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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
72/128

episode72「Roots-5」

 ゆっくりと。ハーデンはミラルへと視線を向けた。

 ミラルは母を凝視したまま、ピクリとも動こうとしない。

「まるで別人のよう、か。ふむ……。ミラル、お前もそう思っていたのか?」

 大剣をシルフィアの身体へ突き刺したまま、ハーデンはミラルへ問うた。しかし、ミラルは何も答えず、ただひたすらにシルフィアを凝視している。

「ミラ……ル……逃げ、て……」

 掠れたシルフィアの声。苦痛で指の一つも動かせないハズなのに、震えるシルフィアの右手は、ミラルへと伸ばされている。

「アルド……ミラル……を」

「ふむ。答えられないか」

 ハーデンはミラルへ冷たい視線を向けると、シルフィアから大剣を引き抜いた。

「うっ……!」

「シルフィアッ!」

 引き抜くと同時に再び血が溢れ出し、シルフィアはベッドの上に横たわる。シーツを真紅に染め、ゲルビアの王妃は息絶えた。

「お母……様?」

 ミラルの言葉に、横たわるシルフィアは何も答えない。ピクリとも動かない。

 死という概念に初めて触れた少女は、訳もわからぬまま母の身体を揺さぶる。

「お母様! お母様!」

 何度揺さぶってもシルフィアは起き上がらない。ただ、ミラルの手がシルフィアの血で汚れていくばかりだった。

 不安、恐怖、悲しみ。ミラルの中でない交ぜになったそれらの感情は、やがて一滴の涙となって目からこぼれ落ち、母の死体を濡らした。

 血と混じり合う、涙。

 そんなミラルとシルフィアの姿を、アルドは何も言えずに見つめていた。

「ああ、そうか。死んだか」

 まるで、何も感じていないかのような口調だった。ハーデンはシルフィアへ一瞥をくれ、微笑する。

「脆い……脆いな人間ッ!」

 そう言って、ハーデンは豪快に笑い始めた。

「テメエ……ッ」

 アルドはハーデンへ接近すると、その胸ぐらを勢いよく掴んだ。

「自分が何やってんのかわかってんのか!?」

「殺した。シルフィアを。それ以上でも、それ以下でもなかろう」

「テメエは一体……何なんだよッ!? 本物のハーデンはどこだッ!?」

「私か? 私は……」

 ハーデンが言いかけた時だった――

「何事ですか!?」

 勢いよくドアが開き、数人の兵士が部屋の中へと入る。

 そして――驚愕。

 目の前で広がる異常な光景に、兵士達は言葉を失った。

 泣きじゃくる王女、息絶えた王妃。そして、王の胸ぐらを掴む、アルド。

「この男だ」

 静かに、ハーデンが言った。

「我が妻を殺し、今度は私に掴みかかって来たのだ」

「な――――ッ!?」

 一瞬で、兵士達の視線がアルドへと集まる。

 弁解しようにも、信用されないのは目に見えていた。王が相手では、まず勝ち目が

ない。

「クソッ」

 悪態を吐くと同時に、アルドはハーデンを離し、ミラルへと駆けよる。

「ミラルッ! 逃げるぞ!」

 ――――アルド……ミラル……を。

 シルフィアからアルドへの、最後の頼み。何としてでも、ミラルを逃がす。

「えっ……?」

 泣きながら戸惑うミラルを抱き上げると同時に、アルドは兵士達を押しのけて部屋を飛び出した。

「他の者達にも伝えろ。あの男――アルドが王妃を殺し、姫を連れ去って逃げたと」

「はい!」

 兵士達がそう答えたのを確認し、ハーデンは薄らと笑みを浮かべた。



 ミラルを抱きかかえたまま、ひたすらに走っていた。体力はある方だったが、少女とは言え人間を一人抱えたまま、それも後ろから追われているというプレッシャーの中で走り続けるのは心身共に楽ではなかった。

 何とか城の外へ出ることは出来たが、どこへ逃げれば良い? アルド自身はともかく、ミラルだけでもどこかへ逃がさなければならない。

 国内では、すぐにハーデンに発見されるだろう。ではやはり、国外か?

 しかし、その考えにアルドはかぶりを振った。

 この時間帯に船が出ているとも思えない。

 振り返ると、何人もの追ってがこちらへ来ている。このままでは到底逃げ切れそうにもない。

「クソッ!」

「ねえアルド! どこに行くの!? お母様は……」

 言いかけ、ミラルは閉口する。「死」という決定的な言葉を、口にしたくなかったのだろうか。

 国外へ逃がす。国外……東国……?

