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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
77/128

episode77「Laura’s note-1」

 ゲルビア帝国立遺伝子研究所は、既に閉鎖された研究所だった。中に事件を起こした人工生命体が閉じ込められているため危険、という名目で未だ取り壊されることなくアルケスタに存在し続けている。研究所付近には立ち入り禁止を示すロープが張られていたが、チリー達は大して気にした様子もなくそれらを乗り越え(もしくはくぐり)、研究所の中へと入っていった。

 相談の末、チリー、ミラル組とニシル、トレイズ組に分かれることとなった。

「これ、動くかな……? ボタンが一つしかないっていうのも気になるし……」

 奥の方で、エレベーターを発見し、ミラルは思案顔でエレベーターを見つめる。エレベーターの傍にはボタンのついたパネルが存在するが、ボタンは下を示す矢印の描かれたものだけで、他のボタンは一切ついていない

「さあな。とりあえず動かしてみよーぜ」

 唸りつつ考え込むミラルとは対照的に、あまり考えようともせず、チリーはボタンへ手をかけた。

「あ、アンタ! 迂闊に押したら――」

 ミラルが言い終わるより先に、チリーはボタンを押していた。

「押しちまったぜ」

「押しちまったぜじゃないわよバカー!」

 得意気な笑みを浮かべるチリーの頭に、ミラルがゲンコツを喰らわせるのと、エレベーターのドアが開くのはほぼ同時だった。

「動いた……」

「痛ってーな……動いたから良いだろー」

 ブスッとした表情でチリーは呟いたが、ミラルは適当にあしらい、エレベーターの中へ足を運ぶ。それに、チリーも付いて行く。

「矢印が下だったってことは、地下に行くってことかしら」

「だろーな。この研究所、外から見た感じだと二階とかはなさそうだったしな」

 そうね、とミラルがチリーの言葉に賛同するのとほぼ同時に、エレベーターのドアはゆっくりと閉じた。古い上に整備されていないため、当然といえば当然なのだが、あまり調子は良くないらしい。

