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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
87/128

episode87「Deathscythe-4」

 ジェノのその笑みは、瞳は、驚く程に狂っていた。ニューピープルではない、ただの人間であるハズなのに、ジェノの瞳は常人ではあり得ぬ色を映しているように見えて仕方がなかった。

 ――――勝てるのか……コイツに……!

 そんな疑念が脳裏を過ると同時に、青蘭の額を嫌な汗が流れた。

「来ねェならァ……」

 スッと。ジェノが身構える。

「こっちから行ってやるよォ!」

 ジェノは素早く駆け出し、青蘭目がけて大鎌を振った――

「――ッ!」

 が、それは青蘭の首に刃先が触れる直前でピタリと止まり、そのまま青蘭より後方へと大鎌は伸びて行く。その時には既に、青蘭は回避の動作を取っていた。

「アホがァ!」

 先程の一振りがフェイントだと気づいたのは、青蘭が身を屈めた後だった。

 凄まじい勢いで大鎌は縮み始め、身を屈めている青蘭目がけて戻ってくる。

「――くッ!」

 素早く反応し、青蘭は振り返ると同時に刀で大鎌を防いで一瞬時間を稼ぐと、背中から身を投げ出すようにして地面へ倒れる。すると、大鎌は青蘭の上を通り過ぎて元の長さへと戻っていく。

「やるじゃねェかァッ!」

 狂った笑みを浮かべたジェノは、元の長さに戻った大鎌を振り上げ、倒れている青蘭へ刃先を向けて振り下ろす。青蘭は寝返りを打つようにしてそれを回避した。

 ザックリと大鎌が地面へ刺さっている隙に、青蘭は立ち上がって態勢を立て直すと、接近してジェノへ斬りかかる。しかし間一髪ジェノは大鎌を抜くと同時に青蘭の刀を大鎌で防ぎ、弾いた。そしてたたらを踏んだ青蘭へ、ジェノは大鎌を薙ぐ――が、素早く青蘭は跳躍し、大鎌を回避する。

「チィッ」

 先程のように踏み台にされるのを防ぐためか、ジェノは大鎌を構え直してバックステップで青蘭から距離を取る。と同時に、青蘭は地面へ着地した。

「面白ェ……面白ェなァおいィ……!」

 最高に楽しい、とでも言わんばかりの表情でジェノは高笑いし始めた。月明かりに照らされ、夜空を仰ぎつつ奇声にも似た笑い声を上げるジェノの姿は、どうしようもなく狂って見えた。青蘭でさえもが、息をのんで何も言えなくなる程に、その姿は狂気に満ちていた。

「お前も楽しいだろォ……そうだろおいィ……ッ!」

 狂気で表情を歪めると、ジェノは大鎌を青蘭の首目がけて左へ薙いだ。と同時に、大鎌は伸びていく。すかさず青蘭は刀で大鎌を受けようとするが――

「な――ッ!」

 ぐにゃりと。大鎌が曲がった。青蘭が刀で受けようとした反対側から、青蘭の首へ大鎌の刃が迫る。

「ッハァッ!」

 ジェノがそんな声を漏らすのとほぼ同時に、青蘭は身を屈めた。

「厄介だ……ッ」

 間一髪大鎌を回避した青蘭は、下から刀を振り上げるようにして大鎌の柄を切った。思いの外容易に大鎌の柄は刀によって切られ、ボトリと音を立てて刃の部分が地面へ落ちる。

 前に、チリーの大剣が破壊されたことがある。その際チリーは、圧倒的敗北感を植え付けられ、しばらく神力を使えなかった……。あまり想像は出来ないが、この男も、大鎌を使い物にならなくされれば、少しは動揺を見せるかも知れない――そんなことを青蘭が考えていた矢先だった。