「白蘭だ!」

 すぐにアルドは方向を変え、白蘭の別荘へと向かった。

 白蘭の能力なら、瞬時に東国へ移動することが可能なハズだ。白蘭の話では、明日には東国へ帰ると言っていた。恐らく、移動出来る程能力が回復したということだ。

 東国へ、ミラルを連れて行ってもらうしかない。



「あ、ヤベエ……土産買ってねーじゃん俺」

 ボソリと。荷物をまとめながら白蘭は呟いた。

 木造の、小さな別荘だった。比較的少ない荷物をソファの上にどっかりと乗せ、その隣に白蘭も座りこむ。

「買って来るって約束しちまったもんなぁ……」

 そう呟き、白蘭は物憂げに嘆息する。

 ゲルビアへ行く前日、一緒に行きたいと駄々をこねる弟に、お土産を買って来る約束で引き下がってもらったというのに、白蘭はお土産のことなどすっかり忘れていた。

「アイツ、怒るかな……」

 弟の怒る姿を想像し、白蘭がクスリと笑みをこぼした時だった。

 勢いよく、玄関のドアが叩かれた。



 城下町から少し離れた場所に、白蘭の別荘はあった。何とかここまで走ってこれたが、流石にこれ以上は厳しい。

 アルドは、すぐに玄関のドアを激しく叩いた。

「クソ! 早く出ろよッ!」

 振り返れば、既に兵士達は近くまで追って来ている。

「おい、俺だ! アルドだッ!」

「何だ、アルドか?」

 叫ぶと同時に、ドアの向こうから声が聞こえる。

「白蘭! 開けてくれ!」

「緊急事態か!?」

 すぐに、白蘭はドアを開けた。しかしその頃には既に、すぐ傍まで兵士達が迫って来ていた。

「白蘭! ミラルを頼む!」

「ミラルって……姫様!? ってかお前、何で兵士に追われてんだよ!?」

「説明する暇はねえ! 今すぐミラルを逃がせ! 東国へ連れて行くんだ!」

「逃がせって……アルドは!?」

 白蘭の問いに言葉では答えず、アルドは後ろの兵士へチラリと目をやる。その動作で、白蘭はアルドの意思を理解する。

「ふざけんな! お前も中に入れ!」

 白蘭がそう叫んだ時には既に遅く、兵士達はアルドを取り囲んでいた。

 素早く、兵士達はアルドへ銃を向けた。

「白蘭!」

 アルドは叫ぶと同時に、ミラルを白蘭へ渡す。

「姫様ッ!」

 兵士達が駆け寄ろうとするが、それを止めるかのようにアルドは両手を広げた。

「白蘭、ミラルを頼む」

「……ああッ!」

 アルドの背中に、彼の決意を感じた。

 白蘭はすぐに、ドアを閉める。

「貴様……王妃様だけでなく、姫様にまで……ッ!」

「うるッせえんだよ犬共が」

 ボソリと。呟くようにアルドは悪態を吐いた。

 後ろでは、ミラルの声と共に何度もドアが叩かれる音がしている。

「アルド! アルド!」

 必死なミラルの声を、あえて聞かぬよう、アルドは目の前の兵士達へ集中する。

「そこを退け! 退かねば――」

「撃てよ糞共。もう悔いはねえ」

 いや、悔いはあるかな、と小さく付け足し、アルドは自嘲気味に笑みを浮かべた。

「アルドー!」

「じゃあな。姫様」

 銃声が、鳴り響いた。



「アルドっ! アルドっ!」

 勢いよくドアを叩き続けるが、ドアの向こうから返事はない。

「姫様!」

 白蘭の止める声も聞かず、ミラルは必死にドアを叩き続けた。

 脳裏を過るのは、横たわるシルフィアの姿。ミラルは直感的に理解していた。

 アルドが、これから死のうとしていることを。

 ミラルを、助けるために。

「アルドー!」

 何度も何度も、ドアを叩き続ける。やがて、ミラルの手には薄らと血が滲み始めた。痛みに耐えながらも、何度もミラルはドアを叩き続けた。

 やがて、銃声が鳴り響いた。

 ドサリと。ドアに何かがもたれかかる音。

「アル……ド……」

 ペタリと、その場にミラルは膝をついた。

「姫様!」

 荷物を背負った白蘭が、ミラルを抱きかかえる。それとほぼ同時に、白蘭の身体は光に包まれる。

「姫様ァ!」

 ドアが開き、中へ兵士達が入って来る頃には、既にミラルと白蘭は姿を消していた。

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