表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
79/128

episode79「Not alone」

「あ、おい、チリー!」

 ニシルの呼ぶ声も聞かず、チリーは研究所を飛び出した。ミラルとトレイズの声も聞こえたが、それを振り切るかのように走り出した。

 ――――俺が、化け物……!

 知りたくなかった。知らなければ良かった。

 普通だと思っていた。テイテスで生まれ、普通に育てられたただの少年だと思い込んでいた。

 しかし、違った。

「俺は……ッ」

 体内に小赤石を宿す、究極の存在。人類を超越した新人類ニューピープル

 人間じゃない。

 人間を越えた身体能力、体内に秘められた膨大な量の神力。

 ――――化け物。

「『白き超越者』……ッ!」

 それが、チリーの正体だった。





 町の中を三人で捜し回ったが、チリーは見つからなかった。

 研究所を飛び出したチリーを追いかけていたのだが、町の中に入った途端に見失ってしまったのだ。

「どこ行っちゃったのよ……」

 辺りを見回してチリーを探しつつ、不安げな表情でミラルは呟く。

「ごめん、僕のせいだ……」

 嘆息し、ニシルはしゅんとうなだれた。

 ――――化け物じゃないか……ッ!

 あの時言った自分の言葉が、チリーを傷付けた。そういう風に、ニシルは考えていた。

 チリーが「白き超越者」だとニシルが知ったのは、チリーが飛び出した後だった。ミラルは洞窟でニコラスがチリーに対して「白き超越者」と言っていたことをニシル達に話したのだ。

 ニューピープルの研究所の所長だったラウラ、ラウラの息子であるチリー、ニコラスの言葉、チリーの身体能力。チリーが「白き超越者」だと結論を出すには、十分な事実だった。

「一度図書館に戻るぞ」

「何でだよ!? チリーはまだ見つかってないんだぞ!」

 静かにそう言ったトレイズに、ニシルは声を荒げた。

「捜索を止めるわけじゃない。カンバーの手を借りるだけだ。人数は多い方が良い」

「あ、そっか……ごめん」

「いや、気にするな」

 謝るニシルにそう答え、トレイズは嘆息する。表情の変化こそ乏しいが、彼なりにチリーを心配している証拠だった。目に見えて冷静さを欠いているニシルとは対照的に、トレイズは努めて平静を装っていた。

「チリー……!」

 ギュッと。ミラルは拳を握り締めた。



 図書館内へ戻ると、カンバーは変わらず本を読み続けていた。午前中より、本棚十本分程先の本棚の本を読んでいたが……。

 本へ熱中し続けるカンバーから何とか本を取り上げ、ミラル達はカンバーを連れて宿へと戻った。戻る途中、しばらくカンバーは名残惜しそうな顔をしていたが、チリーが失踪したことを話すと、事の重大さを察したらしく、カンバーは真剣な表情に切り替わった。