「やるじゃねえかァ……」

 動揺するどころか笑みを浮かべると、ジェノは一度大鎌を消し、再び大鎌をその右手の中に出現させる。

「再発動……ッ!?」

「そんなに珍しいことじゃねえだろォ……そんなに驚くなよォ――――なァッ!」

 青蘭が驚愕に表情を歪め、動きを止めている隙に、ジェノは大鎌で青蘭の首ではなく――青蘭の刀目がけて薙いだ。

「しまっ――」

「青蘭君っ!」

 青蘭が声を上げた頃には既に遅く、青蘭の持っていた刀は伸ばされた大鎌によって弾き飛ばされる。刀は宙を舞い、その刀身に月光を反射させつつ、音を立てて地面へ落下する。

「来るな、伊織! 麗さん達を――」

 後方から、青蘭の元へ駆けよってくる伊織を、青蘭が制止しようとしたその時だった。

「楽しかったぜェ……」

 呟くようにそう言うと、ジェノは大鎌を一度元の長さに戻すと、思い切り振り上げた。

「じゃあなァ……」

「伊織ッ! 来るなァァァッ!」

 青蘭がそう叫ぶのと、目の前で鮮血が舞うのはほぼ同時だった。

「いお……り……」

 青蘭の表情が、みるみる内に蒼白になっていく。そんな青蘭の顔を、赤い血が汚した。

「あァ……?」

 ジェノですら、驚愕で表情を少しだけ歪めている。

「そん……な……」

 彼女の手が、震えながらもそっと青蘭の頬に触れた。細く華奢なその手が、青蘭には消えてしまいそうな程に儚く見えた。

「伊織……伊織……ッ!」


 青蘭をかばうようにして、伊織の背中にジェノの大鎌が突き刺さっていた。


 大鎌の刃は伊織の背中を貫通し、胸部から突き出ている。彼女の着物は真っ赤な血で染め上げられ、鮮やかに赤く染まっていた。

「青蘭……君……っ」

 倒れかける伊織の身体を、青蘭は慌てて抱き止めた。抱き止めたその華奢な身体は、青蘭が思っているよりもずっと軽かった。

「伊織……何で……ッ!」

 青蘭の言葉に伊織が答えるよりも先に、伊織の身体から大鎌が抜かれた。

「……うっ」

 呻き声と共に伊織の身体から血が噴き出し、再び青蘭を赤く汚した。

「興醒めだなァおいィ……」

 ジェノは険悪な表情を見せると、大鎌を元の長さに戻した。


「青蘭……君……大丈……夫?」

 かすれかけた声でそう言いつつ、伊織は顔を上げて青蘭へ視線を向けた。

「伊織……何で、こんな……」

 触れている彼女の身体が、徐々に冷たくなっていく。

 死が、彼女に迫っているのだと青蘭はすぐに理解した。

「おい! しっかりしろ……伊織!」

 必死な表情で声をかける青蘭とは裏腹に、伊織は傷口から血を大量に流しながらも、どういうわけかニコリと微笑んで見せた。

「良か……ったぁ……私、青蘭君の助けに、なれた……んだね……」

 途切れ途切れに、かすれた声で伊織はそう言って、その細い両腕で青蘭の肩を抱き寄せた。青蘭の胸に顔を埋め、伊織は暖かい、と呟いた。触れ合った彼女の身体から伝わる体温が冷たくて、青蘭は少しでも温めようと伊織を抱きしめる。すると、伊織は幸せそうな笑みをこぼした。

「私ね……ずっと、青蘭君のこと……好きだった、よ?」

 伊織の言葉に、青蘭は耳を疑った。

「伊織……何、言って……」

 伊織は青蘭の胸から顔を離すと、今にも消えてしまいそうな笑顔を浮かべて、青蘭の顔を見上げた。

「やっと、……やっと、言えた……」

 そんな伊織の様子に、青蘭は何て言葉をかければ良いのかわからず、ただ戸惑った。徐々に冷たくなっていく彼女の身体を抱いたまま、青蘭は幸せそうな伊織の笑顔を見つめ続けることしか出来ずにいた。

「ずっと、ずっとだよ……ずっと好き、だった……小さい時から……」

 まるで、最期の言葉。

 出し惜しみしたくない。これが最期。そう言わんばかりの声音で、伊織は言葉を続ける。

「ねえ、そんな顔……しないで」

 青蘭の頬にもう一度触れ、伊織は青蘭へ微笑みかけた。

「私……幸せだよ? 大好きな……青蘭君の胸の中で……死ねて……」

 伊織のその言葉に、青蘭は血相を変えた。

「死ぬとか言うな……ッ! 伊織が死ぬなんて……」

 考えられない。青蘭がそう言葉を紡ごうとすると、伊織はそれを制止するかのように青蘭の唇へ人差指で触れた。

「ありがとう、青蘭君」

 最後にもう一度だけ微笑んで、伊織は目を閉じた。

 冷えた彼女の体温は、もう戻らない。青白くなってしまった彼女の顔は、三日月によって美しく装飾された。

 彼女の口から吐息が漏れることはもうない。青蘭に唇に触れていた手は、力を失ってだらりと肩から垂れ下がる。華奢な彼女の身体は、青蘭へともたれかかった。


 伊織は笑顔のまま、息を引き取った。


「伊織……おい、嘘だろ……返事してくれよ……」

 ピクリとも動かない、伊織の冷たい身体を青蘭が揺さぶるが、一切の反応を示さない。

「伊織……伊織ィッ!」

 返事など、あるハズもなかった。

「うわあああああああああああああッッ!」

 嗚咽混じりの咆哮が、辺りへ響き渡った。

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