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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
82/128

episode82「Revenge-3」

 翌日の午後、ニシルとエルゼは写真屋で昨日の写真を受け取った。予め店員に頼んでおいたため、写真はペンダントにはめることが出来るように切り抜かれている。写真屋を出、エルゼはそれを嬉しそうにしばらく眺めた後、ニコリとニシルへ微笑みかけた。

「ありがと」

「でも、ホントに僕で良かったの……?」

「うん。お母さんと先生以外だと、私に関係のある人ってニシル君だけだから」

 お父さんは? と聞きかけて、ニシルは口をつぐんだ。一度も「お父さん」と口にしなかったということは、既にエルゼの父は――

「お父さんはね、私が生まれる前に死んじゃったみたいなの」

 まるでニシルの心の内を察したかのようなタイミングで、エルゼはそう言った。

「だから私の中の世界は、お母さんと先生と、それからニシル君だけ」

 そう言ってエルゼは、切なげな表情でもう一度写真へ視線を移した。

「まだ知り合ったばかりだけど、ニシル君は私にとって初めての友達ってことになるの」

「へぇ。それは光栄だけど、尚更僕で良かったのか不安になるよ」

 そう言って冗談っぽく笑うニシルに釣られて、エルゼはクスリと笑みをこぼした。



 ニシルが部屋へ戻ると、ベッドの上に転がっているチリーから羨ましげな視線で見つめられた。どうやらチリーは今日も一日中外に出られなかったらしく、ローブは昨日かけてあった場所から少しも動いていないようだった。

「お前またどっか行きやがって……俺も連れてけよな……」

「無理。まだ何も言ってないのにミラルから『絶対ダメ』とでも言わんばかりの目で見られてるし、僕もチリーを外に出すことは賛成出来ないよ」

 ニシルの言葉に、チリーはクソ! と悪態を吐くと、退屈そうにベッドの上を転がった。

「あれ? ニシルそれ、どうしたの?」

 ミラルが指差したのは、ニシルが首に下げているロケットペンダントだった。ニシルはそのことに気付くとすぐにしまった、といった様子でペンダントを右手で覆うが既に遅く、その場にいた全員の視線がニシルのペンダントへと向けられる。

「あ、いや……何でもないよ」

「ンだよ、何でもないってことはねーだろ」

 チリーの言葉には答えず、ニシルはトイレ行って来る、とだけ伝えると、まるで逃げるかのように部屋の外へと出て行った。

「何だありゃ?」

 首を傾げるチリーに、ミラルはさあ? とだけ答えて同じように首を傾げた。



 その次の日の午後も、エルゼと会う約束をしていたニシルは待ち合わせ場所――写真屋の前へと来ていた。

 しかし、数十分程待って見てもエルゼはその場所へ現れなかった。もしかすると病院から抜け出せなかったのかも知れない、とニシルが考えを巡らせていると、写真屋の中から先日ニシルとエルゼの写真を撮ってくれた店員の男が顔を出した。

「あの、すいません……」

「は、はい?」

 不意に話しかけられ、やや声を裏返らせてニシルはそう答えた。

「貴方がここに来たら、これを渡すように頼まれたんですが……」

 男がニシルへ差し出したのは、一通の手紙だった。

「これは――ッ!?」

 書かれていた内容に、ニシルは戦慄した。



「こんな所に僕を呼び出して、どういうつもり?」

 今は閉鎖されている、ゲルビア帝国立遺伝子研究所の付近に存在する林へ、ニシルは着ていた。笑みを浮かべながらも言葉に怒気を込めるニシルの前には、長い金髪の男が立っていた。中性的な顔立ちをしており、文句なしに美青年と呼べる風貌であった。

「どうもこうも、手紙は読んでくれたんだろう?」

「ふぅん。手紙の内容が冗談なら、許しても良いかなーって思ったんだけど……冗談じゃないみたいだね……」

 ギロリと男を睨みつけ、ニシルはポケットから先程店員から受け取った手紙を取り出し、それを男に見せつけるようにビリビリと破いて足元へ捨てた。

「エルゼを返してくれる? どこの誰だか知らないけど、こんな姑息な手段で誘き寄せるなんて……」

 簡単に言うと手紙の内容はこうだった。少女を返して欲しければ、ゲルビア帝国立遺伝子研究所付近の林へ来い。

 あまりにありきたりな文面に、普段のニシルなら腹を抱えて笑いそうなものだったが、事情が事情だったため、笑えるような心境にはなれなかった。

「あの少女ならすぐに返すさ」

 パチンと。男が指を鳴らすと同時に、傍の木の上から一人の男が飛び降りる。その男は一人の少女を抱えているというのに、驚く程身軽な動作で着地すると、ニシルの方へ顔を向けた。