「それで、この手帳が研究所の所長であるラウラさんの物なんですね?」

 トレイズとカンバーの部屋で、カンバーは自分のベッドへ腰掛けると、ミラル達へそう問うた。

「ああ。そしてラウラは……チリーの母だ」

 トレイズのその言葉に、カンバーは表情を一変させた。

「チリーさんの母親が……ゲルビアの研究員……ですか」

 そう呟き、カンバーは手帳を開く。そしてそこに書かれた文字を、一字一句逃すことなく真剣に熟読する。

 数分の沈黙の末、読み終わったカンバーは手帳をトレイズに手渡し、静かに嘆息する。

「これで、チリーさんの身体能力や、ザハールとの戦闘で見せた打たれ強さにも説明がつきますね……」

 カンバーの言葉に、ミラル達はコクリと頷く。

「僕が悪いんだ……。『化け物』だなんて……言うべきじゃなかった……!」

 拳を握り締め、歯噛みするニシル。

「とにかく、チリーさんを捜しましょう。町の外には出ていないハズです」

 カンバーの言葉に、全員が静かに頷いた。





 日は既に落ち始めていた。次第に暗くなっていく景色に、チリーは自分の心情を重ねた。

 ――――化け物。

 その言葉が、チリーの脳内から片時も離れようとはしなかった。思う度に、悲しさとも悔しさとも取れないような感情が溢れ出す。

 自分は母から生まれたのではなく、母によって創られたのだ。血など、誰とも繋がっていない。キリトでさえ、義理の父と大差がない。

 独りだった。

 創られた化け物である自分は、独りきりだった。

「いや、独りじゃねえな……。化け物の、仲間だ」

 能力を無効化し、不敵に笑うニコラス。巨大な腕のドリルで地面を掘る、あの大男。そして――元凶である現在のハーデン、「黒き超越者」……。チリーは彼らと同じ、「化け物」だった。「化け物」の中でも、ハーデンと並ぶとびっきりの化け物。それが、自分の正体だった。

 もう、皆の元へは戻れない。否、元々いるべきではなかったのだ。

 化け物と人間が、相容れるハズがない。強過ぎる力は、やがて周囲を破壊する。最初から、交わるべきではなかったのだ。

 自分の全てが人と違って見えた。

 顔も、髪も、手も、足も、こうして今思考を続けている脳も……人間じゃない。

 いつの間にか辿り着いた路地裏に、チリーは座り込んだ。建物の隙間から、月光が差している。いつの間にか日は完全に落ちてしまっていたらしい。

 周囲にはゴミが散らかっており、周囲の壁には様々な落書きがあった。

「この汚い場所で、化け物は化け物らしく静かに死ねば良い」

 ボソリと。チリーは静かに呟いた。



「チリー」

 声が、聞こえた。

 あれからどれ程の時間が経っているのかわからない。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだった。

 目を開け、声のした方向へ視線を向ける。

「――ッ!」

「チリー、捜したのよ……」

 そう言って微笑んだのは、ミラルだった。

「帰ろう? 皆待って――」

 チリーへ手を差し伸べ、ミラルが言いかけた時だった。

「来るなッ!」

 勢いよく、ミラルはチリーによって弾かれた。

「え……っ?」

 弾かれた右手を見つめ、唖然とするミラルをチリーは鋭く睨み付けた。

「余計なお世話なんだよッ! 頼んでもねえのに捜しに来やがって! 何が帰ろうだよ! ふざけんなッ! 俺には……俺には――」

 チリーの言葉は、途中から嗚咽混じりになっていた。

 拳を握り締め、チリーはミラルから視線を逸らしてうつむいた。

「帰る場所なんて……最初からねえんだよ」

 温かな滴が、チリーの目からこぼれ落ちた。

「化け物なんかに構ってねえでどっかに行っちまえよ! 独りにしてくれよ……ッ! どうせ俺は……独りだ……! 親すらいない、創られたただの化け物なんだよ……ッ!!」

 しばらく、その場に静寂が訪れた。チリーはうつむいたまま顔を上げず、ミラルは黙ったままチリーを見つめている。

「早く……どっか行けよ……」

 沈黙を破り、チリーは静かにそう言った。

「チリー」

 ミラルの言葉に、チリーは反応を示さない。うつむいたまま、ただ黙っている。

「チリー、顔上げなさい」

 どこか怒ったような口調で、ミラルはそう言った。

「うるせえ。どっか行けってさっきから――」

 顔を上げ、チリーが言いかけた時だった。


 次の瞬間、チリーの頬へミラルの平手打ちが直撃した。


 乾いた音が、路地裏の中で響いた。

「アンタの……アンタのどこが独りなのよっ!?」

 ミラルのその言葉に、チリーは怒鳴ろうとした口をつぐんだ。ミラルのその言葉に込められた思いを、感じ取ることが出来たからだ。

 母は目の前で殺され、父は化け物になり替わられ、大切にしていた人は自分を逃がすために命を落としている。そんなミラルの言葉だからこそ、チリーは重く受け止めることが出来た。

 ――――俺なんかより、ミラルの方がよっぽど独りじゃねえか……!