 ドアが閉じてしばらくすると、エレベーターは降下を始めた。



 一分と経たない内にエレベーターは停止し、ドアがゆっくりと開いた。

 薄暗い廊下だった。

 足元の電球が明かりになっているため、辛うじて歩ける廊下だ。明かりとなっている電球すら光が弱いため、少しでも気を抜けば転んでしまいそうな程の暗さだった。

「行くぞ」

「う、うん……」

 あまりの暗さに多少怖気づきつつも、ミラルがゆっくりとチリーの後を付いて行く。しかし途中でピタリと、チリーは歩を止めた。

「どうしたの?」

 スッと。チリーはミラルの方へ右手を差し出す。

「繋ぐぞ。狭いから大丈夫そうだが、見失うと困るだろ?」

「だ、大丈夫よっ! 別に……そんなことしなくたって……」

 頬を赤らめて手を振って拒否するミラルの姿は、前を向いているチリーには見えない。

「そっか。お前が大丈夫なら良いや」

 そう答えると、チリーは呆気なく手を戻す。

 その様子にやや慌てつつ、ミラルはチリーの右手を握った。

「ん?」

「ま、まあ……アンタを見失うのは困るから……」

 そう言って再び頬を赤らめるミラルの手を、チリーは強く握り返した。



 しばらく廊下を歩いて行くと、チリーの足に何かが当たった。

「何だ……?」

 訝しげな表情でチリーは足元へ視線を向ける――と同時に、絶句する。

「チリー……?」

「見るな!」

 後ろからチリーの足元を除きこもうとするミラルに、チリーは制止の声をかけたが既に遅く、ミラルの視線はチリーの足元へ向けられていた。

「何……これ……っ!?」

 左手を口元に手を当て、チリーの手を握ったままミラルは後ずさる。

 チリーの足元に転がっていたのは、白骨化した死体だった。白骨化したその死体の右手には、トランシーバーらしき機器が握られていた。

 恐らくこの研究所の研究員の一人であろうことは容易に想像出来た。

「……行くぞ」

 静かにそう告げ、前へ進むチリーの手を、ミラルは一層強く握り締めた。

 しばらく進むと、開け放たれたままになっているドアへ辿り着いた。その先は明かりがなかったが、薄暗い廊下を歩いて来ていたため、二人の目は随分と闇に慣れていた。

 やや緊張した面持ちで、二人はその先へと歩いて行く。

「ミラル、見えるか?」

「うん。なんとか……」

 部屋に入り、最初に目に入ったのは巨大なカプセルの破片だった。何かが入っていたのだろうそのカプセルの周囲には様々なコードが張り巡らされていた。

 そして部屋の入り口付近には、何体もの白骨化した死体が放置されていた。

「これは……」

 あまりに凄惨な状況に、ミラルは目を背けた。

 カプセルの前にも、白骨化した死体が横たわっていた。他の死体は白衣を身に着けているが、その死体だけはまるで王族のような衣服を身に着けていた。

 ゆっくりと。二人はその死体へと歩み寄る。

「この服……」

「見覚えがあるのか?」

 コクリと。チリーの問いにミラルは頷いた。

「お父様が、よく着てた……」

 その死体の首には、銀色のロケットペンダントが提げられていた。ミラルは身を屈め、そのペンダントを手に取った。

「ミラル……?」

 チリーの言葉には答えず、ミラルは恐る恐るそのペンダントの中を開いた。

「――――っ!」

 その中に収められた写真に、ミラルは絶句する。その様子に気付き、背後からはチリーはその中を覗き込む。

 写真に写っていたのは、優しく微笑んでいる男女。そして、その真ん中には、栗色の髪をした小さな女の子が写っていた。


 紛れもなく、幼い頃のミラルの姿であった、


「これって……お父様が……大切にしてた……」

 震える手でペンダント持ったまま、ミラルは呟いた。

 白骨化した、王族のような衣服を身に着けた死体。そしてその死体の首に提げられていた、ミラルの父――ハーデンの持ち物。

「この死体って……まさか」

 ゴクリと。チリーは唾を飲み込んだ。

「お父様……!」

 そこに横たわる死体は、ミラルの父でありゲルビア帝国国王――ハーデンの物だった。

「お、おい! ちょっと待てよ! 意味わかんねえじゃねえか! もしそれがハーデンの死体なら……なら、今ゲルビア帝国で好き勝手やってるハーデンは何者なんだよ! 偽物だっつーのかよ!?」

「わかんない……わかんない……けど……」

 嗚咽混じりに、ミラルはそのペンダントを握り締めた。

「私は……この人が……お父様だと、思う……」

「ミラル……」

 ミラルの思いは、チリーでも察することが出来た。

 自分の正体がゲルビア帝国の王女だと知り、自分達の敵が父親だと知った時、ミラルがどんな思いだったか。口にも、態度にも出しはしないものの、ミラルがどれ程複雑な心境だったかを、チリーですら少なからず察することが出来た。

 そして今も。

 父の死体の発見。それは、現在のゲルビア帝国国王であるハーデンの存在を真っ向から否定するものだった。

 優しい父は死に、代わりにそっくりな何者かが父になり替わっている。この事実は、ミラルの父が変貌し、あのような人間になったのではないと証明するための重大な証拠でもあった。

 父の死を悲しむべきか。父の無罪を喜ぶべきか。

 ミラルの中でない交ぜになった感情は溢れだし、涙となってこぼれ落ちた。

「お父っ……様っ……!」

 ペンダントを握り締め、嗚咽混じりに父を呼ぶミラルを、チリーはそっと抱き締めることしか出来なかった。



 ニシルとトレイズはチリー達と別れた後、各研究室を探索していた。

 しかし、大した成果は得られない。設置されている機械は軒並み動作せず、情報を得ることが出来ない。資料等も、研究に関連するものではあっても、ニューピープルに関して詳しく書かれた物は存在しなかった。

 所長室。

 その部屋を最後に、ニシルとトレイズは合流場所である入口へと戻ることに決めた。

 所長室の中は実に簡素で、必要な物以外は一切置かれていない、というような様子だった。

 ここにある物も、他の部屋にある物と大差がなく、二人は嘆息する。

「何にもないね。チリー達の方へ行けば良かったかも」

 冗談めいた笑みを浮かべるニシルに、トレイズはだな、と微笑した。

「ちょっと休まない?」

 そう問いはしたものの、ニシルはトレイズの返事を待たずに傍にあった、この部屋の主が使っていたであろう椅子へ腰掛ける。

「その白衣のポケットの中も、一応調べておけ」

 トレイズはそう言って、椅子にかけられている白衣を指差した。

「うん。何もないだろうけどねー」

 半ば諦め気味の表情で、ニシルは白衣のポケットの中へ手を突っ込んだ。

「お、何か入ってる」

 白衣の中に入っていた物を、ニシルはやや乱暴に引っ張りだした。

「手帳……かな?」

 ニシルの手に握られていたのは、一冊の手帳だった。

「ここの所長の物か……」

「こ、これ……!」

 手帳を眺めていたニシルが、突如として表情を一変させる。

「どうした?」

 すぐに、トレイズも手帳へ視線を移す。

「この名前って……」


 手帳の表紙には、「ラウラ」と書かれていた。

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