表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
85/128

episode85「Deathscythe-2」

 喫茶店での騒動の後、青蘭と伊織はクリストを連れて宿の部屋に戻っていた。クリストにはシャワールームで汗を流させ、光秀の代えの服を着させて、光秀のベッドに寝かせている。疲れがたまっていたのか、クリストは礼を言うとすぐに眠りについてしまった。

「……ジェノだな」

 喫茶店で襲いかかってきた男の特徴を話すと、しばらく考え込むような表情を見せた後に光秀はそう呟いた。

「知ってるんですか?」

「噂だけは、ね」

 青蘭の問いに、光秀の代わりに麗が答える。

「ゲルビアの死神。変幻自在の大鎌で首を狩る悪魔のような男……って噂を、東国にいた時に一度聞いたことがあるわ」

 変幻自在の大鎌……。伸縮自在の大鎌は確かに変幻自在と言えるだろう。そしてあの男の風貌も、死神と呼ぶに相応しい。

 ――――面白ェ……面白ェぞおいィ……!

 男――ジェノの言葉と表情を思い返し、青蘭は怖気を感じた。あれ程までに狂った雰囲気を持った男を、青蘭は知らない。戦闘を、殺戮を、刃を、血を、狂気を、心の奥底から求めているかのような、生まれついての戦闘狂。一度刃を交えただけでそこまでわかる程に、ジェノは狂っていた。

「問題なのは、ジェノ程の男に、そこで眠っている彼がどうして狙われているのか……ね」

 麗の言葉に、光秀は静かに頷いた。

「どうもただ事じゃねえなこりゃ……」

 ポリポリと後頭部をかきつつ、光秀は呆れ顔でそんなことを言った。

「この人、すごくボロボロになってまでジェノって人から逃げてたみたいです……」

 眠っているクリストを神力で治癒しつつ、伊織は不安げな表情を浮かべた。

「それだけの何かを、彼が持っているということね」

「ジェノがゲルビア側の人間……ってことを考えると、赤石……もしくは聖杯関係って考えるのが妥当ですね」

 コクリと。麗は青蘭へ頷いて見せた。

「彼から何か、有力な情報を得られるかも知れないわね……」

 麗の言葉に、その場にいた全員が頷いた。





 刃と刃がぶつかる音。肉を切った感触。血の温かさ。返り血をなめとった時の味。響き渡る断末魔の叫び。それらの記憶を反芻し、男は――ジェノはニヤリと笑みを浮かべた。感触、声、味、死体、死の臭い。五感全てをフルに活用して感じた死は、戦いは、ジェノにとってこれ以上ない程に至高にして究極の娯楽だった。

 そして今日、刃を交えたあの青年。瞬時にジェノの大鎌が伸びると理解し、周囲への警告をしつつ抜刀しての防御。身震いする程にうまそうな手練えさだった。

「東国の武器かァ……」

 あの青年が使っていた武器を、ジェノは生で見るのは初めてだった。東国で使われている「刀」と呼ばれる武器だと言う知識は持っていたが、実際に見たのはこれが初めてだった。

 極上の手練えさが使う、刃を交えたことのない武器。考えただけでジェノは高揚感に満たされた。

 戦闘狂。と、誰かがジェノのことをそう言った。その言葉をジェノは否定しようとは思わなかったし、むしろ適切とさえ感じた。

「楽しみだァ……」

 クリストを狙う以上、恐らくあの青年とは再び戦うことになるだろう。恐らくあの青年は、これからクリストと行動を共にするだろうし、クリストはあの青年へ護衛してくれと頼むだろう。

 命令通りクリストを狙っていれば、いずれはあの青年と戦える。

 そこまで考え、ジェノは再び笑みを浮かべた。





「疑似聖杯?」

 青蘭がクリストの言葉を繰り返すと、彼は静かに頷いた。

 クリストを助けた翌日、目を覚ました彼は青蘭達の、状況を説明してほしいという要求に快く応じてくれた。

「疑似聖杯と言うのは、赤石を受け入れ、変質させてその膨大な神力を利用するための器、聖杯の模造品だ」

「聖杯を……模造したというの!?」

 声を荒げた麗に、クリストはあくまで冷静な態度で頷いた。

「ゲルビアの国王、ハーデンは先日、赤石を入手した」

 クリストの言葉に、彼を除く全員の表情が険しく歪められた。青蘭達の脳裏を、赤石を奪われた瞬間の映像が過っていた。

「その赤石の神力を利用するのには聖杯と呼ばれる器が必要だったが、未だに所在不明。そこで陛下は、聖杯を模造しようと考えられたのだ」

「それが、疑似聖杯……」

 伊織が呟くと、クリストは小さく頷いた。

「何人ものニューピープルの神力と、我々研究者の技術によって、疑似聖杯を造り出すことには成功した。成功したのだが……」

 クリストは険しい表情を見せつつ、言葉を続けた。

「私は思ったのだ。陛下はゲルビアという大国を持ちながら、これ以上何のために力を欲すると言うのか……。私は陛下に、赤石の力を与えるのは危険だと判断した」

 ゲルビア国王、ハーデンの目的。それは依然として不明なままだった。ゲルビア帝国と言う、大陸どころか世界最大とも言える大国を持ちながら、赤石に秘められた膨大な神力を彼が欲する理由。これ以上彼が、何を求めているというのか。それは青蘭達には勿論、クリストにもわからなかった。