「同情したような顔しないでっ! 私は、独りなんかじゃない!」

「ミラル……」

「おじさんとおばさんもいる! ニシルも、トレイズも、カンバーも、青蘭だって……それに……チリーが、アンタがいるから……っ!」

 目に涙を溜め、嗚咽混じりになりながらもミラルは言葉を続ける。

「だから私は、独りなんかじゃない! アンタは……」

 アンタは、どうなの? そう問うて、ミラルは泣きじゃくり始めた。溢れ出る涙を拭いながらも、ミラルはチリーを真っ直ぐに見据えていた。

「俺は……」

 本当に、独りなのか? 自問すると同時に、何人もの顔がチリーの脳裏を駆け巡る。

 キリト。ニシル。トレイズ。カンバー。旅の仲間や、腹が立って仕方がないハズの青蘭。そして――ミラル。

 今まで自分を支えてくれた、助けてくれた人々の笑顔が、チリーの心を満たしていく。

 ――――受け入れたくなかっただけだった。

 自分が化け物だと、受け入れたくなかった。だから独りだなんて思いこんで、死のうとして、支えようとしてくれる人達を遠ざけて……。

 最初からわかっていたハズだった。

 独りでも、一人でもないこと。

「アンタは……チリーよ……」

 呟くように、ミラルは涙を拭いながら言った。

「化け物だろうと人間だろうと関係ない……。チリーは、チリーじゃない」

 化け物である前に。

 人である前に。

 チリーだった。

「チリーがチリーだってことに、変わりないじゃないの……!」

 それは、存在の肯定だった。

 自分が化け物だと、いてはいけない存在だという否定を打ち消す、肯定の言葉だった。

「ミラル……」

 辛いのは、誰だ? 自分だけか? 遠ざけられた相手は、辛くないとでも思ったのか?

 自問を繰り返し、チリーはかぶりを振った。

「俺は……」

 チリーが、言いかけた時だった。

「チリー!」

 聞き慣れた声が、チリーの耳に届いた。視線を向けると、そこに立っていたのはニシルだった。その後ろには、トレイズとカンバーも立っている。

 三人共が、どこか安心した表情でチリーへ視線を向けていた。

「……捜したぞ」

 そう言って、トレイズは安堵の笑みを浮かべる。

「見つかって良かったです……」

 カンバーはそう言って、胸をなで下ろした。

「チリー……その……」

 言いにくそうにどもった後、ニシルは意を決したかのように表情を変えた。

「ごめん。化け物だなんて」

 独りでは、なかった。

 心配してくれる人がいる。仲間がいる。それなのに遠ざけて、独りだと思いこんで。

 ――――俺は、馬鹿だ。

 いつも言われるが、今日程自分を馬鹿だと思ったことはない。

「……気にすんなよ」

 そう答え、チリーは笑みを浮かべた。

 そしてゆっくりと立ち上がる。

「チリー……?」

「ありがとな、ミラル。ありがとな……皆」

 ミラルとニシル達へ交互に視線を向け、チリーは大きく息を吸い込んだ。

「俺はッ! ニューピープルでも、『白き超越者』でも、化け物でもねえ! 俺は――」

 声高らかに叫ぶ。自分を。己という存在を。

「俺は俺だッ! チリーだッ! 文句あるかこの野郎ッッ!」

 チリーの言葉に、その場にいた全員が笑みを浮かべた。

「……ないわよ、馬鹿」

 トンと。ミラルは自分の額を、チリーの胸元へ当てた。

ここまでで「The Legend Of Red Stone」第二部完結です。

恐らく第二部で伏線のほとんどが回収されたと思います。(え、何これ意味わかんないだけど? って部分がありましたら是非感想欄へ)


これからしばらく連載を休止し、その後第三部の連載を開始しようと思っています。

これからも、「The Legend Of Red Stone」をよろしくお願いいたしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