「お前――ッ!」

 ニシルにはその顔……否、その仮面に見覚えがあった。



「もう、チリーったらいつまで寝てるつもりなの……?」

 嘆息し、ミラルはチリーの寝ているベッドへと歩み寄る。チリーはベッドの中に潜って眠っているらしく、毛布は大きく盛り上がっている。

「もう、チリーってば――」

 毛布をはぎ取った瞬間、ミラルは絶句した。

「どうした?」

 自分のベッドへ腰かけて考え事をしていたトレイズが静かに問う。しかし、ミラルは返事をしなかった。仕方なくトレイズは腰を上げ、ミラルの傍へ歩み寄る。

「……ミラル?」

 トレイズはチリーのベッドを覗き込み……そして小さく溜息を吐いた。

「アイツ……!」

 毛布のはぎ取られたベッドには、チリーが使っているトランクケースが置いてあり、その上に一枚の紙切れが置いてある。紙切れには乱雑な字で「ちょっと旅に出ます」と書かれていた。間違いなくチリーの字である。

「逃げたか……」

 呆れ顔で、トレイズが嘆息した。



「久しぶりだね? そうだね? 少年?」

「エリニアにいた仮面男……ッ!」

 その仮面の男は、かつてニシル達がアギエナ国のエリニアに滞在していた際に出会った、青蘭を付け狙っていた暗殺者の神力使いで、チリーと青蘭の手によって倒された男だった。

 仮面の男が抱えている少女は、紛れもなくエルゼだった。どうやら気絶しているらしく、グッタリとしたままピクリとも動かない。

「その子……離してくれるかな……?」

 険しい表情でニシルがそう言うと、仮面の男は良いよ? と静かに答えた。

「ただし、君が代わりに人質になるのが条件だよ? 交換条件だね? 少年?」

「僕が人質に……?」

 訝しげな表情で問うたニシルへ、金髪の男がそうだ、と答える。

「僕達の目的はチリーだからね……君を囮に、彼を誘き寄せる作戦さ」

 金髪の男は意味もなく悩ましげに自身の前髪をかきあげ、ニコリと微笑んだ。

「僕とゲイラの目的はチリーをなぶり殺すことだよ? だから君が人質として必要ということだよ? わかるね? 少年?」

 ピクリと。ニシルの表情が変わった。

「さあ、大人しく僕の所へ来てくれ。大丈夫、僕達はチリーに復讐さえ出来ればそれで良い。君へ必要以上に危害を加えるつもりはないよ」

 ゲイラと呼ばれた金髪の男の言葉に、ニシルはギュッと拳を握りしめると、薄らと笑みを浮かべた。しかしその笑みは口元だけで、目は少しも笑っていなかった。

 静かな怒気が、ニシルから発せられた。

「僕も……なめられたモンだね……」

「――――ッ!?」

 先に何かを感じ取ったのは仮面の男だったらしく、エルゼを抱えたまますぐにバックステップでニシルから距離を取った。

「少年……神力使いだね? そうだね? 少年?」

 仮面の男の問いには答えず、ニシルはすぐさまゲイラへと殴りかかった。ゲイラは素早く身をかわすと、何のつもりだい? とニシルへ問うた。

「上等だよ……僕に喧嘩売ったこと、後悔させてやるッ!」

 ニシルが身構えたのと同時に、ゲイラも身構えた。

「エトラ、その少女を君の能力で木に縛り付けてくれ」

 エトラと呼ばれた仮面の男は小さく頷くと、少女を後ろの木の幹へよりかからせた。

「少年と戦うつもりだね? そうだね? ゲイラ?」

 そう言いつつ、エトラがエルゼへ右手の平をかざすと、その手の平から鉄製のワイヤーが伸び、エルゼの身体へと巻き付いた。その結果、エルゼはエトラのワイヤーによって木に縛り付けられた状態になる。

