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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
68/128

episode68「Roots-1」

 ぶすっとした表情で、チリーは窓の外を眺めていた。随分と機嫌が悪いらしく、先程から足でコツコツと床を踏みならしている。そんな様子のチリーを見、ニシルは静かに溜息を吐く。

「いい加減機嫌直せよ……。トレイズがあそこで止めなきゃ、お前と青蘭は……」

「アイツの話はすんじゃねえッ!」

 凄まじい剣幕で、チリーは声を荒げた。

「青蘭は悪くないらしいし、そんなに怒ることないだろこのアホチリ!」

「アホはどっちだアホチビニシル!」

「チビもアホも余計だこのスーパー若白髪!」

「スーパーってなんだスーパーって! この永遠の十代(肉体だけ)!」

「野生児!」

「豆サイズ!」

 互いに罵倒し始めた二人を一瞥し、嘆息するとカンバーは二人の間に割って入る。

「そこまでにしておいて下さい。ここでもめても意味がありません」

 カンバーの言葉に、チリーは何か言いかけたが、周囲の視線に気づいたのか途中で口をつぐみ、また不機嫌そうに窓の外へ視線を移す。


 飛行船へ乗り込み、東国を出発したチリー達はひとまずこれから先のことを話し合うため、ニシルとトレイズの部屋へと集まったのだった。

 東国での戦いの疲れや、赤石を奪われたショックからか、全員の表情はどこか暗い。聖杯をゲルビア側が所有していないため、チェスで言えばまだチェックメイトというわけではないが、既にチェックをかけられているような気分だった。


 部屋に集まったは良いが、話し合いが始まる気配はない。全員が口を閉ざしたままで、何かを考え込んでいる。

「……ねえ」

 不意に、ミラルが静寂を破った。

「これから先のことを話す前に、私言わなきゃいけないことがあるの」

「どうした? 改まって」

 静かに、トレイズが言う。

「私、東国で昔の記憶が戻ったの」

「な――――ッ!?」

 一番反応を示したのは、窓の外を眺めていたチリーだった。

「昔の記憶って……テイテスに来る前の記憶か!?」

 静かに、ミラルは頷く。

 ――――探しましたよ――――姫様。

 チリーの脳裏を過る、ニコラスの言葉。ミラルの記憶が戻ったのは、恐らくあの後気絶した時だろう。

「……話せる?」

 ニシルの問いに、ミラルは頷いて肯定の意を示した。

「私は……ゲルビア帝国第一王女、ミラル」

 そう名乗り、ミラルは語った。

 過去、彼女の身に起きた全てを――――





 ゲルビア帝国。アルモニア大陸の大半を支配する大帝国で、世界で最強の国と言っても過言ではない。圧倒的なまでの武力、財力、資源、領土。そんな大国の姫君として、ミラルは生まれた。

 男子が生まれないため、ミラルはゲルビア帝国の次期後継者として教育を受けていたが、それはミラルにとって苦痛なことではなかった。ミラルは大体のことをある程度こなすことが出来たし、教育係の者達もミラルに対して優しく接していた。父にも愛され、母にも愛され、家臣からも愛されていた上に生まれにも恵まれていたミラルは、陳腐な言葉で言えば「幸せ」だった。



「良いかミラル、王に必要なのは『民』と『風格』だ」

 それがミラルの父でありゲルビア帝国の王、ハーデンの口癖だった。民あっての王、風格あっての王。それがハーデンの考え方だった。故にハーデンは第一に民のことを考える。民に危険が迫れば全力で民を守る、そんな王だった。

 ミラルはそんな父を心底尊敬していた。ハーデンのような王になれるのなら、どんなことでも頑張れる(時々サボったりもするが)、それくらいにハーデンを尊敬していた。

「お母様、今日はね、お父様とお話したの」

 ゲルビア帝国の首都、パンドラの中央へ位置するゲルビア城。その城の中にあるミラルの母――シルフィアの寝室へ、ミラルは訪れていた。

 広い部屋だった。普通の民家なら三部屋分とも言える広さの部屋で、その中には豪奢なベッドや広いバスルームが存在する。そのベッドに母であるシルフィアと共に、ミラルは腰掛けていた。

