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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
71/128

episode71「Roots-4」

 明らかな違和感。

 研究所で起きたあの事件以来、シルフィアは夫――ハーデンに違和感を抱き続けていた。事件前との明らかな態度の違い、まるで中身だけそっくり別の人間にでもなってしまったかのようだった。

 何があったのか、何度も言及したがハーデンは話を逸らすばかりで一向に答えようとしなかった。

 国王の変化を感じ取った者は少なく、国民に至っては何ら変化を感じていないかのようだった。側近の者達も違和感を抱いてはいるものの、然程気にしていない様子だった。

 この違和感に、何らかの危険性を感じ取ったのは、妻である自分だけなのかも知れないと、シルフィアは感じた。

 シルフィアが違和感を抱き始めてから数日後、シルフィアの寝室へ訪れたミラルは不安そうな表情でシルフィアへ抱き着いた。

「どうしたの……?」

 シルフィアが問うと、ミラルは不安そうな表情のままゆっくりと顔を上げる。

「最近……お父様、変」

「――っ!」

 ミラルのその言葉に、シルフィアは表情を変えた。

 自分の抱いていた違和感を、ミラルも抱いていたのだ。王、ハーデンに対する違和感を……。

「何だか、最近のお父様、怖い」

 圧倒的威圧感。今までのハーデンは、王の風格こそあったものの、周囲に威圧感を与えるような王ではなかった。王としての風格を持ちながらも、どこか親しみやすい印象すら受けるような……そんな男だった。

 しかし、今のハーデンは違う。彼の放つ威圧感は周囲に人を寄せ付けない、それでいてどこか、人を惹きつけるカリスマ性を感じる。王としてはそれでも問題ないが、人間としては全くの別人だ。

 ミラルの怖いという印象は、シンプルでわかりやすく、的を射ていた。

「……そんなことないわ」

 そっとミラルを抱き寄せ、シルフィアはその頭を優しく撫でた。

 不安を与えたくない。そんな一心で、シルフィアは嘘を吐いた。本当はシルフィア自身が一番感じていることだ。

 今のハーデンに対する、恐怖。

 ハーデンが変わってしまったのは、あの事件以降……。一体何があったのか、シルフィアには想像も付かなかった。

 あやしている内に、ミラルはシルフィアのベッドで眠り込んでしまった。小さな寝息を立てるその無垢な少女の寝顔に、そっとシルフィアは触れた。温かく、愛おしい温もり。例え何があろうとも、ミラルだけは守ろうと、シルフィアは誓った。

 そんな時だった。コンコンと小さく、部屋のドアがノックされた。

「俺だ」

 その声は、アルドの物だった。すぐにシルフィアは、どうぞ、と声をかける。正直なところ、ここ最近ハーデンの異変のせいで心細く感じていたシルフィアにとって、アルドの訪問は心の支えとも言えた。

 アルドはドアを開けると、すぐにシルフィアの座っているベッドの傍まで歩み寄る。

「……寝てるのか」

 アルドはミラルへ視線を向け、呟いた。

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「ああ。寝ていてくれた方が良い」

「ミラルに聞かれたくない話?」

 シルフィアの問いに、アルドは静かに頷いた。

「お前はとっくの昔に気付いてるかも知れないが、陛下の様子、おかしくないか?」

 その問いに、シルフィアの表情が変わった。

 アルドも、自分と同じ違和感を抱いていたのだ。

「上手く言えないが、何かこう……雰囲気が違くないか?」

「……ええ」

 静かに、シルフィアは首肯する。

「陛下に、何かあったのか?」

「……わからない。私にも、勿論ミラルにも……。ミラルも、あの人の様子がおかしいのは感じていたみたい」

 そう言って、シルフィアはそっとミラルの頬へ触れる。

「なるほどね……。妻と娘が同じように言うんなら、陛下の様子がおかしいのは俺の気のせいじゃないってことか」

「アルド……私、何だか厭な予感がするの……。あの人に、何かあったんじゃないかって……」

 不安そうな表情を見せるシルフィアに、心配するな、と声をかけることがアルドには出来なかった。何故なら彼自身もまた、シルフィアの言う「厭な予感」を感じ取っていたからだ。