「何? エルゼの命が惜しかったら降参しろとか言うつもり? どこまでお前らひきょ――」

「勘違いするな。そういうわけじゃない。僕は君とそういうのはなしで戦うつもりだ」

 え、とエトラが短く声を上げたが、ゲイラはそれを意に介さぬ様子で再び身構えた。

「へぇ……そりゃ……」

 徐々に、ニシルの右手が熱を帯びていく。その熱によって、ニシルの右手の周囲に陽炎が立ち昇る。

「助かるよッ!」

 勢いよく、ニシルはゲイラへ熱を帯びた右手を突き出した――――が、その右手はゲイラに届くことなく空を切った。

「な――ッ!?」

「目に焼き付けておくが良い……。僕の美しさを」

 その背中には、翼が生えていた。本来人間なら持ち得るハズのない、鳥の如き翼が、ゲイラの背中には生えていたのだ。翼をゆっくりとはためかせ、ゲイラは宙に浮いていた。

「翼……!」

「……これを見てくれ」

 ゆっくりと。ゲイラは宙に浮いたままニシルへ背を向けた。

 ゲイラの両翼の付け根の片方にだけ、生々しい傷痕が残っていた。まるで、何か刃物を突き刺したかのような傷痕だった。

「この傷は……チリーとかいうあのクソガキが付けたものだ……ッ」

 不意に、ゲイラの語気に憎しみが込められた。

「あの……クソガキ……ッ!」

 静かにこちらへ身体を向けたゲイラの表情は、これでもかという程憎しみでゆがんでいた。先程までの美しい顔立ちを憎しみに歪め、ゲイラは拳を握りしめた。

「僕の顔に傷を付けただけじゃ飽き足らずッ! 僕の背中にまで傷を付けたんだッ! この僕の美しい身体にだぞ!?」

 吐き捨てるように怒鳴り、ゲイラは許せない、と憎々しげに呟いた。

「だから君には人質になってもらう……。僕の身体を傷付けたあのクソガキを、死ぬ程後悔させてから殺してやるッ!」

 激情を露わにするゲイラとは対照的に、ニシルは笑みを浮かべていた。

「何がおかしい!?」

「チリーにはお前なんかじゃ勝てないよ。今度は別の部分を傷つけられるのがオチだ」

「貴様……なめた口を……ッ!」

 瞬間、ゲイラの両翼から鋭利な羽がニシル目がけて射出された。ニシルは素早く羽を避けると、ゲイラ目がけて駆け、そして跳躍する。チリー程跳べるわけではないため、ゲイラの顔や腹部には到底届かない。しかし、足を掴んでやることぐらいは出来る。

 ガッシリと。ニシルはゲイラの足を右手で掴んだ。

「おおおおおッ!」

 ニシルが声を上げると同時に、ゲイラの足を掴むニシルの右手から高熱が発せられた。肉の焼け焦げるような音と臭いと共に、掴まれたゲイラの右足が凄まじい勢いで焼けただれていく。

「く……ァァァァッ!!」

 絶叫し、すぐにゲイラは足をバタつかせてニシルを振りほどく。ニシルは勢いよくその場へ落下し、尻もちをついたが、その表情は満足げに微笑んでいた。

「あああッ! ああああッッ!」

 苦痛の声を上げ、ゲイラは焼けただれた自分の右足を両手で押さえる。

「……何てことをッ!」

「僕の美しい身体に傷を……ってかい? ナルシストもいい加減にしとかないと嫌われるよ? 僕はもう既にお前のこと大ッ嫌いだけどね」

 余裕のある笑みを浮かべたニシルへ、ゲイラは憤怒の視線を向けた。その顔は怒りと憎しみで異常な程に歪められており、パッと見た感じでは誰だかわからない程にその顔は歪められていた。

「許さない……お前も、チリーも、絶対に許さないッ……!」

「感情的になるのは良くない、そうだね? ゲイラ?」

 エトラは落ち着かせるつもりで言ったのだろうが逆効果だったらしく、ゲイラはギロリとエトラを睨みつけた。

「うるさいッ! それに、その鬱陶しい喋り方はやめろと言ってるだろう!」

 ゲイラの怒声に、エトラは仮面の下で静かに嘆息した。

「お前のことは……原形を留めぬ程グチャグチャにして殺してやる……ッ!」

「おお、怖い怖い。でもね、怒ってるのはお前だけじゃない」

 ギロリと。ニシルはゲイラを睨みつけた。

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