「そう、良かったわね。どんなお話をしたの?」

 優しく笑みを浮かべ、シルフィアは問うた。

「えっとね、私の背がちょっと伸びててね、お父様が『やっぱりミラルはシルフィアのように美しくなるだろうな』って、頭なでてくれたの!」

 心底嬉しそうに、足をパタパタと動かしながらミラルはそう答えた。そんなミラルの栗色の髪を、シルフィアはそっとなでる。

「まあ、あの人ったら……」

 口元を右手でそっと隠しつつ、シルフィアは上品に笑った。

 ――――美しい、女性だった。ミラルと同じ、長い栗色の髪は流麗で、絹のように美しい。ドレスに包まれたプロポーションの良い肢体と、上品に笑うその顔は実年齢より彼女を十歳程若く見せる。王妃でなければ今頃かなりの人数からプロポーズされていることだろう。

「私、お母様みたいになれる?」

 無垢な瞳で、ミラルは問うた。

「そうね、私よりもっと綺麗になるわ」

「ホントに?」

「ホントよ」

「嘘じゃない?」

「私が嘘吐いたこと、ある?」

 ニコリと微笑んでそう問うたシルフィアへ、ミラルは小さく首を左右に振った。

「ねえ、今日お母様と寝て良い?」

「良いわよ。枕、取って来なさい」

「うん!」

 元気良く答えると、ミラルは走ってシルフィアの寝室を出て行った。そんなミラルの背中を見つめ、シルフィアは愛おしげに微笑んだ。

「まだまだ、甘えんぼさんね……」

 シルフィアがそう呟くと同時に、トントンと寝室のドアが叩かれる。

「私です。王妃様」

「どうぞ」

 シルフィアがそう言うと、ガチャリと寝室のドアが開かれる。中へ入って来たのは、一人の男だった。赤く長い髪を、後ろで一つに縛っている。細身だが、引き締まった筋肉の付いた体型の男だった。

 男は、ゆっくりとシルフィアの前へひざまずく。

「アルド、ふざけるのはやめなさい。二人切りの時は、そんなことしなくても良いのよ」

 クスリとシルフィアが笑うと、アルドと呼ばれた男は立ち上がり、肩をすくめて見せた。

「ちょっと久々に話に来ただけだ。すぐ帰るよ」

「そう。もう少しゆっくりして行っても良いのよ?」

 シルフィアの言葉に、アルドはおどけた表情で首を左右に振る。

「近衛部隊の隊長とは言え、夜中に王妃様の寝室に長いこといるんじゃ、変な噂が立っちまうだろ」

「それもそうね」

「それにしても……」

 そう言って、アルドは何かを思い出すように天井を見上げる。

「お前がハーデンの嫁になって、もう十年くらい経ったな」

「……そうね」

「前は、ただの兵士の娘だったってのに……大出世だな」

「大出世……ね」

 アルドの言葉を繰り返し、シルフィアは自嘲染みた笑みをこぼす。

「一目惚れしたハーデン王子様からいきなり求婚だもんなぁ。正直、どうかしてると思うぜ俺ァ」

「……あの人を悪く言わないで、彼はとても良い人で――良い王よ。それに、貴方が遅いのが悪いのよ」

 どこか寂しげな表情で、シルフィアはアルドから目を逸らす。そんなシルフィアの両肩を、アルドは不意に両手で掴んだ。

「――っ!?」

 驚くシルフィアに何も言わず、アルドはそのままシルフィアを抱き寄せる。

「ホント……遅かったよな」

「アル……ド……」

 呟き、シルフィアの表情はほころびかけたが、すぐに我に返ったのかアルドを両手で突き離す。それに抵抗せず、アルドはシルフィアの両肩を離した。

「やめて」

「…………」

「私は……もう……」

 再びアルドから視線を逸らし、シルフィアは何か言いたげに口を動かしたが何も言えずにアルドから手を離した。

 気まずい、沈黙。

「お母様ー」

 その沈黙を破るかのように、寝室のドアはミラルの声と共に叩かれた。

「入りなさい、ミラル」

 すぐにシルフィアはドアへ視線を向け、優しく声をかける。すると、ドアは勢いよく開かれ、枕を抱えたミラルが中へ駆け込んで来る。

「あ、アルドだ!」

 アルドの姿を見つけると、ミラルは嬉しげに微笑んだ。そんな彼女を見、アルドは優しく微笑むと身を屈めたミラルと視線を合わせた。

「こんばんは、姫様」

「ミラルで良いっていつも言ってるのに……」

「そうはいかねえよ。姫様を呼び捨てになんか出来ねえ」

 しかし、敬語ではなかった。

「お母様とお話してたの?」

「おう。姫様がかわいくなったな、って話をしてたんだよ」

「本当!?」

 笑顔で問うミラルへ、アルドは本当だ、と答えつつミラルの頭へ手を乗せて優しくなでた。

「それでは王妃様、姫様、私めはこれにて……」

 おどけた表情で一礼すると、アルドはシルフィアの寝室を後にした。

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