「うぅん……」

 眠そうな声を上げ、ミラルがゴロリとベッドの上で寝がえりを打つ。

「おっといけねえ、起こしちまうかな」

 アルドはばつが悪そうに後ろ頭をポリポリとかくと、嘆息した。

「心配だったから様子見に来ただけだし、そろそろ帰るわ」

 そう言って、アルドが部屋を出ようとドアへと向かった時だった。

 ガチャリと。部屋のドアが開いた。

「――――ッ!?」

 驚いてアルドが身構えると、ドアを開けたのはハーデンだった。

「陛……下……?」

 驚愕で目を丸くしたまま、アルドは呟いた。

「ほう。近衛兵とは言え、人の妻の部屋へ深夜に訪ねるとは……」

 ギロリと。鋭い眼光がアルドを見据えた。すぐに、アルドはその場へひざまずく。

「も、申し訳ありません。陛下」

 圧倒的な威圧感だった。これ以上睨まれれば、身がすくんでしまうかのような、そんな視線だった。

「シルフィア、こんな時間に男を部屋に連れ込むな」

「いえ……私が訪ねたのです……」

 頭を下げたまま、アルドは答えた。

「ほう、貴様が? たかが近衛兵の分際で王妃の部屋をか?」

 ハーデンは鋭い視線でひざまずいているアルドを見降ろし、その頭へ右足を乗せた。

「――っ!」

 驚愕に表情を歪めるシルフィアをよそに、ハーデンはグッとアルドの頭を踏みつける。

「申し訳……ございま……せんッ……」

 屈辱と苦痛。その二つに表情を歪めつつも、アルドは謝罪の言葉を口にした。しかし、ハーデンはそれには動じず、何度もアルドを踏みつける。

「やめて下さいっ! 最近の貴方……変ですよ!」

 座っていたベッドから立ち上がり、シルフィアがそう叫ぶと同時に、ピクリとハーデンの表情が変わった。

「変……私がか?」

 そう問い、シルフィアがコクリと頷いたのを確認すると、ハーデンは少し考え込むような仕草をし――

「どこが? どのように? どう変なのだ? それはいつもの私と違うということか? 具体的に話してみろ」

 アルドを踏みつけるのを止め、ハーデンはすぐさまシルフィアの眼前まで迫った。

 心底そのことが気になっている……といった表情だった。まるで鳥が何故飛ぶのかと、母に問う子供のように。

 呆気に取られ、シルフィアはしばらく何も言えずにいた。そんなシルフィアの顔を、ハーデンは食い入るように見つめている。

「まるで……別人のよう」

 ボソリと。呟くような声でシルフィアはそう言った。その言葉に、ハーデンはニヤリと笑みを浮かべた。

「そうか、気付いたか……。流石は『私』だ。良い女を妻にしている」

 それはどういう意味なのか。自画自賛、それとも――

「ではお前は、私はお前の知っているハーデンでなく、ハーデンそっくりな姿をした別の何かだとでも……言いたいのか?」

「そ、そういうわけでは……」

 圧倒され、シルフィアは数歩後退するが、すぐにベッドへつまずき、ベッドへ座り込む形になる。

 ゆっくりと。ハーデンはシルフィアへ手をかざした。

「――――ッ! シルフィア、離れろッッッ!」

 咄嗟に危険を察知したのか、凄まじい剣幕でアルドが叫んだ――その時には、既に遅かった。

「……っ!?」

 ザックリと。胸元へ突き刺さっているのは、黒い大剣だった。大剣は無惨にも身体を貫き、赤い血を滴らせている。

「シルフィアァァァァッ!」

 周囲へ飛び散った鮮血。ベッドへと滴り落ちる真っ赤な血。聞こえるのは掠れた呻き声と、滴り落ちる血の音だけだった。


 シルフィアの身体は、無惨にも貫かれていた。


「なん……でっ……!?」

 掠れた声で問うシルフィアに、ハーデンは答えようとしなかった。ただ無表情なまま、シルフィアの苦しむ姿を眺めている。

「テメエ……何やってんだァァーッ!」

「王に対して『テメエ』……そして先程は王妃を呼び捨て……。如何なものかな」

 激昂するアルドの方を振り向き、表情を変えぬまま、ハーデンはそんなことを言った。

「お父様……お母……様……?」

 不意に聞こえる、少女の声。

「ミラル……ッ!」

「何で……?」

 母の返り血を顔に浴び、唖然とした表情で、ミラルは母を見つめていた。


 父が、母を殺す姿を。

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