「それで、結局疑似聖杯はどうなったんだ?」

 光秀がそう問うと、クリストはここだよ、と自分の胸を叩いた。


「疑似聖杯は、私の体内にある」


「「――――ッ!?」」

 青蘭達は驚愕に表情を歪め、クリストを凝視した。

「実験として私を器に、疑似聖杯を造った。研究の結果わかったことなのだが、神力を扱うことが出来るのは人類、もしくはそれに準ずる生命体だけだ。故に聖杯だけで赤石を受け入れても神力を扱うことは出来ない」

「だから聖杯は人間の体内になければならない?」

 クリストの言葉を続けるかのように問うた麗へ、クリストはそうだ、と答えた。

「ジェノが……ゲルビアが狙っているのは私の中の疑似聖杯だ。私を生け捕りにし、赤石の器として利用するためにな。私は陛下に……いや、ハーデンへ赤石の力が渡るのを恐れ、疑似聖杯を身に宿したまま逃亡したのだ」

 これで合点がいった。クリストがジェノ程の男に追われていたのには、彼の体内にある疑似聖杯が原因だったのだ。彼が必死に逃げる理由も、ジェノがクリストを追う理由にも、これで説明がつく。

「疑似聖杯を造ることが出来たニューピープルの神力使いは、疑似聖杯が完成した後に死亡している。そして、彼と同じ神力を使えるニューピープルをもう一度創り出すことはほぼ不可能に等しい。何故なら彼とその能力自体、偶然創り出されたものだからだ……」

 つまり、もう一度疑似聖杯を造り出すことは実質不可能。ということになる。

「なるほど……ね」

「恐らくもうじき私もあの白髪の少年のように、指名手配されることになるだろう」

 白髪の少年、という言葉に反応し、青蘭は表情を変えた。

「知り合いか?」

「……ああ」

「私は、あの少年が悪人だとは思わん。写真だけでも十分にわかる。あれだけ真っすぐな目をした少年のどこが犯罪者に見えるだろうか……。恐らく彼は、ゲルビアにとって何かしらの脅威になるか……それとも何か情報を持っているのか……。どちらにせよ、私は彼が悪人だとは思わん」

 個人的な見解だがね、と付け足して、クリストは微笑んだ。

「ジェノはその……ニューピープルとか言う奴なのか?」

「いや、彼は人間だ」

 光秀の言葉にそう答え、クリストはジェノのことを思い出したのか表情を強張らせた。

「……貴方を保護しても良いわ」

 そう言った麗へ、クリストは本当か!? と強張らせていた表情を少し明るくして問うた。

「ただし条件があるわ。貴方の疑似聖杯を、東国復興のために使わせること」

「構わん」

 クリストがそう答えると同時に、青蘭達は驚愕の表情を見せた。

「おい、そんなに簡単に答えて良いのかよ!?」

「ハーデンの手に渡らなければそれで良い。それに君達が赤石の力を悪用するようなら――自ら命を絶つだけだ」

 クリストが嘘を吐いていないのだと、青蘭は直感的に判断した。彼の目は、本気だ。赤石を悪用させないためなら、彼は本当に自ら命を絶つだろうと、容易に想像出来る程に、彼の目は本気だった。その覚悟の強さに、青蘭はゴクリと生唾を飲み下した。

「それともう一つ――貴方が知っているニューピープルの情報を、全て吐き出しなさい」

「……良いだろう」

 静かに、クリストは頷いた。





 ニューピープルの成り立ち。彼らが全員神力を持つこと。人間を超越した身体能力を持つこと。知っている全てを語ったクリストは、己が運命の全てを麗達に委ねることに決めた。それ以外に生き残る術はないし、何より今頼れるのは彼らしかいなかった。

 どうするにせよ、自分が命さえ絶てば赤石の力が悪用される可能性は減る。それだけは確かだった。

 そんなことを考えつつ、クリストは青蘭と光秀の部屋でベッドに横たわっていた。床で良いと言っているのに、青蘭という青年は自分のベッドに寝てくれと何度も頼んでいた。他人が床で寝ている中、自分だけベッドで寝ているのは忍びなくて眠れないのだそうだ。故に今彼は、野宿用の寝袋にくるまって床で眠っている。

 ジェノに狙われている。という不安感が、クリストの安眠を妨害した。助けられた直後は何も気にせずただひたすらに眠ったが、今思えばよく眠れたものだと思う。

 嘆息しつつ、クリストが窓に視線を向けた――その時だった。

「よォ」

 不意に、窓の外にジェノの姿が見えた。恐らく大鎌の先端を屋根に引っ掛けているのだろう、ジェノは右手で大鎌の柄を握り締め、ぶら下がるようにして窓からこちらを見ていた。

「開けろよォ……」

 恐怖に震えつつ、青蘭達を起こすことも出来ぬまま窓を開けると、ジェノは笑みを浮かべた。

「閉鎖された研究所があるだろ、そこに来いィ……」

 ただし、と付け足し、ジェノは左手で眠っている青蘭を指差した。

「ソイツを連れて二人だけで来い、わかったかァ?」

「誰がそんな要求を……」

「良いのかァ? この町の人間の首、狩っちまってもよォ?」

 ジェノはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべると、クリストの返答を待たずにじゃあなァ、と言い、身体を後ろへそらした。その勢いで屋根に引っ掛けていた大鎌が外れ、ジェノは地面へと急降下していく。その途中、ジェノは壁を勢いよく蹴って建物から離れると、空中でクルリと回転する。そうすることで勢いを殺し、ジェノは地面へ無事に着地した。

 そして窓から唖然とした表情で見つめているクリストへ視線を一度だけ向けると、その場を立ち去って行った。

 彼の目的はクリストの持つ疑似聖杯、そして――青蘭との戦闘。

「戦闘狂が……ッ」

 侮蔑の意味を込めてそう吐き捨てると、クリストは慌てて部屋を飛び出していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