音の元……トランシーバーに似た機械をポケットから取り出した。

『ジェノ、戻れ』

 機械から聞こえる声に、ジェノは顔をしかめた。

「あァ? 擬似聖杯はどうすんだァ……って、アイツはもう擬似聖杯ごと死んじまったがなァ……」

『……そうか。まあ良い、既にクリストは不要になっている』

 機械から聞こえるその声に、青蘭は眉を動かした。

『聖杯保持者候補が見つかった……戻れジェノ。陛下がお呼びだ』

 ジェノは小さく嘆息したが、やがてわかったよォ、と不満げに答えた。

「聖杯保持者だと……!」

 その言葉に反応した青蘭へ、ジェノは舌打ちしつつ視線を向けた。

『今から迎えをよこす……。他に誰かいるのか?』

「あァ、ちょっとなァ……」

 決まり悪そうにそう答えて機械をポケットの中にしまうと、ジェノは研究所の方へ視線を向けると、大鎌を研究所の屋根目がけて伸ばした。そして大鎌が研究所の屋根に引っかかったのを確認すると、ジェノは大鎌を元の長さに戻し、その勢いで屋根の上へとジェノは上った。

「ジェノ……ッ!」

 伊織の亡骸を抱きかかえたまま、研究所の屋根の上に立つジェノを睨みつける青蘭を、ジェノは静かに見下ろした。

「一応持って帰ってとくかァ……」

 ジェノは気だるそうな表情を見せた後、クリストの死体目がけて大鎌を振った。振られると同時に伸びた大鎌はクリストの身体へと突き刺さる。

「何を……」

 青蘭が言葉を紡ぎ切るより先に、ジェノはクリストの身体が突き刺さったままの大鎌の長さを元に戻した。まるで釣りあげるようにして大鎌を振り、ズタボロになったクリストの身体を宙に舞わせ、自分の手元へ落した。

「重てェなァ……」

 舌打ちしつつ、ジェノがクリストの身体を片手で背負った――その時だった。

「――ッ!」

 空の彼方から、ジェノの頭上へと青蘭が見たことのない巨大な飛行物体が飛来した。ソレは蜻蛉とんぼのような形で羽の代わりに巨大なプロペラが付いており、凄まじい勢いでグルグルと回転している。恐らく、あのプロペラで飛行しているのだろう。飛行物体はジェノの頭上でピタリと制止すると、ドアらしき部分が開き、中からロープのはしごが降ろされる。

「テメェとの勝負は一旦お預けだァ……それまで精々ィ……」

 俺のことでも憎んでろォ。

 そう言い残して笑みを浮かべると、ジェノははしごをしっかりと掴んだ。

「ジェノッ!」

 青蘭の言葉にジェノが答えない内に、飛行物体は轟音をさせながら飛び去って行く。

「ジェノ……」

 ボソリと。呟くように青蘭は口にした。

 見上げた夜空にはいくつもの星が輝いている。青蘭にはまるで、輝きを失ったいおりへの当てつけのように見えた。

 青蘭が抱きかかえるその細い身体は、もう二度と動くことはない。苦しかったハズなのに、痛かったハズなのに、青蘭の腕の中で、伊織は安らかな表情を浮かべていた。

 彼女の白い頬に、そっと触れる。

 そこに当然温かみはなく、ぬくもりを失ったつめたさだけが残っていた。

 ポトリと。温かいしずくが、伊織の頬へ落ちた。

「ジェノ……ジェノォォォォォォォォッッ!!」


 妖艶に輝く三日月が、二人だった一人を照らした。






 夜明けと共に、青蘭は宿へと向かった。まだ誰もいない町の中を、独り静かに歩いていく。冷え切ってしまった彼女の身体が、抱き抱えている青蘭の両腕を冷やした。

「見えるか、伊織……。綺麗だろ? 俺達はいつも寝ている時間だからわからなかったけど、夜明けってこんなに綺麗なんだ……」

 まだ昇り切っていない太陽の光が、一人ふたりを照らした。

「この景色、皆で見たかったよな。麗さんと、光秀さんと、それから……兄さんと」

 皆で、見たかったよな。

 同じ言葉をもう一度呟き、青蘭は自嘲気味に笑った。

「好きだよ」

 立ち止まり、青蘭は静かにそう言った。

「俺も、好きだ」

 安らかな笑みを浮かべたまま、ピクリとも表情を動かさない彼女の顔へ、そっと自分の顔を近づける。


「伊織のことが……俺も……好き……だ……」


 温かいしずくが、冷たい頬を濡らしていく。

「ありがとう……伊織……」

 そっと。冷たい唇に、青蘭は自分の唇を重ねた。


 さよなら。小さな声で、そう告げた。






「何でだッ! 何でお前がいながら……ッ! おい、聞いてんのかッ!」

 突き飛ばされ、背中から青蘭は壁に激突した。が、青蘭は特に反応を示さなかった。虚ろな目のまま、ただ茫然と光秀を見つめている。

 青蘭達が宿泊している宿の、青蘭と光秀の部屋で光秀は激怒していた。

 戻ってきた青蘭の抱き抱えている伊織の亡骸に涙し、そして怒りの声を上げたのだ。

「何で守れなかったッ!?」

 光秀の怒声が、青蘭の心に深く突き刺さった。が、青蘭は表情を変えようとしなかった。

「やめなさい……光秀……」

 青蘭達へ背を向けたまま、震える声で麗はそう言った。

「でもよ……でもよォッ!」

 青蘭のベッドへ横たわる伊織の亡骸へ視線を向け、光秀は嗚咽混じりに、まるで叫ぶように声を上げた。

「何でだ……何で死ななきゃならねェ……何で伊織ちゃんが……ッ!」

「ほんと、何でなんでしょうね」

 無表情なまま、青蘭は呟くようにそう言った。と同時に、光秀は青蘭の胸ぐらを思い切り掴んだ。

「テメエ……ふざけてんのか……ッ!」

「ふざけてませんよ。本当に、わからないんです」

 抑揚のない声でそう言って、青蘭は言葉を続けた。

「どうして伊織が死ななきゃいけないのか、どうして兄さんが死ななきゃいけなかったのか、そもそも、どうして俺達がこんな目に遭わなきゃいけないのか、全然、何もわからないんです。光秀さんだって、そうでしょう?」

 光秀は言葉を失った。そしてしばらく黙り込んだ後、やや乱暴に青蘭の胸ぐらを放した。

「だから俺、決めたんです」

 不意に、青蘭の声に怒気が込められた。

 静かに立ち上がり、青蘭は乱れていた服を両手で整えた。


「必ずジェノを……そしてハーデンを……殺すって」

 光秀を見ているハズの青蘭の瞳には、憎しみの色だけが映し出されていた。黒く、ドス黒く。

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